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(旧版)神社の娘  作者: 坂東さしま
友達の桜
32/77

友達の話って自分だろ?

 向日葵さんが迎えに来ると聞いていたのに。


 平日の夕方、八神家にやって来たのは黒の乗用車。葵だった。


 はじめに応対した母親が「メイク落としちゃったじゃない!髪の毛もぼさぼさだし!もー!あんぽんたん!」と息子をめためたに責めたのは余談であるが、息子だって聞いてなかったから仕方ない。


 車の助手席に乗り込み、橘平は尋ねた。


「向日葵さんが迎えに来るって聞いてたんですけど」

「桜さんと飯作ってる」

「…ああ。ああ、そういうことですか…」


 仕事が終わってすぐ来たのだろう。見慣れたカジュアルな私服ではなく、黒っぽいジャケットにYシャツ、薄いグレーのスラックスだった。髪もちゃんと梳かしている。今まで見てきた彼は自然な、生えたままの無造作感だった。服装のジャンルが違うだけで、見知らぬ人と会っている気分だった。


 橘平は上は学校のジャージ、下は学ランのスラックス。普段のジーパンとパーカーと、それほど変化はない。


 さらに余談だが、実花は「ネクタイも見たいわ…」と呟いており、息子は胸やけな気分だった。が、その感想も分からなくはなかった。真に見てくれの良い人は、同性からも異性からも何か想像させるのである。「メガネを取った素顔も…」とも言っていたが、「それは俺みたぞ」とちょっと自慢気な気持ちになった。橘平としてはサムライ姿が見たい。


「すまんな、本当は金髪女性の隣がいいだろうが、しばし我慢してくれ」

「い、いや、美形の男性とのドライブデートもいい経験だと思います?!」


 野宿なみに口を滑らせてしまった、と橘平は焦ったが、意外にも葵は笑っていた。自分としては意味不明なことを口走ったのであるが。


「桜さんが面白い奴だって言ってたけど、確かに面白いな」

「お、おほめにあずかりこうえいです…」

「俺が美形かどうか知らんが、まあ帰りも送るから」

「い、いや、あの帰りこそ向日葵さんで!!母さんが怒るから!!」

「え?俺、お母さんに嫌われてるの?」

「ち、違うんです、全然違うむしろ逆で…はいあの、メイクしてれば」


 説明してもきっと分かってもらえないだろう。今もはてな顔をしている。自分のことは自分が一番知らないというし。その辺のことは、橘平にも分かって来た。


 葵は良くも悪くも天然である、と。それと、たまに冗談っぽいことを言うけど、どう受け取っていいのかわからない間なのだ。


 きっと向日葵さんも無意識に振り回されてるんだろうなあ。向日葵に失礼だとは思うが、少しずつ想像できるようになってきた。


 せっかくの葵との二人きりの機会、橘平は向日葵応援隊長として、ちょっとした援護射撃をしてみようと試みた。


「あの、友達が…」

「友達が?」

「すっごい、国宝級天然女子のこと好きになって。最近、見てて不憫になってきちゃったんです」

「不憫?」


「仮にAちゃんとしますが、Aちゃんは友達の好意に気付いてないと思うんです。しかも、超もてるんです。友達は恥ずかしがり屋で思いを伝えられなくて、でもAちゃんとは仲良くしたいから、えっと頑張って何かと話しかけたり、その、ええと、なんとかして隙を見つけて一緒に帰ったり?はするんですけど、Aちゃんの言葉や行動に振り回されてるっていうか。あ、どっちもすっごく優しくていい人なんです、だから二人を応援したいんだけど、どう応援すれば効果的なのか」


 天然の人はうーん、と軽く唸り「それ、自分の事?」と聞いてきた。


「え?」

「だいたい、友達のことは自分の話と相場が決まってる」


 天然のくせに妙な知識はあるんだな、と心のなかで舌打ちをした。橘平はきっぱり否定した。


「いえ、友達です。これはマジです。本当マジ真実」


 葵は「友達をマジで応援したいなんて、なかなか良いやつ」だと感心した。本当かどうかは知らないけれど、と心のコメントに付け加える。


「Aちゃんは誰か気になる人、いるのか?」

「…不明です。天然でなかなか読めなくて。でも、俺は思うんですよ。Aちゃんも友達のこと、嫌いじゃないって。だから一緒に帰ったりするんだって」


 橘平は葵に「あなたのことですが」と伝えるつもりで語る。分からなくてもいいけど、少しでもひっかかってくれればいい。彼が向日葵をどう思っているか今のところ不明だが、これだけ一緒にいられるのは、桜のことだけじゃない。嫌いだったらできないはずだという期待があった。


「……Aちゃんも恥ずかしくて言い出せないのかもな。天然じゃなくて、そう振舞ってるのかもしれない」

「ふるまう…」

「着いたぞ」


 古民家に着き、話はそこで終了となった。葵の最後の会話に、引っ掛かりを感じた。誰かを想像して話しているようだった。それは自分なのかそれとも。


 引き戸を開けた瞬間いい匂いが漂ってきて、橘平の頭からAちゃんの話は消失した。「お帰りなさい」と桜が出迎えてくれた。帰宅すると大豆が嬉しそうに近づいてくる風景、それを思い出す出迎えだった。


 葵が仕事スタイルだったように、二人も私服ではなかった。


 桜はチャコールグレーのブレザーとスカート、薄ピンクのYシャツにリボンという制服姿。他校の制服をあまりみたことない橘平は、単純に珍しかった。


 向日葵はベージュのテーパードパンツにVネックの白ニットという、およそ私服からは想像できない普通さだった。「さすがに仕事じゃふつーのかっこするわ」という。シンプルさが向日葵のスタイルの良さを強調していて、橘平としては「こっちのほうが良いのに」と思ったが、言ったらセクハラかもしれない、と口をチャックした。


 本日の夕飯は、生姜焼き。肉も柔らかく、味付けタレも絶品だった。


「う、うまい…なんだこれは」

「ねええ!でしょ!朝から漬け込んだのを持ってきたのよん。私の手にかかれば、安い肉も高級レストランになるのさ」

「あ、あの、今度料理教えてくれませんか!?」

「あ!私も教えてほしい。そういえば、ひま姉さんのお手伝いはするけど、教えてもらったことない!」


 4つの瞳からきらっきらのまなざしで見つめられ、料理上手は言いようのない恍惚感を覚えた。いままで、こんなに尊敬されたことはない。気持ちいい。なんでもうまくいくような気分だった。


 家族から「美味しいね」とは言われたことはある。しかし向日葵の母がもともと料理上手なこともあり、二宮家の舌は肥に肥えているのだ。そのせいで、義姉は母に「塩味が」「酸味が」「あの子の好みはね」とちくちく言われ、かなり苦労している。


 友達とバレンタインスイーツの交換もしてきたが、この高校生たちほど感動されたことはない。もしかしたら、この子たち盛り過ぎ?お世辞うまい?ということも頭をよぎったが、濁り無き素直な瞳は真実を語る。


「じゃあ、向日葵の料理教室開講しましょ!やろうやろう!」



 夕食後のお茶とともに、桜と葵が古文書を読む。役立たず二人は、ソファでこそこそ雑談しながらその様子を眺めていた。


「向日葵さんはこれ読めないんですか?」

「うん。いみふ。今日は料理人として来た」

「ふーん、向日葵さんは勉強しなかったんすね」


「…私は頭より体を使う方が得意なの。そうだ、料理のついでにさ、強くならない?」

「つよく?」

「そそ、武道。躰道(たいどう)。基礎だけでも、覚えといて損なしだと思うよ~護身になるよ。たまに子供たちに教えてるからくれば?」


 以前に桜が、「強くなりたいなら、向日葵が喜んで教えてくれる」というようなことを言っていた。


 あの時は「お断りかな」と思っていたが、実際にバケモノと向き合ってみて、逃げるにも守るにも技術がいると実感していた。特殊な技がない自分ができることは、桜をとにかく守ることだ。良い機会かもしれないと、橘平は思い直した。聞いたこともない武道だけど。


 ぱさ。葵が一冊目を読み終えたようだ。次の本を手に取る。


「あ、それ何書いてありました?」

「借金日記」

「借金…」

「まあ日記なんだけど、書いてあることは借金のことばかりだったから。随分、借りてたみたいだな。村中の家から借りてる。分家にも借りて。借りてない家はなさそうなくらい」

「あ、ああ…そうなんだへえ…」


 八神家が他の家よりも地味で財産めいたものがないのは、そんな歴史があったから。なのかもしれない。と子孫は先祖に思いを馳せた。


「土地を担保にして、いつか取り戻せるさっていう楽観的な日記もあるけど、見る限りは取り戻してないだろうな」

「でしょうねえ。土地って言っても、ってくらいですよ。かろうじて今は山があるけど」


 桜の方も確認し終えたようで、内容を発表する。


「こちらも日記みたい。だいたい借金の話」


 そうなんだあ、解読ありがとう…と橘平は礼をいい、桜はじゃあ次の読むね、と解読に取り掛かる。


「まさかのご先祖借金まみれ」

「自分の家の事ってさ、意外と知らないもんよね。私もわかんない」

「二宮さんちって結構でかいっすよね。歴史も財産もいっぱいありそう」

「ねー。興味ないわ。跡取りじゃないから知らなくてOK。ねえ、料理って何作りたい?」

「唐揚げ!あれを自分で作れたら最高です!」

「おお、じゃあ唐揚げ教室開こう!買い出しからね。そーいうの大事だから。いつがいいかな」


 話題が唐揚げ教室の内容から、この間のバレンタイン何もらった?女子から義理チョコを、に移ったころ、桜が「あら」と声を出した。もう一人の古文書読みは手を止め、桜の史料を覗き込む。


「何か見つけたか?」

「あ、家系図なんだけど…ここ。幕末、明治?八神家から一宮家にお嫁に行ってるの。珍しい」

「珍しい?なんで?」


「うちね、お嫁さんは外の街から娶るって決まってるの。村の女性とは結婚させないって決まりがあってね。知らなかったなあ。家系図見たことあるけど、村の人は居なかったはず」

「お妾さんかもよ。そーいう方は一宮の記録には残らないでしょ、多分だけど」

「ああ、その可能性もあるね。へえ。まもりさん、だって」

「その人が嫁に行った時期って、妖物が凶悪化した時期と重なるな」


 妖物の活動が活発化した年代に、八神家の女性が一宮家に嫁、もしくは妾として入っている。


 そして現代。また妖物の強さが増している今、八神家の少年が3人の前に現れた。これは偶然なのか。有術が残っていないはずで、歴史ある資産も、土地もない、昔は借金だらけの家だった八神家に何があるというのだろうか。


「ああ、まもりさん!聞いたことあるよ、ひいじいちゃんから」

「ちょ!有力そうな情報じゃない!話して話して」


「まもりさんは一度お嫁に出たけど晩年?に出戻って、それから亡くなるまで八神家にいたんだって。ひいじいちゃんは子供のころ、その人に面倒みてもらってたんだってさ。まもりさんの書くお守りはよく効いたらしくて、幸せな気持ちになれる、心から守ってもらえるものだったって。ああ、あと手先がとても器用だったとか。なんでも作れるって」


「ふーん。そういえば、きーちゃんのお守りもほんとよく効くもんね。その人の血を色濃く継いでるのかも~あ、また書いてよ!」

「そんなに効くの?私も書いてもらおうかな。安全運転守り」

「喜んで!」


 俺のお守りがよく効く。確か向日葵さんは前回も「なんかね、いいよあれ」と言ってくれていた。

 そういえば、この間のお守りは効いたのだろうかと、ふと橘平は聞いてみたくなった。


「ねえ向日葵さん、この間のお守りも効いた?」

「この間?ああ、あれは…」


 向日葵はあの時の橘平の追加コメントとその後を思い出し、顔も首も耳も真っ赤になってしまった。

その様子に橘平は「しまった、なんて俺は口が軽いんだ!殺してくれ!」と大後悔したが、すでに皆の前で質問してしまったのである。


「あ、あ、あの」


 向日葵は口を滑らせた少年の腕を引っ張り、そのまま部屋の外へ引きずっていった。


「…何があったのかしら…」

「便秘が治りますように、って書いてもらったんだよ」


 史料を読みながら、赤面の原因はさらっと答える。


「あ!そ、そうなんだ…それは…恥ずかしいよね…出ました、とか、まだ詰まってるとか言えないしね…」


 実は土曜のお守りの件「葵さんと仲直りできるように」も聞こえていた、盗み聞きの君であった。桜も素直なので、その嘘のような冗談のようなウソを簡単に受け入れてしまう。


 橘平は台所に連れ込まれ、そこで腕を解放された。解放と同時に土下座し、小声で「ああ、さっきはほんとごめんなさいごめんなさい」と平謝りした。


「え、ちょっとやめてよ土下座って、顔上げて、立ってよ!」


 少年は恐る恐る立ち上がる。向日葵はまだ恥ずかしそうな顔だが、そのまま、橘平に近づき耳元でささやいた。


「効いた、と思う。変な効き方な気もするけど」

「へ、変??えと、仲直りできたんすね?」


 まあ、もう無視はしてない、普通。という向日葵の言葉に、橘平はほっとした。多少は役に立てたのだと。


「良かった。お役に立てて!」


 えらそーだな、っと向日葵は橘平の頬をつねる。


「ついでだ、お茶でも淹れるか。きっぺー、ヤカンに水」

「はい。へへへ」



 夜も更け、「高校生はそろそろ帰れ」と古民家の住人から指令が下った。古文書の残りは明日以降、葵が順次読んでいくということだ。


「じゃあ、私明日も来るね」

「いいよ桜さん、俺一人で」

「メモしたいこともあるし!」

「…わかった」


 自分の知らないところで、親友が他の友達と仲良くしている。あの気持ちが橘平の心に再来した。自分も明日、と言いたいが、文字が読めない。来ても役立たずで見ているだけゆえに、そんな発言はできなかった。


「そかそか。じゃあ二人は明日も頑張ってねん」

「夕飯作りたかったら来ていいぞ」

「はあ?専属の飯炊き係かっつーの!明日は躰道のせんせーだから来れませんよ!」


 橘平は自分でもびっくりするくらい、一も二もなく反応していた。


「それ、何時からっすか!?」

武道に関してはいろいろな動画を見て、いくつか迷った中でこちらを選びました。聞いたこともないものかと思いますが、みなさまもぜひ動画ご覧ください。とてもかっこいいですよ。


武道はイイですね。


特殊な村という創作上のウソもありつつ、一応参考としてこちら。

<参考文献>

田中圭一『百姓の江戸時代』筑摩書房、2022

荒木仁朗『江戸の借金―借りてから返すまで―』八木書店、2023

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