バケモノ対策課、トラ退治編②-特攻
二人は作業服に着替え捕獲道具などを持ち、すぐに現場へ向かった。
葵の「捕獲」道具は日本刀だが、あくまでも「対・野生動物」に見せるため、役場では刀を猟銃用のケースに入れて持ち歩いている。
余談だが、彼のほか獲物を使う課員はこのカモフラージュのため狩猟免許を取得した。実際の野生動物対策業務に大いに役立っているという。
補助が主な役割で有術に獲物を使わない向日葵は、応急処置用具などを入れたリュックを背負っている。
役場の裏は竹林だ。毎年春になると役場では「タケノコ大発掘会」が開催され、職員たちが良い汗を流しながらタケノコを収穫し、家々でタケノコ料理を楽しんでいる。なかなか上物のタケノコが取れると大人気の行事になっている。
課長が言うには、この竹林を抜ける手前あたりにいるという。行動範囲も徐々に近くなってきているようだ。竹林に入ってすぐ、葵はメガネを外して日本刀を手にした。二人はさらに速足で向かう。
「向日葵」
「なに?」
「さっき、自分は転ばせるしか能がないって言ってたけど、あんなこと言うなよ」
こいつに言われるのが一番ムカつくのに。向日葵はむっとした顔を隠さなかった。
「ホントの事じゃん」
「桜の木の妖物、向日葵が有術で倒してなかったら殺せなかった。俺一人じゃ、あの二人を守りながらなんて無理だ。有術って、どれが優れてるとか、これが劣ってるとかない。使い方と相性だ。普段の仕事でも痛感してる」
だから、そういうところがムカつくんだ、向日葵の語調は強くなる。
「そんなことない。葵一人で倒せてたでしょ。桜ちゃんが治してくれるわけだし」
「ケガして治すの繰り返しだ。そのうち桜さんが疲れて終わりだよ。向日葵がいなきゃ無理だったんだよ。向日葵の有術が必要だったんだって」
どんな能力であれ必要なのだが、向日葵と同じ能力を持つ人間は昔から軽んじられる傾向があった。葵は、その能力を持つ歴代の人間たちの使い方がうまくなかった、それだけのことだと考えている。
加えて、大人たちが「弱い」とか「役立たず」など言うからいけない。その刷り込みのせいか、向日葵は自身の能力について幼いころからコンプレックスを抱いている。
それを親戚たちに見せないよう、そして能力をカバーするように鍛えて、「桜の保護」という役目を果たそうとする向日葵を、葵は常に近くで見てきた。彼女の努力、能力を一番理解し認めているのは彼なのだった。
「さっき課長代理に言っといたから。俺は向日葵と組みたいって」
「え!?桔梗さんにそんなこと言ったの!?」
「会議の後、ちらっと聞かれたからさ。だって本当のことだし。一番仕事しやすい」
「それってさ、喋りやすいだけでしょ。嫌いだけど兄貴との方が相性いいと思うよ」
「悪くはないけど、向日葵の方が…」
葵が話をしている最中、突如、二人の目の前に黄色と黒のしましまの大きな物体が現れた。見慣れない形に、二人は目を疑った。
「でかい猫…じゃないよね?」
「トラだろ…ぶっとい尻尾が5本あるけど」
トラはじっと二人を見つめ、今のところ、動きそうにはなかった。かといって、こちらから動くこともできない。その光る目から視線を外せば、おそらく即座に襲ってくる。膠着状態を続けるわけにもいかないが、先に動くと不利なのは明白だった。
動物の形をしているとはいえ、性質も動物と同じというわけではない。例えば数年前に出現したあるクマ型の妖物は、とてつもなく動きがのろかった。もしかしたらこのトラも、恐ろしく足が遅くて、噛まれても痛くないかもしれない。ただ、最近の兆候を考えれば、それはほとんど期待できないと言っていい。
未知の動物型との遭遇、加えて妖物ら全体が強力化している。この状況を打開する方法をこれまでの経験から考えてみるも、いい案が思い浮かばない。葵が必死に考え抜いているところで、向日葵がはっきりと宣言した。
「特攻する」
「は?」
「私が突っ込んでひっくり返すから、隙狙って殺して」
「そんな危険だろ」
「何事も最初は危険でしょ。開拓者は必要なのよ」
言い終えると、向日葵はトラに向かって突っ込んでいった。トラの方も向日葵の方に目を移し、走りだした。
やはり、ヤツが遅いなんてことはなかった。一瞬で距離がぐっと縮まる。向日葵はいつでも手を返せるよう、右手を突き出して走り続けた。
葵は、彼女の勇気にいつも感服している。
これが彼女の長所なのに、本人も周りもまったく気が付いていない。彼は、ここぞという時に踏みだせない自分が嫌いだった。向日葵はどんなことでも飛び込んでいける、そこをとても尊敬しているのだ。
今だって、何も思いつかなかったら自分はどうしただろうか。逃げるのか。結局、向日葵の勇気のおかげで、状況は動き出した。真の役立たずは俺の方だ、と葵は痛感した。
彼女が動かした状況を無駄にできないと、葵は向日葵の動き出しから瞬間遅れて、トラの背後をとるべく動き出した。
トラのスピードは予想以上だった。間合いぎりぎりを見定めて手を返せるのか、向日葵は心配になってきた。
いつもそうだった。向日葵は、本当は怖くて不安で仕方がないのに、口が先に強がってしまう。
そして、言葉にした以上は有言実行。今回も、やると決めた以上は最後までやる。ケガしても治してもらえる、大丈夫だ、と手を伸ばし続ける。そろそろ間合いだというと時、トラが向日葵を狙って飛び上がった。手を前に出していた向日葵はこのスピードに追い付けず「ヤバい」と思った瞬間、トラが向日葵の頭上直前でピタと止まった。
というより、これ以上向日葵に近づけないと表す方が近い。このチャンスを逃すまいと、向日葵は右手を返す。
トラは頭からひっくり返り、地面に打ち付けられた。そこを葵の日本刀が突く。閃光とともに、トラはドロドロに溶けていった。
「な、わかっただろ、向日葵がいないと妖物は…向日葵?」
向日葵はその場にぺたんと座り込んで、右手を眺めていた。
アイツが止まったのって一体?私の能力なのだろうか?それとも。向日葵の右手に、橘平の姿が浮かんだ。
葵は様子がおかしい彼女の肩に手を載せ、
「おい、どうした、ひま…」
と呼び掛けた途中、彼女はふらりと倒れた。すんでで、葵が受け止める。
「おい、どうした、おい!」
「きっぺいくん…」
「は?きっぺい?」
「橘平くんだったんだ…」
彼女はそのまま、すうすうと寝息を立て始めた。勇気の糸が切れてしまったようだ。
こんなところで寝るか普通?と呆れたが、未知の出来事にたった一人で切り込んでいったのだからな、と葵は尊敬の気持ちで彼女の寝顔を見つめた。
しかし、あの少年の名をつぶやいて眠ってしまったのはなぜなのだろうか。
「後で聞くか」
その後、眠った向日葵を横抱きで町役場まで運んだ姿は、多くの女子職員に目撃された。
これにより、翌日から向日葵は一部の女子(業務内容を知る環境部は除く)から嫌がらせを受ける羽目になった。イノシシごときで気絶すんじゃないわよ、きっとわざとよ、幼馴染だからって…。
なぜ嫌がらせされるのか。物理的な強さのおかげで、無視とか、トイレの鏡を占拠するとか、机の上に空きペットボトルを置いていくとか、すれ違うたびに「弱いふりすんな」と言われるとか…みみっちい嫌がらせは意にも介さない彼女だが、理由が全く分からないのは気持ち悪い。
そこで向日葵は昼休み、他部署の仲良しの同僚から事情を教えてもらった。
聞いた瞬間に、彼女は真っ青な顔になってそのまま同僚の目の前でぶっ倒れてしまった。
そして、たまたま彼女たちがいた休憩スペースの前を噂の君が通りかかり、ぶっ倒れた金髪を抱えて医務室に運んでいってしまった。
これも、多数の女性職員に目撃されてしまった。




