2年目、10月 前
瞑っていた目を開く。悪い夢がまだ続いているような倦怠感に方から膝までの関節の重みが僕の骨が錆びついて肉が腐ってなぜ僕は生きてしまっているのか? と、疑問で心が潰れていく。
「まだ、悪夢は続いているのか……?」
どれだけ決まった時間に暗闇の中で黙っていても。もう、何日も寝ていない気がする。どれだけ眠ろうとしても眠れない。眠れないだけじゃない。大切な、やっとの思いで掴んだ幸福が知らないところで壊された悪魔が途切れないで続く、目が覚めることもない。
暗闇の中で感じた扉越しの気配に声をかけようとノブに手を回すだけで暗闇から光が差し込んで、その眩しさが網膜を揺るがす痛みが、僕の意識を覆った倦怠感があったという事実を忘れたように振る舞わせることを思い出させることを思い出さてくるので、意識を強く持って無かったものとして扱う。
「おはようございます」
「うわっ、びっくりした! あぁ、クロヴィス・カンビオン聖騎士どの、様、おはようございます!」
身を引いて反射的に言葉を紡ぐ彼が、驚き対象が私とわかると即座に敬礼して笑顔で挨拶してくれる。
「あぁ、驚かせちゃったね。手配は整ってる?」
「はい! 予定通り、つつがなく、配備が完了しています! これでは、予想外のことが起きてもこの布陣ならゆるぎもないでしょう」
「予想はできていないけど、想定はしてるって言いたいのかね」
「はっ、では、フェルメイア様から伝言があります」
「何?」
「『あと一手だ』とのことです」
「……あぁ、ボードゲームのこと、比喩かな? じゃあ、私からも一言……あぁ、できればでいいから、別に絶対伝えてってわけじゃないけど一言お願いできるかな?」
「えぇ、もちろん」
「『ここ数日、面倒かけてしまったことを謝罪する。また、それに関する全てに感謝する』」
「承りました」
「二言になっちゃったかな? ……まぁ、いいんだ。できればでいいんだよ? まだ忙しいだろうし」
「はい!」
威勢のいい挨拶には好感を持てるが今の僕には耐え難い苦痛でしかない。
一歩一歩、一歩ごと歩くたびになにか、五感と感情の境目にある感情が感じさせる歩みが僕の感覚をざらざらとさせる。まるで、僕の脚が錆びついたナマクラになったように重々しくて、引きずりそうになる。気持ちだけなら既に足を引きずって地を這ってだらけたいものだ。
だが、もう僕は子供じゃないから、そんな無様は、していられないんだ。
◆
―――おかしいとは思わないか?
強い騎士ほど大きな火種になるなら、何故、ダウンタウンばかり被害が出る。
カヴァデイルが特例で処刑される。何故だ?
簡単なことだ。カヴァデイルがそこにだけ火を放つように命令されて、それを命令した奴が処刑しないようにすると契約したからだ。確認すれば想像よりもっと簡単なことだった。
スラム街が大きくなりすぎて、市民権の持たない市民で首都の郊外に首都本体に並ぶほどの都市を作ってしまっては首都に住む者たちがいい顔はしても、首都を管理するものはいい顔をしなかったのだ。
社会というのはそういうものだ。全体のために一つの弱き者達が切り捨てられる。強き者が全体を管理する。そうやって人類は都市を築き、国を作り、文明を纏めてきた。
全体のために腫れ物を一つ斬り捨てること、その指針そのものは悪ではない。
今の僕だって社会という集合体の中にある政府という一つの組織型した滑車の中に一つの歯車にも満たないネジになっている。
これで、するべきことなど……、わかりきっている。
泣き寝入りするか? バカ、違うだろう!
僕がするべきことは全体のために悪くなったものを斬り捨てることだ。
僕には力がある。マシンを全て討ち滅ぼすことのできる武力のことではない。
武力に餌として与えられた気がしていたんだ。だけど、そうじゃない。使ってしまえば首輪をつけられてしまうような気がして今まであんまり使わなかった便利な力……、だが、やっぱりそうじゃなかったんだ。本質的にこれは報酬だったのだ。
あぁ、権力のことだ――――――!
◆
「ローランド・ハイグ議長の邸宅につきました」
薄目だった目をはっきりと開けて、頷いて腰に賭けた支給品のサーベルの鞘がベルトにしっかり固定されている留め具の締りを確認して、ため息をはいて馬車側面の窓の先を睨む。
今日、1年に一度の各都市の市民からの議会委任者が招集される。
だからか、早朝だっていうのにここまでにも人の出入りが激しく、馬車から先の邸宅でも降りた僕を睨むような威勢のいい奴も何人も随分揃っている。
睨む視線に怯えられたような波紋を周囲の人波から立てながら一人の顔を隠した兵士が端的に状況を説明する。
「先遣隊です。配備完了。抵抗を想定した退路を予見し、地下通路も潰しておきました。案内します」
「ご苦労。たのむ」
今回は行政府の更新が無い定例議会で日程は比較的短いと言っても自分の属する都市の生活に関する法律で忙しい者は半年も前に王都に入って根回しに腐心し続け成ればならない重要な項目もある。一大事だ。
立法府としての市民議会はそんなものでも、議会そのものの運営する議長、最高裁判所の判事の選出、内閣、財政、外交、などの、即時性が必要な権限は地元ではなく王都を活動の拠点とする貴族院の議員に集中しているのだが、結果論でしかないが、今回はそれがいけなかった。
正しくなかった。なので、僕が要る。
聖騎士になった私には、その全ての良くないものを全て正す権利と義務があるのだ。その役割を持つの私である必要は全くないのだが、僕が居るのだから仕方がないだろう。
周囲の何人にも剣を抜いて抵抗を抑制し一人につき数人がかりで拘束して、何人かは床に突っ伏させられて抑えられて酷い表情で敗北している。
そんな場所に腰の剣も抜かずにできる限りのしなやかさで薄ら笑いを浮かべた少年が部屋の扉を通されるのだから、突き刺すような視線が集まってくるよね。
「失礼します。ハイグ貴族院議長へ、協会と……議会の……あぁ、連名により報告に参りました」
「君は……あぁ、ルイス騎士候補生だったね。まぁ、そこに掛けたまえ」
「はい」
剣を向けられながら抵抗もせずにソファに座っている老人の前に座るように促されたので、側面の手の届く位置に腰掛ける。
「こんなことがなければ『カヴァデイルの捕縛おつかれさまでした』と言うべきか、大活躍だったそうじゃないか! まだ、若くして大金星と言うべきか」
「……その一件に関してはハイグ議員も大変だったようで」
「ハイグ議長……だ! えぇ、まぁ、臨時裁判の判事を任されまして、カヴァデイルへの特別処置を執行させてもらったよ」
「確認させてもらいますが、それは本当ですか?」
黙る。一瞬だけ、音が消えたように部屋の中が静まり返る。
「と、いいますと?」
「彼の魔術の危険性からカヴァデイルはその場で即刻首を刎ねられたと報告を確認しましたが、本当にカヴァデイルの死を確認しましたか?」
「我々が嘘を記したと?」
「はい。そう言っています」
「なっ! 貴様、一介の騎士見習いが無礼だぞ! 町民上がりの分際でわたしに!」「『確認しましたか?』と言った」
激昂しても向けられた切っ先を警戒して立ち上がらない爺さんにしっかりと目を向けて、子どもに話しかけるようにはっきりとゆっくりとした口調で力強く言葉を遮る。
「あたりまえだろうっ!! その場でスパーンッと首を切り落とされたわい!」
「それは事実ですね?」
「馬鹿にするのも大概にしろよ? 小僧……」
「馬鹿にしていませんそれに、これは必要な質問なのです」
「うん? 誰かに命令されたとかかなにかかね?」
「いいえ、政府組織としての手続きの問題です!」
「騙されてるんじゃないのか? それは」
ため息が出る。
「わかってませんね。何故僕がこんなことをしているのか」
「急に、どうした。君は若いから私は多めに見るけど目上の相手にはちゃんと」
「はははっ、目上ねぇ? あんたが!?」
「……馬鹿にしたいのかい?」
「ふふ、いやいや、馬鹿にしていませんよ。貴方が想定よりも馬鹿なので正当評価したら見下してしまうだけです。お前ら縛れ」
剣を構えた兵士のうちの一人が剣を収め、乱雑に掴んだハイグ議員の両腕を後ろ手に回し、周囲の従者から怒りの感情の声を盛らすまで引き出し、金属となにか魔術的な細工がされた革素材で折り重ねられた手錠を後ろ手にかけてハイグ議員を縛る。その所作、一つ一つが怒りに満ちている。
「なっ、貴様ら! 誰なっ!?」
拘束され椅子の側面まで手錠ごと引っ張られて引きずられるように歩く老人が、堪えきれず怒りがむき出しになった。
「何事なのかね! これはいったいぜんたい、私に誰の差し金でこんな真似をできるのか!」
『誰の』……か、誰といえばいいのか、あえて言えないものをいうならば、
「誰というものではない。誰でもない私を導く誰かの示した正義の私の背中を押すだけだ」
「貴様の命令ということか……?」
「言ったつもりなんだがな。『誰でもない』と。だが、責任を持つのが私というのは事実だから、議長どのにとっての差し向けた『誰か』は私で問題ないだろう」
「……何が言いたい」
「言いたいことなどありません。あんたが僕の前にいる限り私の部下は邪魔できなということくらい学のない私にもわかることだということがこの無駄なやり取りの意味だ」
「堂々と時間稼ぎをすると言うものだな。随分と、余裕がある」
「今更時間稼ぎが必要なものなんですか? 貴方の身柄を拘束すれば私の責務を果たせるというのになんで……」
「責務だと!? 私に、この国に弓引くことが」
ため息が出る。あんまりにもガッカリさせてくれるんじゃないか。
「…………私は国の味方をする義務も、予定もありませんが」
「っ、見習いとはいえ、将来の聖騎士が確定している身だろう!」
「私は市民の味方だ。国だって最終的には、そうあるべきだろう。それができないなら、貴ぶべき誉れなどはじめから腐っているというだけだ。私の義務を実現するための一つというものは……いや、いい。それよりも、どっちにしても貴方には公文書偽造、脱獄幇助、国家反逆罪、放火殺人とかいろんな罪で拘束することになっている。この場で抵抗せずに拘束されてくれますか?」
どういう表情だ。万事休すとでも思っているのか? 押し黙って、なにか言葉を絞り出す。
「……? ……。何がなんのことやら」
「潔白を主張するんですね?」
「無論だ」
「感謝します」
「何が? 感謝?」
「えぇ、感謝するんです」
言い訳をいうなら、『手続きがわかりやすくなるから』と言って嘘をつけばいいのかもしれないけど、そうだな。いや、そうじゃないだろう。本心から、
「認めてくれないなら、わかりきったアンタが死んで地獄で贖う罪も薄れることもないでしょう」
「死んで落ちる地獄などあるものか」
「かもしれませんね。どちらにせよ、信心深い私も浅い者も、その有無も死ねばいずれ誰もが知ることになるものです」




