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(旧版)神社の娘  作者: 坂東さしま
友達の桜
31/77

読めるメガネたち

 古い本。史料というのか、古文書というのか。


 橘平は祖父から渡された物を前にして、腕を組んだ。


 いの一番に報告したかった桜は、電話に出なかった。きっと用事があるのだろう。


 橘平はとりあえず、本をぱらぱらと眺めたが、さっぱりだった。たまに読める字が現れるが、それ一つ分かったところで意味は分からない。


 歴史の資料集に載っていた昔の手紙なんかは、こんな字だったよなあ。


 と、授業がつまらなくてそっちばかり読んでいたことを思い出す。比較的新しそうな冊子の字は多少読めそうだったが、筆文字に慣れず、ちらと漢字が解読できる程度。やたら「金」という字があるような気がする。


「これ字なの?くずし字っていうんだっけ?漢字ばっかりのもあるし…。平仮名?字なの?」

 見慣れない字体で、何がなんだかわからない。もしかして字が汚いだけだろうか。やはり明日、国語か歴史の先生にでも聞いてみようと思った。



 大豆の散歩、と立ち上がったところで電話が鳴る。画面には〈一宮桜〉。橘平は反射的に電話に出ていた。


「も、もしもし!」

『もしもし、橘平さん?ごめんね、用事があって電話出られなくて』

「ううん、こっちこそ忙しいときに電話してごめん。ちょっと知らせたいことがあったから」

『なあに?』


 橘平は祖父から先ほど聞いた八神家の話や、古い本を渡されたことを伝えた。桜は有力な情報かも、と若干興奮気味である。


「昔の字で書いてあるからさ、読めなくて。明日、学校の先生に読めるか聞いてみようと」

『その必要はないよ。私と葵兄さんなら読めるわ』


 有術の話を聞いた時も青天の霹靂だったが、彼らには驚かされることばかりだ。うねうねした文字が読めるというのか。そんな同級生にも大人にも出会ったことがない。


 思わず、「え!?なんで!?」と聞いてしまったほどだ。


『うちにも古い史料がたくさんあるからね。跡継ぎだから読めるようにって』

「はーそうなんだ。ああ、葵さんは一宮を助ける家だから勉強した感じか」

『…まあ、そんなところ』

「そっか、じゃあさ」

『あ、ちょっとだけ待ってて』


 桜の取った妙な間には、何がしかの事情を感じたが、橘平は今聞くことではないと判断した。


 読める人が簡単に見つかったんだし、それでいいや。


 3分ほどで、桜は電話口に戻ってきた。


『戻りました』

「えーと、じゃあ今度の」

『平日の夜、うち来れるか?』


 電話から男性の声が流れてきた。聞き覚えのある声だ。


「…あおいさん??あれ、葵さんと桜さん、一緒にいるの?」

『うん。ちょうどうちに来てるの。呼んできた。スピーカーで話してるからどっちにも聞こえるよ』


 小さい頃から、そして家同士も長い付き合いのある二人だ。家の行き来も普通の事なのだろう。おかしなことはない。


 それなのに橘平は、昨日一緒にいた人たちが、今日、自分のいないところで会っていることに切なさを覚えた。


 つい最近出会ったばかり、まだまだ縁は始まったばかりだというのに。まるで、長年の親友が自分以外の人と仲良く遊んでいるところを目撃したような気持ちだ。そんな経験をしたことはないが、例えるならそんな感じであった。


『橘平君?』

「あ、はい、えと部活の無い日なら大丈夫っす!今、予定表持ってきます。あ、何時ごろですか?」

『そうだな…19時頃。夕飯は用意するから、親御さんにはその心配はないように言ってくれれば』


 葵が用意する夕飯。橘平はあの日の味噌汁の味を思い出す。

 …微妙。


「…葵さんの手作りっすか?」


 少年が何を言いたいのか。それは葵も自覚している。料理が得意でないことは、自分が良く分かっている。下手なりになんとか自炊をしている日々だ。


『…お前の姉さん呼ぶつもりだよ』


 嫌さが出すぎたかな、と橘平は若干反省した。が、でもそれが誰にとっても正解だ。


「それでお願いします」

『す、すいません、私もひま姉さんほど美味しいものは作れず。葵兄さんよりはうまく作れるけど』

『えっ』

「ええ、いや桜さんが謝る事では!」


 葵の家に訪れる日を決め、通話は終わった。


 古文書の報告の後、実は桜と雑談をしようと考えていた橘平だったが、葵がいるので遠慮したのだ。やっぱり、友達をとられた気分だった。



 橘平との通話を終え、桜は興奮で体がぽかぽかしていた。


「これで、八神家の秘密がわかるかもしれないね!」

「だといいな。よく考えれば当主に聞くのが早いに決まってるのに、思い至らなかったな」

「私たち、これまで誰にも頼らないで、自分たちで探してきたから。かな。癖だね。やっぱり橘平さんが入ってくれてよかった」


 先生が亡くなってから、「なゐ」について頼れる大人がいなかった。


 悪霊について詳しく調べよう、なんていうのも、村人の思考としたらありえないこと。しかも封印を解いて消滅させようとしている。親戚たちに知られたらどんな仕打ちを受けるか分かったものではない。

だから「3人だけ」で調べてきたのだ。


 それにもいよいよ限界とタイムリミットが迫って来た段階で、橘平が現れた。一宮とほぼ縁のない八神家の少年。村の主だった家の歴史や言い伝えなどは、一宮家でもほぼ把握している。というより、村のことで一宮が知らないことはないといっていい。


 しかし、八神家に伝わる模様は文献で見かけたこともないし、聞いたこともなかった。


 橘平が渡された本。それにはいったい何が書かれているのだろうか。もしかしたら、書かれていない可能性もある。期待と不安が入り混じる。


「じゃあ、俺帰るから」

「うん。あ、メガネもらったよね?」

「もらった。じゃ」

いつもお読みいただきありがとうございます。

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