寒くても電話は聞かれたくないから外でするよね
「何も言わずに、とにかくなんでもいいすまん、おまえんチ泊まる事にしといて!お願い!」
今夜決行。
「そう、優真んチ泊まる。うん、それじゃ」
本当は友人宅に泊まるんじゃない。訳の分からいバケモンを退治しにいくのである。
まだまだ寒さ厳しい季節。外で短時間電話をしただけでも、手はすでに氷になっている。吐く息は白すぎて前が見えなくなる。
スマホをダウンコートのポケットにしまう。手をポケットにつっこんだまま、村の真ん中にある森の方を見つめた。
家族にいままでで一番大きなウソをついている。
そう思うとドキドキズキズキはするが、それよりも彼にとって今大事なことは、自称・超能力者三人と鬼か妖怪かよくわからないバケモノを倒しに行くことである。村の矛盾に気付き始めてしまったから。
「電話終わった~?」
後ろから向日葵が声をかけてきた。ドライブの時に着ていたファーコートではなく、黒のモッズコートを羽織っている。サイズからして、おそらく葵のものだ。椅子に掛けてあったものを、適当に拝借してきたのだろう。
「あ、はい。今終わって戻ろうと」
「家んなかで電話すりゃいいのに~さむいじゃん!」
「いやー、はは」
「マミーとの電話なんて聞かれたくないよね!さ、はいろはいろ」
「あの!」
玄関に向かおうと振り向いた向日葵を、橘平は呼び止めた。
「あん?」
「なんで今夜なんですか?」
「明日は日曜だから学生にも社会人にもちょうどいいでしょん?というのもあるけど、奴を一日でも早くぶっ殺したいからさ。超巻きでやってきたいわけ」
「急ぐ必要あるんすか?あ、もしかして悪神の手先の危ない妖怪がわらわらでてきたとか」
「うーん…ふふふ~」
向日葵は、笑顔は絶やさず、でもちょっと困っている顔をしていた。どう話そう、どこまで話せるだろうか。といった風だ。
「まあ…うん、あのね、タイムリミットがあるから。先生以外に『なゐ』のこと聞ける大人いなくて、子供ながらに調べて調べて。最近になってやっと森に入れて…マジで時間がないのよ」
「時間…」
「桜が高校を卒業する、いやそれじゃちょっと遅いかな…まあね!いろいろあるんだわ!私らも生まれた時からの付き合いでさ!いろいろすぎ~!あはは!はい、かえろー」
と、向日葵は橘平の腕を引っ張った。この力には抵抗できず、そのまま引っ張られて家に引きずり込まれていった。
一番、軽くて陽気で話しやすい。けれど、向日葵は一番、肝心なことは話さないんじゃないか。今の反応で、橘平はそれを感じ、これ以上は深く聞かないほうがいいのかもしれないと思った。
卒業。
そういえば、桜の詳しい年齢を橘平は知らなかった。同じくらいだと思うが。
夕飯は、向日葵が「腕によりをかけて適当に作る!」、葵が「適当は困るから手伝う」ということになった。橘平と桜は何か手伝うことがあれば、と申し出たが、座ってな!と怪力でソファに押し付けられた。
「できるまで、結構時間あるよな」
「じゃあ、奥の部屋にいきませんか?先生の残した書物などが残してあります」
桜の案内で、奥にある6畳ほどの和室にやってきた。壁3面が本棚になっており、下から上まで本や資料の類でぎっしりだった。本棚の前にも、本が積まれている。学校の図書館よりも「本」というものを感じる空間だった。いわゆる書斎だったようで、重厚な机もあった。
先生は各地の伝説の類を調べていたそうだ。部屋の書物も神話や文化人類学、妖怪、魔術、宇宙など、さまざまなジャンルが林立している。その研究の過程で、村の秘密にもたどり着いたらしい。
そうした文化の香りがする部屋には、似つかわしくない置物もあった。
「これカタナ?ちょっと短い気もするけど」
「ああ、それは葵兄さんのものです。脇差と短刀というものです」
「葵さんの?あれ、長いのはないんだ?時代劇でみるようなやつ」
「それは葵兄さんの部屋にあります」
「へー、剣道?剣術?する人なんだ」
「そうです。とてもお強いんですよ。ただ、この日本刀は有術を使用するときのものです。私には相手の目が必要、葵兄さんには刀が必要なのです」
「向日葵さんも、なんか必要なの?」
「いえ、ひま姉さんは有術を使うのに何も使いませんよ。それにひま姉さんは武具の扱いが不得手でして。その代わりに、己の拳を磨いたのです。もし八神さんがお強くなりたいということでしたら、きっと、喜んで教えてくださいますよ」
「…へー」
強さにはあこがれるが、向日葵から教わるのは、なんとなくお断りしたかった。
橘平は「そういえば」と、疑問に思っていたが聞けてないことを思い出した。
「ねえ一宮さん。なんであの日一人で森へ向かったの?3人の方がいいと思ったけど俺も」
桜が少しうつむいた。言いにくそうな雰囲気である。
「あ、言えないことがあるなら」
ぐっと顔をあげ、橘平にあの強い瞳を向ける。
「私のわがままだからです。お二人はずっと、それに付き合ってくれています。これ以上巻き込めない、最後は私一人で始末をつけるべきだと判断しました。おそらく、『なゐ』は私の有術でしか消滅させられないのです」
「…そうなんだ…」
「…たぶん、でしかないのですが」
桜の声はデクレッシェンドし、最後はほとんど霧散していた。そこで会話は途切れ、二人はしばらく所在なく、ただ部屋に、居た。
この居心地の悪さを打開する方法はないか。でもあっちの部屋に一人で戻るのは変だよな、と橘平はぐりぐり脳をめぐらし、でてきたのが、
「一宮さん今何年生!?」であった。
彼女は高校2年生だった。
確かに時間はそう多くは残されていない。
「え、年上?同い年だと思ってた」
「そんな変わりませんよ」
「いやー大きいって。一つでも下の学年は先輩の雑用だもん」
「そう!桜っちのが年上!だからさー、さっちゃんもっと砕けていこうよ、きっぺーにはさあ」
髪の毛が逆立つような大きな声で、向日葵が部屋にやってきた。ご飯ができたので呼びに来たらしい。
「く、砕けてって…」
「八神さん、なんて硬くなーい?きっぺーでいいっしょ、年下なんだから」
「あ、そうっすよ、きっぺーでいいっすよ、一宮さん!」
「八神くんも硬いよ!さっちゃん、でいいっしょ」
「ああ、ああそうですね!桜とお呼びください、やが…橘平、さん」
「あ、えーはい…桜、さん」
まだまだだけど、今はこれでいっか、と満足げな向日葵だった。




