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(旧版)神社の娘  作者: 坂東さしま
友達の桜
33/77

友達と約束をするときのドキまぎ

 夜の学校の柔道場に響く気合。

 橘平は初めての躰道を体験していた。またまた初めてのことだ。



「今日の夜さ、学校でやってる躰道とかいう武道の見学行ってくる」


 朝食時。納豆だけを食べながら、何げなく、同じく納豆だけを食べている母親に報告する。


「どうしたのいきなり?」

「あの、向日葵さん、金髪の。あの人が子供たちに教えてるらしくて。来てみるかって」

「ああ、公英さんたちがやってる教室だね」


 公英は野生動物対策課の課長で、向日葵の親戚で上司である。躰道教室は二宮の親戚を中心に運営されているのだ。門下の子供たちも二宮、三宮あたりの親戚の子が多く通っているらしい。


「父さん知ってるの?」

「きっぺー、ちっちゃいころ、一度だけお父さんと見学に行ってるのよ。でも大人たちの気合?試合?が迫力あって怖かったみたいで。それきり」


 全く記憶にないことで、橘平は目をぱちぱちさせた。母親が「子供に何かしら習い事をさせたい」ということで、いろいろ連れ回された思い出はぼんやりとあるが、躰道に行った記憶はなかった。


 隣町も含め連れ回された結果、親戚が開いている絵画教室が唯一、長く続き、中3まで通った。母は「なんで親戚んところで…」と嫌そうだったが、息子が楽しそうだったので飲み込んだという。今思うと、田舎に絵画教室があるのは珍しいかもしれない。


 そのころすでに、向日葵とは会っていた可能性はある、と考えていたら、


「そうそう、その時橘平の面倒見てくれたの、向日葵ちゃんだったよ、確か。今とちょっとイメージ違うけど。何歳だったかなあ、中学生、小学校高学年…そのくらいだった。あの子別格にうまいらしくて、そのころから下の子の稽古見てたの」


 その可能性しかなかったのだった。向日葵はきっと覚えているかもしれない。そのころは金髪ではなかったのだろう。


 弟の柑子は我関せずと、黙々と食べ続け、最初に食べ終わって席を立った。


「葵さんもいた?」

「いや、彼剣道でしょ?居なかったんじゃないかな。覚えてないや」


 やっぱり剣道か。サムライだもんな、と橘平は味噌汁をすする。実花は「え、見たい…」と呟やいていた。俺は日本刀を振ってるの見たぜ、と心の中で自慢する息子だった。


「あでも、あの猫みたいなちっちゃい女の子。見たことあると思ってたけど、武道教室にいたよ。あの子だあの子!あの印象的な目!忘れられないよね」


 桜さんは意外な面ばかりあるな、と驚かされてばかりの橘平だった。



 そんなわけで、橘平は今、基礎の足運びを道着姿の向日葵から習っている。優しく一から丁寧に教えてくれるが、見慣れない動きで難しかった。橘平は陸上部なので走るのはそれなりのだが、体の使い方が全然違っていた。


 腰を落とす、という日常生活にほとんどない態勢がとてもきつい。基本の体の形すら維持できず、きっと、見られた姿ではないだろう。幼稚園、小学校低学年の子たちのほうが立派なくらいだ。ちびに「こしおとすんだよ」と声を掛けられてしまった。


 小中高校と隣同士なため、子供たちはだいたい顔を知っている、中高生たちはもっと知っている。

 この情けない姿を彼らに見られているのでは、と感じるとちょっと恥ずかしい。でも初心者なのだから、と割り切れたり、きれなかったり。


 黒帯たちの試合も見せてもらったが、迫力があって、怪我をしそうで。橘平は終始はらはらした。知り合いの小学生に「これ、危なくないの?」と聞いてしまった。


 平気で宙返りしたり、くねっと体を倒して攻撃を躱したり。スピードも目が追い付かないほどだ。小学生は「そりゃ油断するとケガするけど」と答えた。


 みんな上手に、そして強く見えるけれど、向日葵が別格であることは素人目でもよくわかった。


 男性陣が誰も歯が立たない。力もあるし身のこなしが軽いのもあるのだが、まろやかでしなやか曲線的な動きが、対戦者たちを翻弄させる。他の人たちが手を抜いているとも思えないし、やっぱり素手では葵さんは勝てないかも、と初心者は唸った。


 約二時間の稽古が終わった。きっと明日の朝、橘平の太ももは悲鳴をあげていることだろう。最後に向日葵に挨拶をせねば、と近づいていくと、ジャージに着替えた彼女の方からも走ってきてくれた。


「来てくれてありがと~!どうだった?」

「難しかったっす。武道ってかっこいいなあ、とは思ってたけど、走るより大変」

「いやいや、走るのも大変よ~陸上部だから体力あるね。まあ興味あったらまた来なよ」


「ありがとうございます。あの、父さんから聞いたんですけど」

「ああ、小さいころ来てたんでしょ?職場で聞いたよ~うんめーの出会い果たしてたのねえ。ごめんね、あんま覚えてないわ!」

「ああ、俺も全然覚えてないんで。小さかったし」


 父と自分の知人が知り合いというのは、相変わらずむず痒い。向日葵と父が職場で会話するシーンがいまいち思い描けない橘平だった。


「そういえば、二人の解読は進んだんすかね」

「そだね。まあどうせ、また日曜に会うから。その時教えてくれるよ」


 じゃあ日曜ねん、と向日葵はひらひら手を振り、ピンク軽のほうへ向かっていた。


 橘平は暗い夜道を自転車を漕ぎながら、「走れるだけじゃあダメだよな。でも『なゐ』に明日出会うかもしれない、間に合わない、習っても仕方ない、とも思えるけれど、何もしないよりましだし…」と本格的に習うかどうか迷っていた。



 帰宅してスマホを確認すると、桜からメッセージが来ていた。

〈お疲れ様、どうだった?〉

〈すっごい疲れたけど楽しかったよ。向日葵さんかっこよかった。そっちは?〉

〈あともう少し。土曜日に一気に読んで、日曜日に会うときに分かったこと教えるね〉

〈明日は読まないの?〉

〈明日は葵兄さんの剣術の日だから〉


 それはちょっと興味がある、と返信の手が止まる。


〈葵さんも先生?〉

〈たまに教えることもあるみたいだけど、教えるのめちゃくちゃ下手なんだって。親戚の人から聞いたんだけど。教えないほうがいいくらい〉


 下手そうなのはなんとなく想像がついて、橘平はおかしくなってきた。強いイコール教えるのもうまい、とは限らないのだ。その点、向日葵は相手のレベルや状況をよく汲んで、的確な指導を行っていた。


〈今、電話してもいい?ってか今どこ?家?〉

〈うん、家だよ。電話していいよ〉


 そのメッセージを見てすぐコールする。1コール目で桜が電話口に出た。


『はい桜です』

「あ、夜にごめん。いやさ、今日の向日葵さんがめっちゃかっこよくてさ。葵さんもきっとかっこいいのかな~ってちょっと興味があって。その、もし明日、桜さんが時間あったらいいんだけど、剣道?剣術?覗きに行きたいなって」


 ここまで橘平は一気にまくし立ててから、心臓がどぎまぎしていることに気が付いた。


 青年の剣に興味があるという目的を伝えているだけで、見学に行きたいだけ。いままで、幼少からの顔見知りの人間しか遊びに誘ったことがなかった橘平は、友達になったばかりの人を初めて何かに誘うことが、意外に勇気のいることだと感じていた。


「あ、いや、その時間あったらね、で、その見学っていうんじゃなくてちらっと見たいだけで」


 桜からはまだ無言の電話しか聞こえない。「あれ、きもかったかな…」と怖くなってきた。


「…ええと」

『うん!』


 予想外に元気な返事で。


『覗きに行こう!見学じゃないんだよね?せっかくなら葵兄さんに絶対バレないように見にいこうよ!ふふふ、スパイごっこみたい!黒い服できてね!』


 予想外に楽しそうだった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

尾崎豊がたしなんでいた武道だそうですよ!

それと私は長年の友人でも、お誘いは緊張します。


評価、ブックマーク等励みになります。ありがとうございます。

よい一日をお過ごしください。それでは。

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