紅茶とせんべいは合うのかな?①-飲まれて飲まれて
『恥ずかしくて死にたい!無能な私を殺して!助けてきーちゃーん!!』
明日は土曜だ、3人が来るんだ、よし寝るぞ!
と決めた橘平の決意をぽっきり折るように、〈きんぱつ〉から電話がかかってきた。しかも電話越しでも目の前にいるかのようにわかるほど酔っぱらっている。声の雰囲気では末期だ。
葵にいわゆるお姫様抱っこで2度も医務室に運ばれ、それが原因で職場内イジメを受けているらしい。「イジメる奴は弱い。私は強い」という思想のため、イジメはどうとも思ってないらしいが、横抱きを多くの職員に見られたことが一番我慢ならないらしい。
ライバルだらけ、ヤバすぎ…と応援団長は焦り始めた。葵と近くて遠いのは、こうした事態も想定しての事かもしれなかった。
その後も、文法が崩壊した愚痴をえんえん聞かされた。橘平の親戚にも酒癖の悪い大人はいるが、直接の被害を受けたことがなかった。「これが悪酔い?酒癖が悪い?ってやつなのか」と感じるとともに、「俺も大人になったらこうなるの?うーん」とお酒について初めて考えた橘平だった。
愚痴は右から左へ流した。ただ、その中で気になる話題もあった。
『数か月前?から?突然森に入れてえ』
『よーぶつが強くなっちゃってさあ』
橘平が森に「好奇心で一度だけ足を踏み入れた」のは3か月前だった。
電話の最後、向日葵はこう言った。
『あいつと関わるとロクなことない。だから関わりたくないのにさ。でもさ…関わりたいの』
少年は生まれて初めて切ない気持ちを直接、受け取った。
切ない気持ちを描いた作品は見たことはある、読んだこともある。とても感動した。でも。
「本物」の気持ちは、それらとは全く違った。
『迷惑かもしれないけど、これからも』
軽い気持ちで応援できなくなった橘平だった。
第2回目の蔵の捜索日がやってきた。幸運にも、両親は街まで買い出しへいくので不在。弟も友達の家に出かけるという。何も気にせず動ける絶好の機会だ。
まず、向日葵があの車で八神家にやってきた。
「おはよ~!元気~!」
いつものように明るい笑顔と挨拶。橘平は昨日の様子から、「二日酔いで来られたらめんどくさいなあ」と思っていたが、その様子はなさそうなのでほっとした。
「元気っす!向日葵さんも元気そうでよかった。昨日のあれ、大丈夫だったんですね」
「は?何が?」
「え?昨日の夜、俺に電話してきて」
「電話?は?私きーに電話したの?」
「もしやお酒の記憶ないタイプっすか…」
「え、ちょマジ、え?」
酒を買った記憶まではあり、飲んだことは枕元にあった缶で分かっていたが、飲んでいた時の記憶が全くない向日葵は、ばっと通話履歴を確認する。
〈舎弟のきっぺい〉とばっちり記録されていた。
「え、舎弟って」
「えあの、私ヘンな事話したりした?」
予想外の動揺した様子に、橘平は正直に話すか躊躇したのだが、ごまかしてもバレるだろうし、無用な嘘はつきたくなかった。
昨夜の会話内容を包み隠さず話すと、向日葵は体じゅうが真っ赤を超え、火傷しそうな域である。コートの必要はないだろう。彼女は橘平の両肩をがっちり掴み、血走った目で恫喝した。少年の肩の骨群は割れそうだった。
「それ、誰かに言ってないだろうな!?言ったらどうなるか」
「あ、う、き、昨日の今日で誰に言うんすか…い、いたっ、し、し」
すると向日葵の後ろからひょこりと桜が顔をのぞかせた。
「なになに?内緒話?」
「ぎゃー!!さっちゃん!!!!何でもないのよ!!!!」
「え、気になるよ、そんな否定されたら」
「きっぺー!?」
「あ!えと、はい!何でもないです!」
「えー、橘平さん、私にだけ教えてよ~」
桜は無邪気な笑顔を少年に向ける。その顔が今は苦しい。
「や、やめてください、桜さん、俺の命が無くなります!もう聞かないで!」
「何やってんだ」
と、橘平の命の危険の種である青年も桜の背後から現れた。向日葵の情緒はもうめちゃくちゃであることは、橘平が見ても明らかだった。
このままだと、俺に被害が及ぶかもしれない。
と危険を感じた少年だったが、向日葵は何も言わず橘平の腕をずいと引っ張って、蔵へとむりやり引きずっていった。
「何かあったのかなあ、ひま姉さん」
「…さあな」
そう大きくも広くもない蔵とはいえ、大小さまざまな箱や荷物であふれている。最新のものはまず除くとしても、一つ一つ検めるのはなかなか骨が折れる作業量だ。向日葵は前回以上に真剣に中身を確認している。
始めのうちは黙々と作業をしていた4人だったが、桜が「そういえば」と話し始めた。
「村の周りに現れる妖物が強くなってきた、ってお父さんが言ってたんだけど」
「ああ、桜さんにも伝わってたか。そうだよ」
これは、昨日酔っぱらいが話していたことかもしれない。橘平は詳しく聞きたくなった。
「あの、それってどういうことですか」
橘平を巻き込むことには反対であった葵だが、ここまで知ってしまっては何も隠すことはない。むしろ、知っておいてほしいと思い、部内で公開されている情報をすべて少年に話した。
数か月前から突然、森に入れるようになった。昨日の電話で聞いた話を、葵も話した。
「あの、俺も3か月くらい前に森に入りました」
橘平以外の3人が、一斉に少年に注目した。宇宙人でも見たかのような顔で凝視され、橘平は異様な居心地の悪さを感じた。
「おい、今なんて言った?」
「え?いや3か月くらい前に森に行ったって」
「橘平さん、前、『森に入ったことない』って言ってなかった?」
「言ったっけ?」
「言いましたよ!確か入口の話、どこからでも入ったことはありますか、と聞いたと思う」
「あー!うん、だから、どこからでもは『入ったことない』よ。南からは入ったことはあるけど。葵さんたちが初めて入ったの2か月前でしょ、俺が3か月前だから、少なくともその時には森が開いてたってことだよなーと」
3か月前というと、妖物が強力になり始めたころと重なる。
そもそも、村人はあの森に「近づかないよう」「興味を持たないよう」思考を操作されている。それが「なゐ」を封印し続ける仕組みだからだ。一宮家はじめ、裏の支配層たちはこの事実を知っている。知ったうえで、彼らも近づかないようになっている。
桜たちは「先生」の教育を受けたからこそ、森に興味を持つことができたのだ。なぜ突然、この少年は森に近づけたのか。3か月前に何があったのか。
「橘平さん、どうして森に近づいたんですか?」
「うーん、理由は特にないけど。興味?」
「本当にそれだけの理由か?」
「そうですけど…」
葵には、おそらく桜も向日葵も、それだけの理由とは考えられなかった。必ずきっかけがあったはずだ。しかし、この少年の様子を見るに、何も覚えていなさそうだった。
「あの、橘平さん、何か、本当に小さなことでいい、森に入る前に何があったか思い出せたら絶対教えてね!」
「ああ、うん。何かあったかなあ。まあ頑張ってみる」
あ、古い着物だ、と橘平は箱開けを再開した。3人も再開しつつ、この少年が森に入れた時に何があったのか、という疑問が残り続けた。
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