先行到来
荷物が少なければ走るだけでいいから助かる。
「本隊は後から来ると聞いたが、……先についててもおかしくないと思ってもいたんだが、流石に先方の隊は……」
「先に、一旦休憩しましょうよー、ルイスー」
余裕があるように見えたので、断る理由を求めてヴィンセントさんに声を掛ける。
「……ヴィンセントさんはどう思う?」
「私ですか? そうですね。肉体的に無補給で進めているとは言え、休憩がないと精神の健全な状態は保てないでしょう。アンビー・リンドレイクが脱落しなかったからいいものですが、こういった距離の強行は数を絞った精鋭がやることです」
「そうか……そうだな。俺はこれで、生まれつき丈夫な体で生まれてきたから、なんとかなるが、そうか、普通は鍛えないと無理か」
むしろ、断ってはいけない無理な強行だったと理由を提示され、外道の遠く向こうの人入りの多い町奥に続く汽車の路線に視線を逃がす。
「それはどういう意味で?」
適当に言ってしまった言い訳に困惑されて、これはいけないと気恥ずかしさを感じながら、軽く頭を下げる。
下げたあとで言い訳を重ねてしまう。
「騎士として鍛える前からというか、俺が聖騎士に用立てられることになったきっかけの事件の前から……あぁ、すまない。わからないんだ」
どうでも良いと言わんばかりに勝手に選んだ飲食店の戸にアンビーが手を触れて押し入るので、彼女に続くように僕とヴィンセントさんも開放的な戸をくぐる。
「メディテュラニスの北の方からバルカン半島を横切って遊牧民の大帝国の中東圏を通過して南側の連邦支配域に入って、とか一人で弾丸ツアーしてたから、無茶すれば誰でもできるもんだと最近まで誤解しててさ」
「何言って……え、その弾丸ツアーの間の事件って! 超巨大浮遊マシン討伐とか……! 遠征軍救出が挟まっているのよね……!? え、疲れとか……」
「『あぁ、その時は一兵卒として参加さてもらったね』」
「あぁ、すまん。その武勇伝は人前で話すことじゃないか」
演技がかった僕の口調にアンビーも周囲に目をみやる。人はそこまで多くないが、歴戦の猛者……といった感じの薄く硬い魔力の密度を感じるたぶん用心棒がこっちを直視しないように視界に入れて新聞を読んでいた。
「疲れに関しては、分からないとしか言えないんだがね」
「わからないって……」
「痛いとか、苦しいって感覚は分かるんだが、疲れるって感覚を感じたことがない」
「へぇ、やっぱうん、枢機卿の判断が間違いじゃなかったってそういうことなのね……うん、フェルメイアちゃんも、最初は実力だけでも惚れるわけだ。私はヘトヘトで頭がおかしくなりそうだ。食事休憩を求めます!」
そう言っても、もう座っているのだから、もう許可しているようなものだが、
「ぁぁ、休憩しよう、それにしても、あの時の俺は荒れていたから、ミリアにはずいぶん迷惑をかけた」
フェルメイアに対してかなり嫌味な態度をしていたことを思い出しつつ、苦笑を漏らしてしまう。
「今より荒れていたのか?」
「そうですね。これでも、落ち着いてきてはいるんだ」
「ですが、確かに部下の疲れを感覚としてイメージできないのは人を使う上で、苦労も多いでしょうね」
「あぁ、だから、折衝役には足取りに経験を感じ取れるヴィンセントさんと、顔見知りで気安い仲のアンビーを選んだわけですね」
困惑するヴィンセントさんと話しつつ、ウエイトレスの手からメニュー表を受け取る。
「食事は奢るが、今ある手元の持ち合わせには限度はあるから遠慮はしろよ?」
「はいー、ここらへんでは水の値段がそこまで高くないだけ物価はマシだけどね」
「とりあえず、ルイスのおごりだし、水と卵ライスとオリーブ煮込みを」
「はい、店主とりあえず、人数分の水と、昼食を適当に頼む。これと、……これと、ヴィンセントさんはどうします? 移動が早く済んだので、路銀に余裕はありますから」
「なら……シンプルな……ステーキを」
メニュー表の値段を見て、ずいぶん、ぼったくるなと思ったが、ここらへんの食糧事情が判別つかないのだから余計なことを言わないほうがいいだろう。
よそ者と身内で別料金などどこの地方でも変な話ではない。