神業プラモ職人、じいちゃん
「じいちゃん、おはよう」
「おお、おはよう」
祖父の寛平は自分の部屋で趣味のプラモデル作りをしていた。先日訪れたときは戦闘機を作っていたが、今はスペースシャトルを作っているようだ。
床にはまだ、開封されてないプラモデルの箱がいくつも積まれている。船、城、ヘリ、車…。この車はほしいな、と孫は狙いをつけた。今度一緒に作ろう。
とはいえ、どんどん増えるプラモも、蔵などが物であふれる原因では。と孫は思う。開けてない段ボールにつまっている予感がした。
自分でも何かできることはないかなあ。
日曜の朝から、橘平は考えていた。
そして犬の散歩をしながら思いついたのが、「じいちゃんに話を聞く」だった。
祖父は現在の八神本家当主である。ぼやっとした人ではあるが、失礼ながら一応、腐ってもご本家様、何か知っているだろうと踏んだ。
余談だが、橘平は朝の散歩で飼い犬の写真を撮ってみた。まだ何も育ってない畑をバックに、なかなか可愛く撮れたと自負している。そしてそれを桜に送信、まだ返事はない。
さっそく、朝ご飯のあとに祖父のもとにやってきた。出迎えてくれたのは祖母のいよで、「あの人は上で遊んでるわよ」という事だった。「だろうな」という孫の予想通り、祖父は二階で趣味に没頭しているということだ。
よく掃除する祖母のおかげで、この家の床は守られている。祖父はとにかく細々と散らかす人だ。プラモパーツを外した時に出たであろうプラスチックの破片や、メモの紙片が落ちていたり、床に塗料がついていたり。それを祖母がそのたびにきれいにしていく。すでに諦めているらしく、何も言わずに見つければ掃除をしている。
多少癖はあるが、幼少の時から一緒に模型を作ったり、山遊びしたりなど、孫の面倒をよく見る人だった。竹とんぼなど、ちょっとしたおもちゃだってさくっと作ってしまう。
そんなわけで、橘平はわりと祖父を気に入っていた。ぼやっとしているけど。
「ねえじいちゃん、ちょっと聞きたい事あるんだけどいい?」
「いいよいいよ」
「ほら、昔からうちに伝わってるー、これ、この模様」
橘平は祖父の机の上に彫られている模様をさした。八角形と丸の、あのお守りマークである。
「これって何?」
「お守りだけど」
「それは知ってるけどさ、いつから伝わってて、何のために伝わってるかとか、何の意味があるとか、その歴史?みたいなの知らない?」
祖父はニッパーを器用に扱いながら、「そうだねえ」「うーん」「何かねえ」とつぶやく。何か思い出して、と孫はそわそわする。
「じいちゃんも、自分の親やその上の人たちに聞いた範囲でしか知らないんだけど」
相変わらずプラモデルを組み立てたりしながら、寛平は話す。
「うん、それでいいよ」
「南の地域って、動物被害が少ないだろう」
「…そうなの?」
「そうそう。昔からそうなの。昔、この地域以外の山にはうじゃうじゃ凶暴なクマとかオオカミとかいたらしくてね。でも、この辺だけいない。今も村で一番被害が少ない。すごく平和なの。平和だから気づかないでしょ。理由はよくわからないけど」
「へー。でお守りは?」
「なんでもいいから書いておけ、って。いろーんな災いから守ってくれるからってね」
「それだけ?」
「それだけ。八神家に関するトコロにはぜーんぶお守りが書いてあるってね」
「うちに関するところ全部ねえ…」
そうすると、本家、分家の各家に書いてあるくらいかな。他の家に行ってもなあ。
少年は次の行動に移せる情報はないかなあ、と今一度部屋を見回してみた。祖父の趣味しか見当たらない。
「なんでそんな事聞きに来たの?」
「え!?いや、あの…と、友達に書いてあげたら、なんかいいって言われたから。お守りのこともっと分かれば、友達の役に立つかなって」
これは一応、ウソではない。祖父は何と思うかと橘平は祖父の姿を眺める。
寛平はプラモ作りの手を止め、顔を上げた。孫の顔を今日初めて見た。孫は祖父の顔を今日初めて見た。
「友達に書いてあげたのか。へー、そういう使い方は聞いたことなかったな」
「まあ、自分のモノにしか書かないよね。俺もそうだったんだけど、書いとくとさ安心するじゃん?だから友達にも、そう、お守りになるかなって。まあ、守るっていうか仲直り守りで、なんだけど」
なるほどなるほど、と寛平は孫の話に感心していた。
これまで、八神家のお守りは八神家のために使うもので、人におすそ分けするなんて考えたことも、聞いたこともなかったのだ。友達を安心させてあげようと思うとは、なんて優しい孫なのだろう。寛平は嬉しくなった。
「そういう使い方が正しいのかもしれないね。自分のため、家のためじゃなくて。お伝え様だって、村人のためにお守りやお札を作ってくださってるし…。そうだよ、お守りなんだから、人のために使わなきゃな。俺も書くか。いよとお嫁さんが仲直りできますようにって」
「え、めっちゃいいね、それ!」
「いい?」
「うん、すっごくいい。ほら、早速!紙ないの?」
「模型の箱、あと紙やすり」
祖母と伯母が仲直りできる日はくるのだろうか。
城だか潜水艦の模型にお守りを書いて贈るという祖父を止め、「せめてかわいいもの、いやお花とか」など孫なりの助言をし、本家を後にした。
自分の部屋に戻りポケットから取り出したスマホを見ると、桜から返信があった。
『かわいいね!』
たった一言だが、橘平はとてもうれしかった。友達とやり取りをしたことがない桜の、きっと、さまざまな我慢を重ねている彼女の、初めてのどうでもいい会話。彼女の気兼ねない相手になりたいと思うのだった。
彼女の返信をしばらく眺めていたが、さっき祖父から聞いたことを報告しなければ、と思い至った。文字入力をしようとしたところ、バン、と何の前触れもなく部屋の扉が開いた。
次は祖父が孫の部屋にやってきた。ぼやっとしているからか、気配が感じられない。
「わ!何じいちゃん!?」
「これ持ってきたよ」
寛平は紙袋を孫に手渡した。中身はプラモ、ではなく古びた冊子のようなものが入っていた。歴史の教科書や博物館でしか見たことのないような、昔の。
「何これ?」
「うちの家系図とか家のことがいろいろ書かれている、はず」
「はず?」
寛平は本をぱらぱらとめくり、孫に示した。筆文字でなにやら書かれているが、何と書いてあるのか全く分からない。
「お守りのことも書いてあるかなあって思うんだけどさ、昔のぐにゃぐしゃした字で読めなくて。国語の先生とかさ、読める人がいたら解読してもらいなよ」
そんな人は全く思い当たらないが、きっと桜たちが欲しかったのは「こういうもの」のはずだ。思いがけないギフトに、橘平は飛び上がりたいほどだった。
「ありがとう!じいちゃん、最高!」
「あ、そう?最高?」
「うん!」
「じゃあまた」
祖父が出ていくと同時に、橘平は桜に電話を掛けた。
寛平は帰り際、昼ご飯を作ろうとしていた実花に話かけた。
「実花さん、橘平は本当に良い子だねえ」
「え、あ、ありがとうございます?はい」
「きっと実花さんの子育てがうまかったんだな。本当に思いやりのある良い子だよ。俺の孫とは思えない。しっかりしてて友達思いの。こんなに感動したの、いつ以来だろう。」
いつもぼやっとしている義父からの思いがけない労いに、「槍でも降るのか?」とひやっとした。実花はこれまで、義父から10文字以上の問いかけ、5文字以上の返答をもらった記憶がない。息子を褒められたのはうれしいのだが、困惑した。
「えーと」
「これさ、あげるよ。いつもありがとう。じゃあまた」
渡された紙袋には、見事な戦闘機のプラモデルが入っていた。あまりの美しさに実花は「いらなっ。いけど…かっこいい」と唸った。戦闘機には八神のお守りが書いてあった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
どんどこ登場人物も増え、やっと物語が進んでいく、というところでしょうか(書き溜めたくさん)。
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