復讐鬼は言った『土になりたい』と、聖騎士は言った『結婚しましょう』と
さらし首、
総督府に近い色街の娼館で寝泊まりして、朝になってその場所を見ると、木の台に置かれた罪人の頭部と、そのおぞましき罪を知らしめるための立て看板が雑に置かれて数名の騎士が、険しい顔で問題が起きないように周辺の監視をしていた。
帰還してすぐ裁判所の許可が降りて、カヴァデイルは処刑されたそうだ。じゃなきゃ、指名手配なんてされないってことなのだろうか? 法律には詳しくないから断定的なことは考えられない。
この手を汚しても良かったが、俺はこいつを殺してしまったら、こいつの名が未来に語り継がれるような気がして処刑にはかかわらなかった。夕方にも夜にも使いが呼びに来たけど辞退した。
よく見ると、その横の立て看板に貼られた罪には罪人の名前が記されおらず。聖騎士の威光をしらしめるかのような、教会の神官が書きそうな仰々しい文章が総督府の名義で紋章を刻んで綴られていた。
しばらく歩いて、花畑にたどり着いた。何人かの子どもが出入りして花の世話をしてる。
ここの花は出荷するものでもあるが、その側にある墓は教会にお布施する金がない貧民や、無縁仏、重い罪を犯して引き取られる者がいなかった哀れな者共の遺体を埋める我々雷霊神聖山岳教会の保有する共同墓地なのだ。
水桶を持った子どもに元気よく挨拶されて頭を下げられたので上機嫌なふりをして笑顔で返事を返して、手首で軽く手を振って花の世話にお礼を言っておく。あの子も教会で保護している孤児なのだろう。あの歳の俺が母さんの元から離れていたら、どんなに苦しい人生になっていただろうか?
苦労がなかったわけじゃないが、満ち足りていた。今よりも、幸せだった。
「どうかした?」
「いや、……さらし首、無意味だと思ってな」
隣を歩いていたフェルメイアが視線を落として俺の顔を覗き込むように視線を上げてくるから、そんな顔を見られたくなくて落ち込んでいた思考を少し前の時間まで戻す。
「死体を飾り立てるなど、飾りの仕事もまるで務まらない無駄な飾りだな。どうしても有用に使いたいのなら餌にして軍馬の育成にでも仕えばいいものを」
「今どき軍馬でもそんなことしないわよ?」
「そうなのか? 俺の故郷では割とやってたぞ」
「……そうだったの。それで、帰ったら下町に戻る?」
「どうかな、俺は俺のいるべき場所に帰るよ。……でも、あの娼館の強い香の香りがないと眠れないからどうしようかな」
「中毒症状になってない?」
「かもね」
言われてみるとそうだ。気が付かなかったな。おかしくて笑ってしまうと軽いチョップをお頭に置かれる。
「笑い事じゃないから」
「でも、ケイリーを引き取ったからもう娼館暮らしはできなさそうだから」
「ケイリー? あぁ、あの子か……弟子にしたってことかしら?」
「養子として、引き取った」
「そう」
「だが、弟子っていうのも違うってわけじゃない。私はあの子を鍛えるつもりなんだ」
「見込みがあると思ったの?」
俺が武芸に誇りを持つ技巧派の戦士だったらそれもあっただろうが、
「いや、違う。強くなれるかは全くわからないけど、あの子のような人には強くあってほしいんだ」
花畑の奥の慰霊碑の読めもしない古めかしい字体で刻まれた溝をなぞって、溝に込められた碑文の想いも感じる子どもできない。それでも、死を悼む気持ちはきっと誰もが同じように、打ちひしがれる時のくるものなのだと、石の冷たさが移った指を離す。
「あの子は、絶望の中俺が求めた正義を既に持っている。俺が絶望の中に落ちてから求めたものを絶望に落ちる前から、幸福の中でも誰かのために力を使える人間だ。俺はあんなふうになりたかった。だが、結果だけ見ると……後悔してからじゃないと動けない人間にしかなれないのかもしれないらしい」
「『正義』は力でも、『正義感だけ』じゃ力にはならないわよ」
「あぁ、だからケイリーは少しでも強くする俺が、できる限り」
「そんな子どもを見つけるたびに鍛えるつもりで見つけるたびに養子にしていたんじゃ、すぐに世話しきれなくなるわよ」
「そうか……確かに、この行為をそのまま受け取るとそういうことになるのか、いや、確かに細かく考えていなかったけど、そのつもりだったような気がしてきた。だとしたら、やり方は考えないとな、見つける方法も、鍛える方法も」
「草の根運動でもするしかないでしょう?」
「なら道場とか、あとは武芸と魔術を教える学校でも作れないだろうか、士官学校とかじゃなく、精神的なものを伝えるために、俺の目が届く程度の小さなものがいいかも?」
「鍛えるのは、お金払って人を使えばいくらでもなんとかなるとはいえ、見つけるのは地味なことよ」
「そうだな。生活を支えられなければ誰も人はついてこない、そんな状態でついてくるような人間は、守るものが無い少し前の俺みたいな世捨て人だけだ。そんなのは鍛えたくはないな。うん。……しかし、探すのはそれこそ草の根かき分けて探すしかないよな」
「草の根運動ってそういう意味じゃないけど、いや、それでもやることも結果も同じね」
「草の根か、だが俺は」
考えて、フェルメイアと向き合って、今やっと見えてきた未来のことを語る。
「俺は草の根が這う土になりたい」
「巨木が朽ちて……土に還るには時間がかかるわね」
「朽ちるまでに人生の道を踏みしめた歩みで、土を耕したなら、生きているうちに芽吹かなくても、それはそれでいいと思ってる」
「その路の途中で学校を興して耕しすなら、覚悟をしなきゃね。草花が芽吹いて、果実や花を願っても、時に雑草たちに花の命を吸われ、芽吹くことのできなかった悲しみも必要かもしれないことがあるもの」
「だとしても、俺は雑草の中で、偶然に品種が交わり生えてきた草と比べてひときわ大きな蕾を咲かせた花だったのだろう。だがら、全部を守ろうとは思わない。だけど、美しいと思った草花で大地の一角のこの花畑のように、きれいにできたなら、俺は生まれてきた意味があったと思うんだ」
正直、自分がなにを言いたいのかよくわからない。なのに、なんでフェルメイアが的確に返事を返せているのかも、なんで俺が理解できないまま会話ができるのかも、よくわからない。
「俺、頭がおかしくなってしまったみたいなんだ」
「なんでそう思うの?」
「本当に言いたいことがあるのに、考えが纏まんなくて、曖昧なことしか言えないんだ」
「誰だってそうじゃない?」
「……そう? いや、どういう意味で言った?」
「誰だって、大切なことは、抽象的な言い方になってしまうのよ。言いたいことが未来のことなら、なおさら」
「それじゃ、いままで俺に大切なものがなかったみたいじゃないか……いや、そうだったんだ。『僕』が大切にしていた母さんのこと、……思い返しても……、何も上手く言えた気がしない。ずっと、忘れてた」
そっか、母さんのこと、大切だったから、黙ってしまったのかもしれない。
「その恐れから言葉を濁すのはあまりいいことではないけど。臆病なその気持は大切にするといいわ。だって、それはそれが……――――」
続く言葉は何なのか、十数秒持っても出てこない。しかし、満足したように彼女も慰霊碑の碑文に指を添える。
「俺という花がいくら大輪であっても、次に芽吹く花が大輪であると限らないはずだ。だから、俺で畑は作れない。俺が踏んだ土が、メディテュラニス連邦の国土の肥やしになれるのならば、俺を生んだ母さんや、ヴァルトや、俺を活かしてくれたあの街そのものにも、意味があったと思う。だから、まずは拾った一粒の種に水を与え、芽吹くのを待つことにする。埋めるのはそれからでいいだろ」
「そう……ね。人は一人じゃ生きられない。いくら魔術が上手くて、強くて、剣を振れても、耕さなければお腹は膨れないもの」
「それもそうだな。今こんなことをやろうって考えていても、きっと、これから一生かかるし、一生かかっても終わりはない。俺は聖騎士として一生かけてできる仕事をするようにする。これまでのわがままは終わり、もう子どものままでいられるような歳じゃなくなったってことなんだろう」
「じゃあ、ねぇ、どうかな」
未来のことを考えるほど自分の感じ取れる全て、ゴチャゴチャとうるさくなってきた辺りで、フェルメイアが初めて僕に見せるような困惑や戸惑い以外の感情で言葉が詰まる姿で、照れているようになのに、自信満々で楽しそうで……
「なに?」
「私達、結婚しましょう?」
世界が、静かになっていく。彼女の目に、僕達以外の世界の全ての音が吸い込まれていくようだ。
「あぁー、そうか……。そうだったな。うーん、なぁ、いいのか? 本当に、俺で」
「その気が無ければ海を渡ってこっちまで追いかけてなんて来ないわ」
「……ずっと気になってたんだ。いつ、俺にそんな想いを寄せたのか、この短剣ってそういう意味だろう?」
「想いを寄せる必要がある? 私も貴方も、悪い相手じゃないでしょう」
「……妥協でいいのか? お前の方は」
サリヤと別れて以降僕はもう、妥協にしかならないのにその妥協に彼女を巻き込むのがどうしても申し訳なくなってきて、迫ってき匂いが首元に優しい熱をもたらす。
吐息すら騒がしい彼女にこの鼓動をどうしてか聞かれたくない。
「そうね。じゃああえて理由があるとするなら……いや、具体的にいつってことは無いけど、一番最初に気になったのは、ギルベルトをいじめていた見習いを痛めつけて、傍観していた私達に嫌味を言って帰ったときかな。あの時、『この人は正義を貫ける人なんだな』って思ってた」
「別に、そんなんじゃないよ。あの頃の俺は、聖騎士になりたくなくてさ、失点があればとりあえず公式に議会を通じて何でもかんでも好き勝手要求できる立場だったから、文句があれば全部言っていたんだ。まぁ、それはそれとして教会の体たらくに失望していた改革派の司祭とか、商工会系議員の後ろ盾とかがあって文句を言うノルマもあったんだけどね」
「ノルマ?」
「あー……、それはいいだろう。俺が話すことじゃないね」
腕を前にゆっくりと押し出して胸ポケットから、彼女の決意を取り出す。
「そういえば、この短剣って、なにか謂れのある魔剣だったりする?」
短剣を見て、感傷に浸るように鞘に収められたそれを持つ手の甲に彼女の手が添えられて、また呼吸が近づく。だけど、さきほどのように体重をこちらに預けることもなく、そのままだ。
「コエルレミアの先代の先代の、兄の遺品だそうだ。守ってくれるだろうと、先代の先代、要するにレミアのおじいちゃんから」
「よく考えたら……これをミリアがくれなければ、僕は死んでいた。先々代には、すばらしい聖剣だったと伝えておいてくれ」
「……! そうね。伝えておくね」
彼女の熱を持った視線の一部が短剣に注がれる。
「なんだ。その顔、どういう感情?」
「いえ、その剣、本当は失敗作の魔剣なんだって」
「なに、どういう意味」
「先々代のとき当主の選定で揉め事があって、自分を当主に選出してもらうためにコエルレミアのおじいちゃんのお兄さんは聖剣級の魔剣を作ることにしたの」
「元々魔剣の刀匠の一門なんだっけ?」
「今も刀匠の一門よ。……それで彼は、魔力を利用して長い間合いを持つ光の剣を作ろうとしたんだって、それで結局できたのは、大量の魔力を吸収して吸収した魔力を変換せずそのまま維持しながらピカピカ光るだけの剣で、決して聖剣の銘を与えられるような出来ではない、不出来な短剣だった。それからも、もがこうとしたお兄さんに不幸が重なって、結果的にお兄さんの弟が一族の当主になったそう」
選ばれなかった者の剣。俺にはもうどうやっても理解できない気持ちがこもっているはずなのに、どうしてこの剣は僕を愛しているような錯覚を覚えそうになるのか?
「不幸な謂れのある魔剣だったんだけど。先々代にとってその剣は大切なものだったそう。だけど、私がカヴァデイルに挑みにいく貴方へのお守りとして短剣を買いに行ったら、それを譲ってくれたの」
そうかなら、この短剣は主の無念を晴らすために自分の価値を証明する時をずっと待っていたのだろうか?
違う。この剣から感じるのはフェルメイアから感じるものとよく似た。僕じゃない。僕の向こうに僕と似ている……弟への想いがあるような気がする。
制作者が亡くなっているんだ。炎限定とはいえ魔力因子を魔術の構成式をそのまま移植するような機能が隠されているんだから、他の機能が隠されていてもおかしくないだろう。例えば、この情熱を伝えるために保持するような……。
「――……あぁ、そうだな。火炎を暴走させる自爆魔法の対策で炎の魔力を吸い込む魔剣とは、良い判断だ。この聖剣がなければ、たぶん、俺は死んでいた」
「貴方がやりたいのは、そういう畑仕事なのでしょう」
……首をかしげると。彼女は笑った。
「いつか先の誰かに足跡が残せたらそれはきっと幸福なことでしょう?」
「そうかな? 死んだあとのことはわからないな」
「…………違った?」
僕なんかを選ばせてしまって、申し訳ないとは思う。だけど、結婚なんて生活も関わることなんだ。妥協に妥協を重ねて、それでも生きていく……だって、そうだろう? 人生なんて、誰も彼も思い通りにはならないんだから、妥協して、それでも、その中で満ち足りるものを見つけることが幸せなんじゃないのか? だから、今の俺は何もかも無くなったままなんだ。
「いや、そうだな。違わない。大輪の花だけじゃない。芝もだ。生きるための麦も、芋も、果実も、菜っ葉も育てるために、残すものが必要なんだろう。だから、俺は生きている……なら、俺がするべきことはきっと――――――――――――――――――――――――――!」
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