バケモノ対策課、トラ退治編①-お前がやれよ、無理か
村役場の環境部野生動物対策課では、朝一に会議が行われていた。
議題は「妖物の強力・凶悪化について」である。
数か月ほど前から、村の周りに現れるバケモノの類、彼らが「妖物」と呼ぶ奴らが、徐々に凶暴性を帯びてきたのである。
そして一週間ほど前、つまり橘平たちが満開の桜の下にあった小さな神社を破壊したころから急に攻撃力が上がり、ケガをするものが増え、倒すのが困難なケースが出てきた。さらに出現頻度も増えてきている。
係長の三宮伊吹が説明する。
「妖物出現の頻発地域は立ち入り禁止にします。状況を見て禁止地域は判断していきますが、より妖物の出現や被害が拡大するようであれば山全体の立ち入りを禁止、村民への注意喚起も行っていきます」
「なゐ」の封印前、妖物は全国各地を荒らし、人間たちを殺し、それはひどいありさまだったという。人は神より力を賜り、総出で妖物を討伐していたそうだ。一宮家の先祖により脅威が封印されると、妖物はこの世からほとんど消えていった。
しかし、「なゐ」が封印されているこの村の周りだけ、妖物は出現し続けている。ただ封印後、彼らは急速に弱体化。加えて出現する範囲も限られ、村の中までは入ってこない、というより入ってこられないようだった。
弱体化が原因なのか、その中でしか活動できないようだ。出現場所にはムラがあり、あまり妖物が現れない場所もある。
一度だけ、ほんの一時期の間、妖物たちは全盛期のような強さを取り戻したことがあった。しかしほどなく治まり、村にはまた平和が訪れたという。
昔のように村人総出で討伐するほどでもなくなったゆえに、一宮、二宮、三宮家で有術を継承、村を守る、という今の形に落ち着いたのだった。他家はその3つの家に代々の有術を譲り渡したという。
妖物はだいたい、動物の形をしている。が、よく見ると耳がないとか、鼻がないとか、足が異常に太いとか、どこかおかしいのであった。
強さや大きさに関しては、妖物それぞれによって違う。その辺のネズミと同じくらいで害のないものもいれば、犬、クマ等々、危険レベルはさまざまだった。普段対処しているのは、強くても柴犬程度がせいぜいだった。
それが最低でもクマレベルに上がってきている。そんなレベルのバケモノは年に1回出るくらいで、ほとんどがそんなに強くはなかったのだ。土日に出ても、「月曜に処理すればいいや」で済ますことができた。
人に危害を加えることはもちろんある。彼らに与えられた傷は有術でしか治療できないし、殺すことも有術でしかできない。人間の使う武器や向日葵のような打撃は、隙を作るための手段でしかないのだ。
ちなみに、村唯一の診療所に治癒能力者がいるので、妖物の攻撃でケガをした場合はそこで治療する。被害に遭う村民もたまにいるが、治らなければ必ず診療所に来てくれるので対処できるし、職員たちもケガをすればここに直行がお決まりだ。
むしろ、今までは本当の野生動物対策の方が厄介で面倒だった。
それが今や、奴らの方がより面倒で厄介と来ている。
駆除は基本的に2人1組で行っている。葵のような妖物を消滅させる能力者「攻む」と、向日葵のような補助系の能力者「支ふ」で組むのが基本だ。しかし、以上の理由により、同じく親戚筋であり、有術が使える職員で構成される環境部自然環境課にも人員を頼らざるを得なくなってきた。
これまでは適当に割り振ってきたのだが、今後は、より各人の相性を考慮して班を作る必要性もでてきた。
「課長と私でもよく考えますが、各自でも誰と誰が組んだ方が的確に駆除できるか提案していただけると助かります。それと、有術者のサポート要員の増員も考えています。とりあえず、ご家庭の事情や定年でお辞めになった『支ふ』の方、他の職業の方、それが難しい場合は未成年の子でも手伝ってもらわなければと考えています」
と、課長代理の三宮桔梗。また課長の二宮公英によると、この現象についてはすでにお伝え様に調べてもらっているという。
「お伝え様によると、円形の森が揺らいでいるらしい。どうやら、森に入れるようになったらしいんだ。話によると、とんでもない妖物がうじゃうじゃいるということで、入らないほうがいいと忠告されたよ。これについて、何でもいい、ささいなことでもいいから、知っていることがあれば教えてほしいな」
葵も向日葵も、「ささいなこと」を知っていた。
満開の桜の下での出来事。
時期からするとあれがきっかけに違いない。まさか普段対処している妖物に影響するとは全く考えていなかった。これは真に、早急に、悪神を消滅させないと大変なことになってしまう。葵と向日葵は事の重大さに焦りと危機感を感じていた。
課長はさらに焦るような事を発表した。
「あ、休日出勤の増加も覚悟するように。事態が事態だからさ、振り替えられるかは要相談ね。これは上が言ったことだからね。しばらく休みない感じで」
早急に悪神を消滅させないと。
「治せるって言っても限界あるからなー。公務災害頻発したら困るから鍛えといてね」
溜息しか出ない課員たちであった。
午前中の妖物駆除を終え、葵が席に戻ると、課内には向日葵だけだった。ちょうど、昼休憩が始まった時間。それぞれ、休憩スペースや会議室などで弁当を食べたりしているのだろう。彼女はお伝え様からの調査結果の資料や、誰かからの差し入れのお菓子を各机に配布していた。
二人は課の中で一番の年若で同い年である。さまざま雑務を任される立場にあるが、向日葵がこうした役を押し付けられることが多い。実は向日葵の方が入職は早く先輩であるのだが、資料のコピーやお茶出し、書類整理、掃除等、彼女に振られやすい。
課長が二宮の人間のため彼女に頼みやすいのもあるが、有術の能力も理由の一つだ。葵の有術による殺傷能力は課、ひいては一族のなかでも随一で、最近は出動頻度が高く、あまり雑務はこなせない。それ以外にも、葵にあまり雑務を押し付けない理由が上司にはあるらしかった。
「ありがとう」
「いえいえ、ワタクシの仕事でございますから。アニマルを転がすしか能がないもんで」
彼女のこの態度に、葵はどうしても一言いいたくなった。が、隣の自然環境課を見ると、数人職員がいる。別の場所に移動しようと向日葵を誘おうとしたとき、課長が飛び込んできた。
「あ、いいところにいた!葵君、ひまちゃん、すまんが駆除に行ってくれないか?急ぎなんだ。場所は役場のすぐ裏だから」
「ちょ、私お昼ご」
「早く!ちょっと強いくらいだと思う!終わったら休憩取っていいから」
お前が行けよ、と向日葵は心の中で悪態をついたが、それができないことは十分分かっていた。二宮課長の有術は「感知」すること。妖物がどこに出現したか、どの程度の強さかわかる、というもの。課内一の裏方能力者であり、ほとんど現場へ行かない。しかし、課長がいないと未然に被害が防げないのも事実だった。




