二人じゃないと倒せないよ!
骨の何本かは折れているだろう。
それでも葵はなんとか起き上がろうとするが、精神力が痛みに勝てそうにない。
目が開かない。でも死ぬわけにはいかない。
向日葵を一人で戦わせるなんて。
その時、桜が葵に馬乗りになり、「目を開けて!葵兄さん!」と呼び掛けてきた。桜はなかなか開かない葵の瞼を無理矢理こじ開ける。そして、葵の瞳と自身の瞳を近づけ、じーっと見つめた。
この行動に橘平は驚いた。けが人にまたがって目をこじ開けて。一体何をしているんだ。しかも顔の距離が恋人同士のように近いのだ。
桜に5秒ほど見つめられると、葵は体が熱くなり、痛みが軽くなってきた。
「ありがとう、起き上がれそうだ」
「良かった!」
桜は葵の上からどき、起き上がるのに手を貸した。起き上がった葵は、「向日葵!」と叫び、広場へ走っていった。
満身創痍の青年が、少女に見つめられて走れるほどに回復した。
これは聖人の奇跡なのか。橘平は自分が何を目撃したのか理解が追い付かなかった。
「さ、桜さん、今の」
「これも有術。壊して、治す。私のはそういう力」
葵が倒れている間、向日葵はとにかく逃げ回った。
その間に、奴らにはおおまかな動きのパターンがあること、共闘はせず個人で動いていることが分かって来た。
片手が無くなった怪物が残った方の腕で襲ってきた。拳が向日葵の2、30センチほど前に来たところで、彼女は怪物の拳の前で自身の手のひらをくるっと返した。
すると、片手のカオナシは仰向けにばったりと倒れた。死んでひっくり返った虫のような恰好だ。そこに己の拳を突っ込んでみたが、全く無意味だった。村の周辺に出てくる「ちっちゃいバケモン」とは比べ物にならないことがわかった。普段相手にしている奴らは、隙さえ狙えば人間の拳でも多少のダメージは与えられる。
まだ両手の残る二本角の方が、向日葵を殴ろうと拳を横に振りぬく。すんでのところで避けられたが、倒れた片手が起き上がってくるのも時間の問題だろう。
こいつらは別格だ、私一人じゃ何もできない。
どうしよう。
いつも陽気な彼女が心折れそうになってきたころ、激しい青白い閃光がみえた。同時に、恐ろしい断末魔もこだまする。
葵がひっくり返っている怪物の胸を一突きにしていた。限界まで刃を刺し、思い切り引き抜くと、怪物はドロドロに溶けていく。
「向日葵!!」
ドロドロから素早く降り、葵は向日葵の方へかけていく。
「大丈夫か!?」
「私は全然!そっちこそケガとかいろいろ!?」
「治してもらったから。早くもう一匹を」
と声を掛け合っている間に、バケモノは広場の端に避難していた二人に向かっていた。
「桜さん!!」
「さっちゃん!きっぺー!」
橘平は桜の手をぎゅっとにぎり、森の中へ逃げた。
しかし、真っ暗で木々が生い茂る中、なかなか全速力でまっすぐすすむことはできない。怪物は木をなぎ倒し、もうそこまで迫っている。
ぼこりと地上にでた木の根に、桜が躓き転んでしまった。
「桜さん!大丈夫!?」
「は、はい、っつ…」
素早く桜の腕を取り、立ち上がるのをサポートする。相当、足を勢いよくぶつけて転んでしまったようで、足全体が痛そうである。足首あたりは腫れているかもしれない。
背後に殺気と寒気がする。
もう逃げられない距離だ。
橘平は手のひらに子供のころから親しんでいるおまじないを描き、その手で桜の手をしかと握った。こんな状況でも「死ぬかもしれない」という考えは浮かばなかった。
桜もこの状況で絶望はしなかった。なぜか「守られている」気がしたからだ。神か仏か、何から守られているのか全く分からない、不思議な感覚であった。
怪物の右足が、二人の頭上にあった。
右足は二人の頭上すれすれで止まった。怪物はそれ以上、踏み込めないようだった。
何が起こっているか考えられない二人の前で、怪物が右横にゴロンと転がった。そして日本刀を高く振り上げた葵が飛び上がり、左わき腹から真向に切り下した。
激しい光とともに体は見事に真っ二つに割れ、溶けていった。




