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(旧版)神社の娘  作者: 坂東さしま
豪雪の桜
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豪雪の桜②-桜

 しかも、今日は稀にみる大量の雪。五体満足で帰れる自信はないが、女の子をどうしても放っておけなかった。手のひらに子供のころに教わったおまじないを書き、心を決めて女の子を追う。


 ほんの少しの救いは、女の子が持つ懐中電灯の光だった。それを頼りに後ろをついていく。


「俺は八神橘平!えーあなた?君?は」


 橘平が名乗ると、女の子は立ち止まり、橘平の方を振り返りぼそりと呟いた。


「八神家…南大家の方ですか」


 村の中では名字ごとにだいたい家の場所が固まっており、八神は村の南側の中で一番多い名字ということで「南大家」と呼ばれている。この呼び名を知っているということは、やはり彼女は村人なのだろう、と橘平は判断した。


「一宮桜です」


 そういうと、桜はまた前を向き歩き始めた。


「いちの…一宮!?一宮ってお伝え様んち?!」


 お伝え様とは、村にある唯一の神社のことである。総じて、一宮家のこと、そこの神職のことも指す。昔から村をまとめている家であり、みなから頼られ、敬われている。家のもめごとから村の運営に関わる事、何か問題があればお伝え様に相談する。村議会ですらお伝え様の一言を大事にしていた。そういう習わしになっていた。


 村の同年代とはみな知り合いのはずだが、やはり桜のことは全く分からない。そもそも、一宮家に同年代の娘がいたことすら、今初めて知った橘平だった。


「そうですよ」


 桜は黙々と歩みを止めない。疲れた様子も見えない。体力はあるほうだと思っている橘平だったが、慣れない雪道と履きなれない長靴のせいで、足がぐったりしている。一歩を出すのもつらくなってきた。


 それでもなんとか気合で桜に食らいついていくと、真っ暗闇の森の中に突然、桜の木が現れた。


 何千年、何万年もそこに生きているかのような風格で、真冬のはずなのに花は満開。桜の周りだけ草木は生えておらず、広場のようになっていた。雪が降っているはずなのに、それも皆無。絵画か映画のワンシーンか。月明かりが大劇場の舞台照明のように、主役たる桜を照らしている。


 幻想的な風景というのは、これのことか。


 橘平はその情景に見とれたが、彼女は全く何も感じていないように桜の木をめがけて進む。もう少し全体の雰囲気を見ていたかった橘平だが、彼女の背を追いかける。


 ぴたりと、桜は木の下で立ち止まった。橘平も立ち止まり、彼女が見ているものを彼も観た。目線の先には、神社のミニチュアのような置物があった。


「なんだこれ、おもちゃ?神社の?」

「神社ですよ。見た目通りです」


 橘平はしゃがみこみ、神社のミニチュアをまじまじと眺めた。とても精巧につくられており、確かにお伝え様の拝殿にそっくりである。屋根には二重丸のような模様が描かれていて、じっと見ていると誰かに見つめられているようだった。


「ふーん、ミニ神社か。にしても、不思議だな。冬なのに桜。そういや寒くもないし、ここだけ春なのか?」

「そう、不思議ですよね。ここだけ世界が違うなんて…」


 バキっ。

 橘平の目の前で、神社のミニチュアが破壊された。破壊したのは桜の右足である。


「は?」


 桜は右手でメガネを上にずらした格好で、潰れた神社を見下ろす。


「粉々になったかな。まだ足りないかしら」


 といい、何度も足で踏みつける。いきなりの出来事に放心していた橘平だが、すくっと立ち上がり、桜の左腕をがちっと掴んだ。


「おい、何やってんだよ!ちっちゃくても神社だぞ、破壊するなんて頭おかしいんじゃないのか!?」


 名前とは裏腹に真っ黒な桜の瞳が、橘平の極薄茶色の瞳を刺す。


 雪の中を平然と歩き続ける体力もそうだが、同級生と比べそう大きくない自分よりもさらに小柄な体に、どれだけの破壊力が潜んでいるのかと、橘平はつばをごくりと飲み込んだ。桜の腕をつかんだ右手が緩む。


「…おかしいのは、村をおかしいと思わない村人のほうです」


 と、桜が橘平の腕を振り払った時、二人の左右から何かがせりあがり、跳躍した。


 はっと、跳躍したモノの方に目を移すと、桜の木と同等の高さと空を覆いつくほどの体躯を持った怪物が、二匹、轟音とともに着地した。

 その勢いで、二人も30センチほど浮いた。


「っあー!!!!お、おにー!?!?!ようかい!?!?」

「な、なにこれ、聞いてないわ!」


 左の怪物は角が一つ生え、目と鼻は無く、口は真一文字に引き締まっている。右の怪物も目鼻はないが、角が二本、口は大きく開いており、今にも二人を食べようとしているように見える。ともに上から下まで、ありえないほどの筋骨隆々さと重量感を持っている。


 怪物はのっそりと二人の頭上に顔を揺らし、二匹同時に腕を振り上げた。


 橘平はとっさに桜の手を取り、全速力で前方へ走った。かろうじてその衝撃からは逃げられたが、腕はまた襲ってくる。


「に、逃げるわけには」

「ごちゃごちゃ言うなよ!」


 橘平は桜の背と膝に手を添えてさっと持ち上げ、走り出した。広場を抜け、森の中に戻る。真っ暗闇の中、同じように見える木々と積もった雪のせいで、どこを進んでいるのか分からない。足も思うように進まない。


 ただ、この森は村の中心にある。進んでいけば、東西南北、どこかの地域には出られるはずだ。そう信じてひたすら走った。


「降ろしてください八神さん!」


 反論に答えるほどの余裕も体力も、橘平には残っていなかった。


 顔も耳も目も限界まで真っ赤、内臓という内臓がいまにも破れそうに苦しい。それでも桜を抱えて走り続けた。


 そうすることができた。

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