君の名前、ひらがな、漢字、カタカナ、なんだ
風のように去った二人を見送り、橘平は家に戻った。
居間では桜が手寧に紅茶を飲んでいた。
お抹茶飲んでるみたい、と橘平はその姿を見て思った。
「紅茶、おいしいよ」
「あ、うん、ありがとう。桜さんは急ぎの用事ない?」
「うん。お茶をいただいたら帰りますね」
こうして二人きりになったのは、あの雪の日以来だ。橘平は桜の横に座り、自分が淹れた紅茶を飲む。しーんとした部屋に、ティーカップをソーサーに置く音が響いた。
「ねえ、桜さん。メッセージアプリのアカウント教えてほしい」
「あ、そうだね、交換しよ」
早速交換すると友達に「桜」が登録された。橘平がふと考えていた彼女の名前の字が判明した。
「名前この漢字なんだ。桜の木と一緒」
「うん、そうなの。冬生まれなのに桜」
「へー、春が待ち遠しいからってことかな」
「お母さんが見た夢らしいよ。私が生まれる前日にね、雪の中で満開の桜が咲き誇ってる、っていう夢を見たんだって」
「まるで、この間の森の中の桜みたい」
「確かに。お母さんは有術使えないけど、異能を理解してる家柄っていうのかな、そういうところから選ばれてお嫁に来てるから、予知夢みたいなものだったのかもね。今思えば」
桜の友達一覧にも「橘平」が追加された。
「ふーん、きっぺい、ってこういう漢字なんだ」
村のなかで桜の電話番号などを知っている人というと、ほぼ親戚。友達一覧にはもちろんクラスメイトたちの名前もあるし、クラスのグループにも入っているが、すぐ下校してしまう桜はあまり彼らとやりとりすることも、用事もなかった。
橘平とならきっと、気軽にやりとりできそうな気がする。そういう、「初めての友達」になれそう。桜はそんな予感がした。
「ねえ橘平さん、話したい事があるときに送っていい?」
「うん、ってかさ、いつでも送ってよ。話したい事なくてもさ」
「え?!なくても送っていいの?」
「うん。ってかそういもんじゃないの?」
「…用事ないと送っちゃいけないのかと」
桜のスマホが振動し、雪の写真が送られてきた。あの雪の日に撮られた写真である。
「こんな感じで。いつでも」
橘平のスマホにも何か送られてきた。野良猫の写真だった。
「こんな感じで?」
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、大人になりかけている少女は年下の少年に尋ねた。
「うん」
友達とのどうでもいいやりとりも、桜さんはしてこなかったんだ。
もしかしたら、「なゐ」を消滅させることは、橘平の考えている以上に桜にとって大事なことなのかもしれない。桜が普通のことができるようになるために。
「あのさ、あの二人とは、こういうふうにやりとりしないの?葵さんはしなそうだけど」
「ひま姉さんは、お茶しないとか服買いに行こう、とか。葵兄さんはそのとおり。必要な連絡のみね。でも文章が長いかなあ。回りくどくて。ちょっとめんどくさいのよ、読むの」
うふふ、と語る桜だが、「俺の考えている以上に、葵さんは困りものかもしれない」と若干心配になってきた橘平だった。
「じゃあ、そろそろお暇します」
「うん」
桜は小型バイクに乗る前、橘平に
「一緒に写真、撮らない?」と声をかけた。
「え?」
「自撮りで」
「うん、いいよ」
撮ったその場で、桜は橘平にその写真を送る
「おお、桜さん小顔過ぎる」
「体が小さいだけだよ」
飼い犬の写真すらない少年の画像フォルダに、出会ったばかりの女の子との自撮り写真が追加された。桜はついでに、八神家の柴犬・大豆の写真も撮って帰っていった。
桜が帰った後、橘平は大豆の散歩をした。今度、こいつの写真撮ろうかなあ、などと思ってみたのであった。
お読みいただきありがとうございます。いかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
何でも話せるお友達ができるって嬉しいですよね。
本エピソード前日譚もあわせてどうぞ
https://ncode.syosetu.com/n3734jb/4/




