少年は言った『聖騎士にはなりません!』と
水平方向へ落ちる感覚、地面に向かって飛び上がる感覚、飛び上がった瞬間平衡感覚を失った私の感覚は奴を轢き潰したような腕を掴んだまま空に向かって進んでいくようだ。
「こんな高さで! 俺を地面に叩き落として……殺そうってのか!」
「ひどい顔」
瞬きをしたら落ちてしまいそうな跳躍の一瞬の中、カヴァデイルの首をねじ切らないように注意して頬に手を添え、カヴァデイルの毛細血管から臓物に至るまでコイツの魔術で汚染された僕の炎の魔力を、まるでカビが果肉に根を張るように注入する。
「はっ!」
「死ぬのは怖いか? 怯えるお前のその顔は見たくなかった」
「何を言っているんだお前はァ!?」
カヴァデイルの伸ばした払って手を潰そうとした直前、私の体から火が引き出してカヴァデイルが笑って、火に触れて炎の魔術を僕に直接触れることなく、触らないと発動しない魔術を発動させる!
地面に叩きつけられてゴリゴリと地面を削りながら跳ねたり、地面に強い勢いで沈んだりを繰り返して残った体の枯渇した残りの魔力が僕の体を炎で包もうとする。まぁ、多少制御できない火が肌や血管から吹き出したところで肌が裂けても僕が死ぬような威力はもう出せない、火が吹き出す前に胸が熱くなる。上着の真っ黒に焦げた内ポケットから光が漏れだす。
「ふは、生きてる。ふは、ふははははははは! 生き残ったぞ! 俺は! 生きているぞ! 聖騎士ィ!! お前を……」
「あぁ、そうか。この剣が……」
僕の胸でずっと私を見守っていてくれたのか、
土埃の向こうの高笑いに向けて短剣を鞘から抜いて、肌が裂けて焦げて固まった黒い血でボコボコの片手に構える。炎の魔力を帯びて光る刀身がまるで伸びているようだ。
「フェルメイア……」
「なぜ? なぜ立っているんだ!? なぜ、爆発しない! 今度も燃えない! なんなんだよお前は、どうなっているんだ!? さっさぁとぉ! 死ぃねぇい!」
飛び蹴りを見舞ったカヴァデイルの動きに合わせて、短剣を持っているのに手癖で棒で腕を潰す動きをしたせいで、すでに腕が千切れている方の腕を更に両断する。
「自爆感染の魔術ができなきゃ、体術はその程度か」
「ひっ、くぞ! 俺は、ガッ!? グェ!」
魔力をまとった片腕を俺は正面から掴む。カヴァデイルの魔術が俺に行使されているのが分かる。そして、その魔術に使われた炎の属性に変換された魔力因子は組み替えることなく――
「そういうの、もういいかなって」
「なにが……!」
「もう私がお前の魔術に焼かれることはない」
短剣の刀身の先に伸びる輝きに触れさせる。
「は……え、斬られてない? …………っ!!」
「熱いか? 俺には、もうわからない」
そうか、この刀身は光で刀身が伸びて見えるせいで間合いがわかりにくいのか、室内で使うなら見事な仕掛けなんだろう。
「うがあああ!? ぎゃやあああああ!? なにがなにがぁるぁ!?」
「なんだ、残りカスしかなかったとはいえ、俺の魔力も入っているのに自分のその魔術で自身の身体が焼けないなんて、本当に炎の魔術の才能がなかったのかな」
――刀身に保持され、その魔術をそのまま光を伝って相手に送り返す。
「なんで、なんでお前は燃えないんだ! 炎に、魔力を、魔術が変換するはずが!」
「この剣を抜いた瞬間から」
あまりに効率が悪く、もはや魔力が切れた短剣が輝きを失ってゆき、刀身はありふれた豪奢な飾りがついただけのただの短剣に戻る。
「私は炎の属性に変換可能な魔力因子の全てを失う」
全身からブスブス焦げるような煙を発しながらカヴァデイルは憎々しげな瞳を剥く。
「その全ての魔力を帯びた輝く刀身をもっても貴様は爆発できなかったのは、本当に魔力を生成する才能がなかったのかな?」
「貴様ぁ!」
悶えながらも立ち上がろうとしたカヴァデイルの地面に突き立てた片手を踏み潰して、血を流し肉を削いで骨がむき出しにさらし、これで両手が潰れた。
「おっと」
「ぐぅっがぁ! ああ! どうして、どうして娼婦のガキなんかに!」
「お前と違って、才能があった。それだけだ」
「ぎざあまああゆるざっあ!」
すでに喉も焦げたのか、肌も葉脈や蜘蛛の巣の相の子のような格子模様に血管が黒く浮き出て、ガラガラとした声も出ないその大火をもたらした悪党の無様な大火傷を見て、自分が何も感じないことに驚きを抑えられなかった。
「お前が下町を焼かなかったら、お前を最大限辱めて殺そうとなんて思わなかったし、海を渡って開拓地まで仕事しになんてこなかった。お前が悪党に加担しなければ貴様の努力は無駄にならなかった。そもそもお前が裏切らなければお前は悪党に加担する理由すらなかった」
目が白く、濁っていく。もう、錬成気で眼球の火傷も抑えられないのか。なら、脳細胞のプリン体状の部分はもう生卵には戻るまい。
「だがまぁ、才能がなかったからこそ、自分だけは自爆しても命の心配のないその魔術をつかったのか。それも一種の才能なのかもしれないなぁ? だが、まぁ、その構成式には僕の炎の因子に変換した魔力がたっぷり混ざっている。お前の魔力生成に必要な神経を全て焼き払って……それでも死ねなさそうだな」
死んでくれていたら、僕は復讐鬼としてこの生涯を終え、聖騎士にはならなかっただろう。
「あ…………」
「魂まで焦げついたたか、もう、いいか」
僕は、何がしたかったのか、……もう、母さんは帰ってこない。ケイリーだって引き取ってしまった。自殺するつもりがあったのは本心の一つだ。だが、本当に自殺するとは自分だって思っていない。なのに、なぜ今、自分の死を本心から予見していたようなことを思ってしまったのか、
荒野の向こうで馬が走る気配が聞こえた。
土煙が見える。結構近くだ。僕が走ったら一息にもみたないのに、みんなが走るには疲れる距離だそうだ。
僕の体が丈夫だ。母さんが丈夫だったから、なんか魔力が多いのも、食事にきた爺さんや、神官のじいさんや、気のいい貴族とか、出会いに恵まれたから勉強できたのも大きい。だけど、ヴァルトから受け継いだものも大きかっただろう。
もっと時間があれば、父と認められることができただろうか? 不誠実が母に苦労ばかりかけた結果をもたらした父を、母の男ではなく僕のお父さんと思えただろうか?
僕は聖騎士になるつもりがあるのか? 既に己は正騎士であると認めているのになんでこんな疑問を? わからない。僕は……『ルイス・リック』は
「近いとは思ってたけど、もうきたか……拘束、手錠貸してくれ」
「はい」
「助かる。炎の魔力カラカラで金属を生成できないからな。今の僕じゃ、できるのは砂礫の魔術くらいだ」
「聖騎士様、お怪我が……」
「そんなことよりも」
「そんなことですか?」
「子どもを、人質の子を、あそこに置いてきた、子を、保護してくれ。……自爆感染の魔術は解除した。無傷のはず。確認して」
寄ってきた兵士と話すと彼の後ろに何人もいた兵士のうちの若い何人に命じて僕が指さした方に子どもを確認して馬を駆けてくれる。
「御意、おいお前ら――――、あと、傷の治癒の準備を」
「今はまだ要らん、私は聖騎士だ。この程度の痛みはすぐに治せる」
「私も聖騎士だけど、それは無理よ」
フェルメイア、いつから君はここに来ていた? そうだった。カヴァデイルを討とうとという話になった時にはこの大陸に渡ってきていたな。
「僕は体が特別丈夫なだけで聖騎士になったからね。どういうわけかいろいろ無理が効くんだ。それと、人質のみんなは……」
「人質の魔術は全て解除した、ルイスは無事だった……かい?」
無事には見えないだろうか? 僕は、まだ。
「ルイス?」
「え?」
「大丈夫か、聞こえているか」
「いや、……すまない。ぼーっとしてた」
いつの間にか、子どもが、兵士につれられて眼の前に立っていた。
そうだ、いまアタナがぐわんぐわんと歪むような眠気の中でなにか言われたような、頭から力が抜けていくようだ。そうだ。僕は、救えたのだ。そのために全身焼けて肌が割れるように痛みを堪えたのだ。この、子どもを
「ありがとう。ございます」
「あぁ、どういたしまして、君が、無事でよかった」
……頭を撫でようとして、自分の手が焦げた血で黒くへばりついた塊で汚れていることに気づいて、手が止まってしまった。その手を、この子は両手で握って握手してくれた。
「元気でね。下げてくれ」
「はい」
騎士の馬の背に乗って子どもが見えなくなる。
アンビーの手に下げさせた棺のような道具入れからミリアが一本の剣を取り出し、鞘走りと防ぐ固定具を外してアンビーの手に引っ掛ける。その剣の鞘を持って柄を俺に向ける。
「アンビー姉さんはそのまま控えてて、ルイス、それで、傷の調子は?」
「魔力の消費が激しいが、痛いだけで見た目ほどひどい怪我はしてないよ」
「そうじゃあ、これ、剣を取って」
鞘から抜くとそれは先の丸い剣だった。これは処刑用の……ミリアもずいぶん古風な真似を、いまでも地域によっては断頭は比較的苦しまない処刑としてやる文化もあるとは聞くけども。
「あ……が……は……」
もう喋ることもままならないカヴァデイルは拘束されたまま騎士に抑えられ後ろ手に回されて背中を押して首を垂れさせらる。
「いや、……いい。馬鹿らしくなってきた。これの捕縛は任せる。処刑も適法にやってくれるなら、もうどうであっても、別に、いいんだ」
切っ先を向けたまま、フェルメイアがもったままの鞘を奪って、怨敵に語りかける。
「お前にはここで死んでもらうと困る。だから、お前が今まで他人にやってきた死ぬほどの苦しみを受ける、その術を返された体の痛みをもって、その生涯を苦しみで終わらせてもらう」
「ぱ……な……ら」
「言葉も失ったか、……まぁ、いい。もしも生き残っても極刑、逃げ出せても魔力を制御できなくなったその体には幼児未満の魔力も残らない。生きてもらった方が卑屈な天才のお前にとっては最悪な苦痛かもな」
拘束されてうなだれたままのカヴァデイルの始末を本国からきた騎士官に任せる。
「ミリア、確認させてもらうが、こいつが占拠した村人の爆発の魔術による可能性は排除できたんだろう?」
「えぇ、被害者の処置は終わっているわ」
「間に合ったか」
「だって、昔ほど出来の良い魔術じゃなかったから想定よりもすぐに終わったわ」
「そうか、そうだったのか」
先の丸い剣を鞘に収めて、フェルメイアに返す。
「本当にいいの? 貴方にはそれをする資格があるわ、正義も権力も、どっちも含んだ力が、今の貴方にはあるのよ?」
「そうだな」
剣を受け取らず、手のひらで突き返すように押さえて彼女は俺に尋ねる。
「復讐を遂げないの?」
「これにもう、その価値はない。だから、こいつを殺すのは、処刑人の仕事だ」
剣を掴む。
「いいんだね?」
「あぁ、もとより、開拓地にきたのは仕事だ。こう自分の魔術で焼けてしまったらもう、こいつは魔力を作れない。やっても、自殺にしかならん」
フェルメイアはアンビーから受け取った留め具で剣と柄を結んで、棺のような入れ物に剣をしまい直す
「残念だが、こいつは聖騎士が自ら手を下すべきほどの巨悪にはなれなかった」
◆ ◆
少年・ルイスはもういない。僕が枢機卿をお父さんと勘違いして助けた時に、何もかも変わってしまった。それでも僕は変わりたくなくて、聖騎士になることを拒絶し続けた。
ただのルイス・リックも死んだ。私は憎しみに囚われて、味方を増やせる正義を求めた瞬間、もう『何者か』でなきゃいけなくなって、それで、聖騎士になるしか私には道がなくなった。
残ったのは、聖騎士・クロヴィス・カンビオンだけだ。だけど、俺にはもう、なにもない。正義であることを目指した、結局、力しか残っていない。
俺は憎しみを持って、カヴァデイルを殺そうと思ってた。憎しみ以外の感情はどうでもいいと思ってた。
でも違ってた。
俺、もう帰る場所は無いんだ。みんな殺されて、関わった奴はみんな殺して、関係者にも連帯責任で色んなものを議会の意志ってことで没収して、やれるだけの罰は限界までやって、でも実行犯が一人だけ生き延びてるのがムカついて、それで、私は、殺すために開拓地まで追いかけて、きて、僕はそれで、……
だけど、どうだったんだろう。僕は帰る場所を探していた訳じゃ無いはずだったんた。
ここで寝泊まりしているのだって、ここ以外で眠れないからで、別に拘りがあるわけでもないし、そのはずだったんだ。
娼館じゃないと眠れないなんて、きっと、言い訳だったんだ。
全然、そんなことはなかった。
母さんと過ごして、生きて、良くしてくれていたオッサンや、神官のじいちゃんや、娼館の姉ちゃんとかと苦しくても笑える日もあって、そんな毎日にあんまり嫌な気持ちは無かったんだって、全然気付名かった俺が生まれたせいでお母さんに苦労ばかりかけてしまって申し訳が無かった。
金を踏み倒してくる不届き者を殴って、滞納金が貯まった力の無い貴族の家にせびりに行ったり、下町で暴れたバカの指の骨を全部折ったり、…………客の相手をしたり、体が丈夫だったからできる仕事はなんでもした。
………………サリヤと付き合ったこともある。上手くいかなかった。何が悪いのかお互い良く分からなかったと思うんだが、なんか、仕事仲間って意識が抜けなくって別れちゃった。夜だって、仕事じゃない、本気の夜も共にした。
僕は別にカヴァデイルを殺したかったわけじゃなかったのかもしれない。私は、…………カヴァデイルがもっと悪辣な奴で、俺じゃないと倒せないような巨悪であって欲しかった。
「鉄道の脱線を防いだのは巨悪を潰したことじゃないのかしら?」
そうか、そうだな。義賊と謳われるエドワード・キッカーの悪行の方がよっぽどか。
生まれつき、なんか強かったんだ。この身体はたぶん、誰かを守るために生まれた。赦されざる悪を討つために使う。そのために力が必要なんだ。
『正義』という形で、権力や大義名分を作って、勢力をもってして部下を率いることも時には、それが悪に染まったら欲や悪意で容易く引き抜かれるから心の形をした『正義』という力でなくてはならない。だけど、実際はどうだった?
俺は聖騎士に相応しい正義の使者でいられたかな?
「もちろん、誰かを助けるために誰かを殺すことが、必要ならそれを行う者が正義でなければならないとしたたら、貴方はその名にふさわしい正義でいられたわ」
本当にそうなのかな?
「自分を信じられない?」
あぁ、
「じゃあ、私が勝手に貴方を信じるわ。たとえ貴方が信じない貴方も、私は確かに力を知っているから、その強さと正しさを信じることにするわ。貴方は自分を信じられなくても関係ない。貴方を信じる誰かがいることだけは忘れないで」
わかった。頑張る。
「せめて、今だけは信じて」
この匂い、そうだった。この香は眠るためのものじゃなかった。夜を更かすための御香だった。




