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wish it were The end time.

 「メディテュラニス連邦の外? こっちの出身じゃないなら、じゃあ、お母さんはどこの出身なの?」

「すぐ東の、バルカン王国の古い商家」

「そう、なんだ」

 そうだったのか、高級娼婦として情報のやりとりや、敏い権力者と集めた知識で話すだけで金をとったりしてたのはそういう知識や所作を覚えていたからなのか? いや、だが……。

「本当は既にただの商家だったんだけど、貴族の分家にその血筋と名を連ねていたことが、その、当時の私達には大きな壁になってね」

「壁……?」

「駆け落ちをしちゃったの。だから、今更家名を名乗ろうとは思わないけどね」

「……」

 それが『誰となの?』だとか愚問しか言えそうにないから、黙る。

「ヴァルトと駆け落ちして北東の向こうにあるタニスって国に移り住もうとしたのだけど、そんなの最初から、上手くいくわけがない計画を立てちゃってね。だから、壁に阻まれて上手くいかなかったの。私と彼は再開できずに最終的に今こうしてこの仕事をしているのよ」

「…………っ」

「そう悲しまなくってもいいわよ? 形骸化しているとはいえ本当の貴族の家の生まれのヴァルトと、形だけの貴族の家の私ではその身の自由も、まとわりつく状況が全く違うのだから、考えればわかるはずだったことなのだからね」

 悲しそうな目で、僕は、俺は何を聞いているんだ? 本当にこんなことを聞きたいのか?

「約束していた待ち合わせ場所に現れた彼は今では枢機卿をしているけど、当時は神官の中で若手の急先鋒という立ち位置で、あまり余裕が無かったのか、私のことをあばずれだとか、毒婦だとか品の良い彼の中で思いつくだろう限界の汚い言葉で罵ってきたの」

「…………!」

「仕方のないことよ。彼の思う一番汚いものが性に乱れた女だったってだけよ。それで、その言葉もあながち間違いってことも無かったわ。この国で生活していくにも元手も知り合いもいない私はなんとか生きていくために仕事をいくつか変えていって、しばらくして娼婦に身をやってから落ち着いて生活ができるようになって、…………なんとか生きていける! そう思っただけで嬉しかった。そんな時に、彼がきたの」

「……? またエリュトロ枢機卿か?」

「いいえ、ヴァルト、ヴァルト・リックが客として現れたの」

「え、…………? んん? 娼婦になってから一回、再開してたの? てっきり……んん?」

「いや、分かるでしょ。だって、今の流れだと貴方が生まれるタイミングがないじゃないの」

「……そっか! 本当だ!? ……え、再開してなにを、あれ?」

「あれは数えて、……18年前の初夏あたりのこと」

「え? なにが始まった?」


 ◆

 あれは、18年前の初夏のこと。

◆ ◆

 ここより北の大西洋側の街の娼館で情報屋の真似事をするようになったあたり、

 ◆ ◆ ◆


 クスクスと堪えきれぬ笑いを巻きながら彼女が部屋の上階から伸びる階段を(くだ)り、心の底から馬鹿にした態度を表情からも滲ませながらカツカツと、硬いヒールで階段を鍵盤のように奏でる。

「予約していたお客様はね……ふふ、くふふ」

「何がおかしい?」

「ごめんなさいね。貴方達に悪気が無いのは分かっているんだけどもね? その、それじゃあね……、男が二人も並んで盾まで背中に背負ちゃって、娼館の個室に入るものですかねぇ?」

 その態度に不快感を感じたことを隠せずムットする騎士に娼婦からは余計に無能に見える。

「諜報活動とか裏でコソコソするなとは言わないのだけれども、そういうのにも、作法ってものがあるものよ。隠れるべきものが隠れられていないとね。市民からしてみても無能な騎士に見えてしまいのよね……。貴方達、はっきり言って営業妨害なのよね」

「なんだと?」

 怒りを隠せないどころか表にだす騎士に娼婦は更に馬鹿にした内心を固める。

「貴方の上司に聞いてみたら良いわ。諜報活動中に不自然すぎて不審がられたのは自分の所為になるか、そこらへんの平民の目が良かった所為になるか、いくらなんでもその程度の確認くらいしてくれるでしょうねぇ?」

「愚弄するか、娼婦風情が……」

「ふぅ……、あのね? そこら辺の娼館がそんな怪しい人に何の対策もせずに一人で応対すると思っているの?」

「何……?」

「ならっ! どうすればいいと言うのですか?」

「そうね。わからない子にはどう言えばいいのかな……」

 並び立った騎士が怒る騎士の指が剣に触れたのをみて、慌てて作法を問う。相手の領域においての禁を破ってしまったのなら、謝れって作法を学べば良い。

 ここは相手のテリトリーだ。騎士の二人が無作法を侵せば用心棒の囲まれて終わりだ。無論、任務で預けられるような聖剣などの戦略的な兵器を使えばなんとでもなるとは言え、自分たちの市民相手に理由もなく使えるようなものじゃない。

 怒る騎士の態度しだいて自分たちの死も予想しなくてはならない状況に、彼は怯えたのだ。

「私の中では最初から『出直してきなさい』って言っているの。ローブで顔を隠すのはいいけど、こういう店には女を買う人はもっと一張羅っ“ぽい”服を着てくるものよ? ローブの下にそれらしさと、……盾は置いて出直してくればすぐに対応するわ。今日いっぱいは開けているから、顔を隠したままでいいからそれらしい格好をしてきなさい」

「貴様が情報を受け取る契約になっている……今すぐ聞けるだけの話をしてほしいのだが」

 もはや、娼婦は苦笑いで不出来な子供を見守る教師のような顔で呆れるしかないものだ。

「あぁ、そういうことね……? 『女を買うなんて醜聞を隠すため』に私から聞きたいことがあるってことなんじゃないのかなぁ」

「貴様、俺が教会所属の騎士であることを分かって言っているのだろうな?」

「お前……建前って理解しているの? そもそも疑問なのだけど、なぜ下町(ダウンタウン)に教会の威光が差し込むと勘違いしているの? 真面目に仕事する気があるなら、諜報とかそういう行為をする時は市民に溶け込む努力とかそういうことをしたらどうなのかな?」

「貴様……」「『理解しているか』と聞いているのよ?」

 また騎士が怒ろうとした瞬間、彼の表情が冷や汗に変貌する。

 今、彼を恐れさせるそんな気配と魔力の上澄みが溢れているのか、彼には理解できないが、隣にいる騎士は眼の前の女が苛ついて威嚇しているだけと察する。このおぞましい気配を放つ娼婦と二人の騎士が殺し合えば、勝つのは間違いなく騎士だ。

 だが、実際は戦うのが二人だけという訳じゃない。決着がつく前に用心棒といっしょにボコボコにされて娼婦に手傷を一つ負わせることもできずに死ぬだろう。

「……っ、じゃあ俺は使用人という設定で入口で控えさせてもらうので! そういう形で……先輩に話を聞かせてもらっていいか?」

「ふぅん、支度し直す時間がもったいないっていうの?」

「俺はあまり、こういう場所は好まない」

「あはっ、君、それは良いことなのよ? 清廉潔白な騎士様でも不慣れな任務ならこういう性に乱れた場所にくるのだけどもねぇ」

「あるだろう? 優先順位というような、重要なものがさ」

「そういう考え方は、良いことよね。できていないことに目をつぶれば……。だけど、そうね。ポジションは逆でお願い。お前が使用人という設定で外に控えて隠れて警護しているフリでもしていなさい、ヴァルトの方が私の話を聞いてほしいわ。退室はコース一つ終わる予定の時間がきたら、それで……なら、今私が話せることを教えてあげてもいいわよ?」

 怒りを引っ込めた騎士が隣の騎士の顔を見る。

「……顔見知りだったのか?」

「えぇ、前に、色々と」

「そうか、そういうのもあるよな。時間が終わるまでは退室はできないのか?」

「一応、貴方たちは情報を買いに来たのではなく、私の時間を買いに来た客であることを忘れないでほしいのだけども……」

「……分かった。そうじゃなきゃごまかせないなら密偵の任務に不適格って言うのだろう? わかったよ。流石に協力者に迷惑をかけない」

「そうね。既にかけてるようなものだって言える状況じゃなければ、そう言って貰えるのはありがたいのだけども」

 ヴァルトと呼ばれた騎士はその場の二人に交互に目配せをして、数回往復してため息を吐きながら頷く。

「はぁ……そうかわかったよ。『そういう筋書き』で誤魔化すことにしようか」

「そういうこと、ヴァルト。こっちにきなさい。積もる話もあるでしょう」

 娼婦が一方の騎士に手招きする。

「ありがたい……では、俺は部屋の外で見張っているフリをするとしよう。後は頼むぞ、ヴァルト騎士官」

「えぇ」

 速やかに敬礼して騎士は部屋の扉を抜けて閉める。

「久しぶり」

「久しいわね」

「あぁ……その、フルプランカ、お前は元気だったか?」

「おかげさまで」

「その、ごめん」

「貴方が悪かったことじゃないわ」

「ならさ……今からでも、俺とこに()ないか?」

「……そうね。少し考えるから……仕事の外の話は後にしようかしらね?」

「あぁ」



 彼女が隠していた鞄の山の中から取り出した一個の中に書いてあったメモと、地図に貼られた記録と時系列がぐちゃぐちゃなままの記録を身を寄せて隣り合ってフルプランカが話す。彼女にとってそれは色仕掛けではない。ただの当たり前の行いだというのに、その触れる二の腕の硬い肉の厚みと皮膚の柔らかで滑らかな肌触りにヴァルトは情欲を掻き立てられる。

「――――――確かに、傭兵に紛れて賊が忍び込んでいるようだけど、その中に大物がいるようなのもよく分かっているじゃないかと言いたいわね。さすがはプロ、現地入りする前から、状況は大まかに把握しているものねぇ」

「……俺が、我々が知りたいのはそれが誰なのか、だ」

「結論から言うと、島の王家に金を受け取って略奪を行っているらしい海賊の一団よ。今は略奪行為を嫌がったのかよくわからないけど、そういう義憤に駆られたという誰も信じていない噂がある副リーダーが前金を主要メンバーと一緒に持ち逃げしたかた、離反してこの街で豪遊しているの。それを追いかけた船長グループが暴れて長い事迷惑しているところね」

 彼女がまとめたメモを受け取ってヴァルトは一つの疑念に当たる。

「……その離反組の情報を言ってフルプランカたちに悪影響は出ないのか?」

「さぁ? 無いとは言わないけど、大したものは無いでしょうね。もちろん、私の客やその身内なら情報に出し渋りも嘘も織り交ぜた話をするでしょうけど、あんなのにいい顔をされては私達としてもお客様、従業員一同つまらないわね」

「つまらない? どういう理由で」

「あと、主要な仲間を失った海賊のリーダーだけど、もしかしたら死んだかもしれないわ」

「それは……なぜそう思った?」

「確認ができないだけで、街の知り合いがそれっぽい死体を見たらしいわね」

 それは、聞いていいことなのか、戸惑ったヴァルトはセリフを考えながら、一息の空気を呑み込んで、フルプランカに質問を投げ一つ大丈夫だろうと考えついて投げかける。

「……それは、誰が発見したんだ?」

「そんなことを私は知ることなんてできないわね。いずれにしてもその死体そのものは今は教会の安置所にあるんじゃないかしら? まだ、埋められてはいないだろうけどね。急ぐ必要が……もしかしたらあるのかも?」

「客か、お前らの身内が殺したとかなんじゃ……ないよな?」

「まさか、そんな、くは、ふふふ」

 笑いを漏らしてそうじゃないという言いたいのだと、意味を受け取り一瞬だけ安堵する。

「お客様や身内に面倒を押し付けるような話を私の立場でするわけがないでしょう?」

「あ、そういうことなのか」

「一応はっきり言っておくけど、噂を聞きつけて私が見た時には死んでいたわ。『でも』『たぶん』ということで犯人は副船長じゃなくて自警団の誰かって噂が立っているわ。その真偽は不明だし、離反組ですら船長が本当に死んだかどうか、未だ確認できていないと公言してしまっている馬鹿を晒している。ここまで言えば私が何を隠しているかなんとなく察しはつくわよね?」

 あまり良くない想像をして彼はゆっくりとぎこちない首を縦に頷く。

「おそらく、……いくつかの含みは」

「ならいいわ。私から言えることは派手な戦闘があったようなのだけは事実ということよ?」

「戦闘? 誰かと戦ったのか?」

「よくわからないとは言え、お客様の不利益になるかもしれないようなことを言うと思う?」

「……あぁ、そうだな」

 ヴァルトは一つ、最悪の可能性を考慮して、確認するべき内容に気づく。

「あと、細かい情報はこの数枚の紙にいろいろ忍ばせたわ。半分はチラシだけど、半分は貴方の欲しいメモなど」

「……!? いいのか」

「私達にとって都合の悪い証言は抜いてある可能性は常に考えて働きなさい。それが情報を扱う騎士の任務というものでしょう?」

「そう、だな。それと、一つ、確認したことがあるんだが」

「なに?」

「……あぁ」

 言葉に詰まる。それで、一拍迷ってヴァルト個人としてじゃないと気付けないが、騎士として確認しなければならない質問を投げかける。

「お前が、その船長を始末したんじゃないよな?」

「例の海賊を殺したのが私ってこと? できると思うの? 私に島の支援を受けるほどの武芸者を始末するなんて……」

「あぁ、思ってる」


 ◆


 薄暗い部屋で衣擦れの音が金属質なものと一緒に着衣し直す音と呼吸の音だけが響き渡る。

 あっさりと終わった泡沫(うたかた)の時間に娼婦は身体の重さを感じて湿っぽい布団に身体を沈ませる。

「ところで、仕事が終わったら帰るの?」

「うん」

「本気で私を連れ出すというのなら、身支度が必要だわ」

「あぁ……! 支度ってどれくらいかかる?」

「わからないけど、明後日にこの街を出ると言うのなら明日中に終わらせるわ」

「そっかなら、……いつになるかわからないけど、明後日までに終わらせてくれないかな」

 任務の終了予定は機密情報で言えないと理解しているからこそ、明日には終わらないという機密を漏らしてしまった。それを自覚しながら騎士はバツの悪さを感じて、うっとりと横たわるフルプランカに問いかけてしまう。その愚問を愚問と理解していながら、確認せざるを得なかった。それだけの怖れが彼にはあったのだ。

「なぁ、俺のこと、恨んでないのか?」

「……? なんで」

「…………」

 返せる言葉がなかった。自分が同じ立場だったらそう思うから、だが、フルプランカはそう考えない人間であることも、実際に考えていないし、出会った幸運に喜んでいることも感じていながら口にしたのだ。

「貴方が私の不幸を願ったのならそうじゃないけど」

「そうじゃない! 俺は、……自分の、不甲斐なさが」

「別に……いいじゃない」

「前、上手くいかなかったのは、あまりに拙速すぎて反感がきたからだ。今度は、また迷惑かけないように、……うん、ちょっと考えてみる」

「…………本当に?」

「あぁ、そうだ」

(そうじゃない。そうじゃなくて、本当にそれが上手くいかない原因だと思っているの?)

 フルプランカは既にこうの幸運が長続きしないことに気づいてしまった。それでも、この幸運を投げ捨てるよりも、今まで積み上げた幸福を投げ捨てるほうが彼女にとって楽な道だった。だから、


 ◆


 数日たって夜が明ける前の町外れに連れられてヴァルトとフルプランカが並び立ったのを見て、騎士は驚きをもって困惑してしまう。

「あぁっ! その……情報屋の女を連れて行く!? いきなり何を言い出しているんだ」

 バツが悪いからこそ何も問題のないような不適な態度でヴァルトは堂々として同僚に発言を述べる。

「言っただろう? 知り合いだったんだ」

「いや、実は顔見知りだったとか言われてもそれで行動を伴にすることにはならんだろう?」

「そうね。説明しなかったの?」

「どう、説明したらどうなるんだろうな? まるで、説明の仕方がわからない」

 同僚の騎士は困った顔をこそするがすぐに聖騎士隊の内規を頭で履修して、問題になることがあっても言い訳はできそうな事を確認する。

「まぁ、もう帰るだけだから深くは聞かないが、だとしても……しまったな。流石にそこまで鍛えてないだろう? 帰還する移動のペース落とすがどの程度に」

「必要ない」

「必要ないわね」

「んん? それは、その(スジ)の何かだったりするのか、その女」

「えっと、魔力は多くないけど体力ならそれなりにあるわね。私」

「判断に困る。本当だとしても……流石に訓練してる騎士と同じ基準じゃないでしょ。そこら辺、彼女はどの程度なの?」

「上級聖騎士よりずっと動けます」

「そんなのそこら辺の誰でもそうだろ。はは」

 上司に対する乾いた笑いで騎士は話を逸らされるこにした。流石に帰ってからは幹部を交えて質問するつもりだが、先日不遜な態度で苛立っていた騎士とは思えないような柔和な態度でフルプランカに接するものだ。


 ◆ ◆

 

 関所からしばらくゆっくり歩いて街と街の外を仕切る壁の内側に入って、もう一度関所を通してもらい教会の持つ建屋に隣接する詰め所に設営された窓口に入って彼はため息を吐く。

「はい、到着、てっきり補給挟む必要があるかと思った予定より2日多い、3日かかったとはいえ、無補給で北側の王都までたどり着けるなんで、今どきの新兵でもそんなに動けないぞー?」

「鍛えていたのか?」

「こう見えて、生まれつき身体が丈夫で」

 照れて笑うが、彼女の魔力量に対して練気で伸びている身体能力の幅を考えると元となる身体能力と練気の精度が訓練無しで高いということなのか、それは誰にもわかることではないが、彼女の言葉には嘘が無かった。

「んー、事情は知らないけどプランカちゃんも色々あったんだね? 帰投報告を窓口でしたら手続きは俺がしておくよ。積もる話もあるんだろう?」

「それは、まぁ、はい」

「邪魔そうだったもんな俺、二人もいい仲だったんだろう?」

「いえ、そんなことは!」

 流石に彼も信じない。

「いいんだよ。苦労したみたいだし、事情は知らないけど俺はそんなに野暮じゃないじゃ、今日はここで解散! ……あ、帰還しました。…………はい、ストックです」

 ウィンクで『ここは任せてくれ』と言わんとするような笑顔で見送ってくれた。

「なんというか、初対面で態度の悪かった人と同じ人とは思えないわ?」

「何が?」

「彼」

 振り返って目を流すとサインを求められた後ろ姿が見えて、より一層腰に低い印象と初対面の印象の違いに戸惑ってしまう。

「あぁ、うん。あの時は仕事で、本当に切羽詰まっていたから」

「そうなのね? なんの仕事をしたかは聞かないけど、大変そうね」

「……あぁ、うん、大変なのはそう、大変でした」

 頭の痛くなる事情を思い出してヴァルトはため息をはいて、フルプランカを向いて微笑む。そう、もう二人はこれから幸せになれると信じているかのように、


 ◆ ◆


 王都中心部の邸宅から郊外の漁港近くの別邸に往復する生活を繰り返す彼のコートを受け取ると流れるように唇を重ね合わせ、毎日のように繰り返す粘膜の交換を飽きもせずにまた今も牛が牧草を反芻するように私達は愛を反芻させるために唇で貪り合う。

 瞳を開いて、止まった水の流れが何もなかったように流れるかのように私はコートを掛けて塵を落として彼は着替えるために部屋に入る。して、出てきた彼に少し熱い程度のぬるいスープを鍋越しに火にかけて温める良妻のようなフリをして、前菜になる料理の皿を出した。

「おぉ、ありがとう。おいしそうだ」

「そんなわけないでしょう」

「いやいや、本当だ。フルプランカの料理はどれも美味しそうだ」

「普段貴方が口にするようなものと比べると、とてもとてもそうは思えないけども」

「いや」

 首をしっかりと横に振ってヴァルトは射抜くような視線で私を見据えて一拍。黙ったと思ったら次の言葉を続ける。

「フルプランカの料理だから……俺のために用意してくれたのなら、どんなささやかでも」

「あーはいはい。そういうことにしておくわね」

「本当だ。そういう、君が俺に向けられた愛を食べるのは、一緒に食べるってフルプランカの血や肉の一部を食べているようなもので、……同じものを食べるって……いうか、同じ血と肉になるものを」

「じゃあ、そうね。私が死んだときは火葬してくれるかしらね?」

「なんで?」

「貴方に愛されたたまま死んだら、血を呑んで肉を噛みちぎられそだからな」

「違っそういう意味じゃ!」

「……別に、嫌じゃないわよ」

「え?」

 自分がどういう顔をしているのか、今はあんまりわからないけど、初心(たて)だった彼が獣に変わったときのように照れて真っ赤になった頬の血の色。きっと、私の顔も真っ赤だと思ったら嬉しくなってしまう。

「貴方になら、食べられてもいいけど、私を食べたら貴方はおかくなっちゃうでしょうね?」

「……」

 無言で彼はまた私に腕を絡ませようとしたから私は火を手早く消して鍋から離れて何も持たない両手で彼に掴まれる。


 獣のような夜を過ごしてももう照れよりも情熱的な欲望の押し付け合いになるだけで、そこだけはきっと殺し合いにもよく似ていて、そのエゴ以外、殺しとはなにもかも真逆の性質を持った自分を押し付け合う行為。

「案外、なんとかなるものなのかしらね?」

「なにが……?」

「いえ、そろそろ貴方の実家から横槍でも刺されるかもとおもっていたのだけど、ヴァルトも今回はずいぶん、上手くやっているようね」

「あぁ、前回のことは反省している。だから、実家とも折り合いをつけて文句は……言われてはいるけど言わせないようにしてくれている働きかけはしてくれているよ」

「誰に?」

「当主……、あぁ、俺のお父様って言ったほうが伝わりやすいのかな? とりあえず、あまり変なことをしなければこのまま問題なく……騎士を辞めることができそうだ」

「やめるの? 騎士」

「あぁ、辞める。それに、あまりいい思い出も無かったが、十分稼がせてもらったよ」

「そうなの? じゃあ、このままここで暮らすなら私も働いは方がいいのかしらね?」

「今はまだいいよ。この後は実家で『元教会騎士』の肩書を背負って国境警備の仕事に移る根回しをしているところだ。どうせすぐここから出る予定だから気にしなくて良い。だがまだ、手紙の返事がきていないから、少し待つことになるな」

 彼の持つ郊外の別邸で私は暮らし、どうせすぐに破綻すると思って夢の時間と思って毎晩、自分の中の欲にまみれた部分を押し付け合って、私はこの幸せが永遠に続くんじゃないかって、勘違いしそうになってしまった。


 ◆ ◆


 ほんの数ヶ月だったはずなのに、それまでの一生と比べてももっと多くの時間を過ごしたような気がする時間穏やかな時間に終わりが来るのは予想していたのに、その時間が来てしまえば唐突なような気がしてしまうものだ。

「よく、また企てたものだ。アバズレが、こんどは何をするつもりかは知らんが、とんでもないことをしてくれたな。なんだ、こうして向き合っても逃げ出してないことだけは褒めるべきなんだろうか?」

 後ろに横にぞろぞろと鎧を着た兵士を並べて今は教会でも高位の幹部に努めている彼が私達の家の入口で私が開いた扉の前で並んで警戒している。

「……50人? 腕は少ないわね」

「?」

 身体の力の入れ方からして今私が殴りかかって拳がたどり着くより先に剣を抜けそうな奴は見えるだけで3人か、この3人には私は勝てないな。強硬な手段は取らないほうが良さそうだ。

 いや、始めから抵抗するつもりなんて無かったはずでしょ? もう、いいはずだ。

「お前が、……」

「何かしらね?」

「お前が余計なことをしたから、いやしなくても、ここに居るだけでヴァルトの将来がまた阻まれることになる。そうなったんだよ! 既にっ、もう! いい加減にしてくれ、なんで、毎度毎度都合の悪いタイミングで毎度毎度お前みたいなのがアイツの前に現れるんだ!」

 激昂して殴りかかったせめて心だけは抵抗しようとエリュトロに歯を噛み締めて受け止める。

「うっ」

 私は体幹僅かにも揺さぶれずに殴りかかった彼が転げて左右の護衛に支えられ、兵士たちが私を睨む。別にいいけど、殴られたのは私よ?

「きさま、……うぅ」

 うなだれたエリュトロが身を起こして私の胸ぐらを掴む。なので、私はその手首を掴む。

「おっと、おさわりは本当は有料よ?」

「あいつだって本当は……ヴァルトはっ! この国の将来を担う、変えていくために本当は一番必要な存在なんだ! 俺なんかより、よっぽど。なのに、お前と事実婚だのなんだので今度はバルカンの貴族令嬢の求婚を拒みやがって、変なタイミングで行動するから話がこじれていくんだよ!」

「最近の宗教家ってのは(まつりごと)の話をアバズレと罵った女にするのかな?」

「身を引いてくれ。頷いて王都に二度と戻ってこないのならそれなりの保証だって用意できる。衣食住だけじゃない。金だって……!」

 手首を離す。シュッと腕が引いていって二人の兵士が下がる彼の前に出て剣に手をかけて、私に殺気を向けた目で剣を抜き、構える。

 私には首を横にふるしかできることはない。

「ダメか?」

「えぇ」

「そうだ……! お前のような売春婦がいるから、正しい人間も惑わされるんだ! お前が、お前さえ消えてくれれば、お前なんかとは比べようもない素敵な婚約者だってヴェルトのために用意できるに、お前のせいで、ヴァルトのための全てが台無しになっていく」

「ヴァルトのためなんだ……。貴方、それを本人と相談せずにするタイプでしょう? ダメね。まるでサプライズが好きな嫌な客ね。知っている? 男も女もサプライズをするのが大好きだけど、サプライズをされるのって不快でたまらないの?」

「……馬鹿にしているのか? この状況で」

「個人の問題に文句を言うために国政と絡めて下っ端を引き連れて威圧もできない無能な男を馬鹿にしないと思うの?」

「お前がそういう態度を取り続けるなら、俺は汚い手段を取ることになる」

「……はは、ダサい言い回しが好きね」

「いいのか? 俺は、できるんだぞ!? 本当に、できるんだぞ!!」

「そういうダサいセリフは聞きたくない」

「本当にいいのか!? これから何が起きても、俺は、警告をしたつもりだ。……だから」

(免罪符を与える立場が何をやっているのやら……)

「警告をしたら何をしても許されるわけじゃないわよ?」

「なんだと」

 ナタを振るうことに迷う高位神官の姿は、まるで駄々をこねる子どものように私の目に映るだけだった。

「だから貴方は警告をすることで何の効果を得たいの?」

「謝罪とか、そんなことは絶対にしないだろう」

 ――――――、

「…………いいけど」

「……これより、ヴァルト・リック神殿騎士の自宅への侵入の罪で貴様を拘束する」

「そうきたか」

「連れて行け」

 拘束するために無防備に私の腕を掴もうとした兵士の鼻が砕けた感触が手の甲ごしに伝わってる。

「ごぅぁ!?」

「て」「ごめんなさい!」

 近くの他の兵士の顔面を掴んで指の通り過ぎそうな沈みを注意しながら近くの比較的前列の兵士に投げて時間を稼ぐ。彼は確実にムチウチ症だろう。


 あわよくば、捕まってしまえばと思いながら全力というほどじゃないけど本気で走った。着の身着のまま走って、それから何日かして、下町にながれついて、ルイスを産んだ。

 その時の縁で教会の爺さんと仲良くなって、金取って色を売っていたら商工会に違反取られて、いろいろあって娼館の女将さんに面倒をみてもらうことになった。


 ◆ ◆ ◆

 貴方は覚えていないだろうけど、生まれたばかりの貴方を一度預かってもらおうとしたのよ。

◆ ◆

 これでも、頑張ったつもりだったの。だけど、何も上手くいかなくて……女将さんに助けてもらった。

 ◆


「そういやあの時、別の婚約者を用意するとかなんとか今の枢機卿様は言っていたね。あの後、彼は戦争を避けるために私の生まれた国の貴族をあてがうつもりだったみたいだけど、あそこの出身者は元々ネグロイドに加えた……ベルベル人とかに変な拒絶感が酷い人たちばかりで、こっちの地域に住むのには大変だから、他にあてがうべき候補者はそういなかったんでしょう。そうなるから、国内で探さないといけなくなっただろうし、すぐに国同士で仮想敵国にし合う関係になって、国境警備も厳しくなって大変だったんでしょう。結局、彼は結局私以外の女に、体も心も許してくれはしなかったそうね」

「それって」

「結局いつまでも他に女を作らなかったそうなの」

 俺は何を言おうとしたのか、少し歯と気持ちが浮ついたようなくすぐったさに水を指すようにピシャリと母さんは疑問を呈する。

「だけど、私はどうかしら?」

 ひどく、鈍重で痛々しい、奥歯を噛み締めて無理に口にしたような疑問。

「枢機卿の侮蔑が間違っていないって言えるのかな? 私はヴァルトの人生をめちゃくちゃにしようとして、今にも続く後へ引く傷を与えたのよ?」

 むかっ腹から僕の胸にこみ上げるゲロ臭い苛立ちの感情が口の中を酸っぱくするようだ。

「ここまで聞いて、まだ何もしないエリュトロが私に容赦をかけたと本当に思えるのかな……? ルイスは……」

「……知らない」

「そうね。そうなるわよね」

「知らないよ! そんな事関係ないっつってんの!」

 言って、止まらくなる。母の怯えたような顔に僕は何も感じていないはずがないのだから、止まればいいような押し留めるべき感情を突き立てたくなる。

「僕は母さんに誇りを持っている! 必死に生きようとする娼婦にも、金を払ってくれるお客様にも、感染症の治療をしてくださる神官のじいちゃんにも、感謝している! だからその全てが打算と不正にまみれて、性にも金にも汚い行いと罵られても、生きて苦しんで藻掻いて毎日生きているみんな僕らを、心から誇りに思う。だから…………知らないよ。枢機卿もお母さんも、何を考えているかなんて…………だからせめて、………………っ! せめて……、せめて、……」

 立ってられない。鼻先が塩っぽく香る。目を瞑った。何を言いたいのか、何を求めているのか、何もまとまらずただ漠然と要求があるような、僕は! 何が欲しいんだ!?

「ごめんなさい。私は」

 抱きしめられたのはいつぶりか、この温かさが、どうして僕をなだめてくれるのか?

「いいいんだ。たぶん、こんなに簡単なことが簡単に解決できた試しは、きっとどの世界にも一度だってないから……許してとは言わない。だけど、一度だけ、僕の母親として、一緒に街に上がってほしい。お金は用意しているんだ。家も、一個良いなって思ったのを不動産屋に候補に抑えてもらっている。だけど、お母さんがヴァルトを選んでしまうなら一緒に住めなくなるんじゃないかって、ずっと怖くて言えなかった」

 抱きしめ返した指に服の上から母の背中を押さえて、満たされた僕は今まで差し込んだ空白が冷たかったことを教えてくれて余計にさみしくなる。

「僕が用意しなくていいと言われたら、僕は二度と頑張れなくなってしまうから、だけど、僕は一度だって頑張ったことが無いんだ。だから、いまだけ無理をさせて、お母さん、……フルプランカお母さん、お父さんと一緒でもいいから、一緒に暮らそう。それで、もっともっと頑張って……必要なら、ヴァルトを、父さんとしてでも向き合ってみるから、一緒に……、ッ」

「……えぇ、そうね。一緒に私達だけで暮らしましょう。だけど、そうね。私は街には上がれないわ」


 ◆ ◆ ◆


 王都から少し外れの、発展しはいるが王都ほどじゃないし分類としては田舎に分類される交通の要衝というわけでもない、農村と街の継ぎ合わせのモザイクアートのような地図の比較的治安の良い区画に家を買った。

 仕事との兼ね合いで移動に時間のかかる住所は議会のお偉いさんにいい顔はされなかったけど、マシン対応以外の仕事を控えるように商工会のおっさんたちに根回ししておいたら笑顔で助けてもらえたよ。立ち回りは上手くやれば、正しい手段が楽になる。結果的に議員より偉い爺さんが出てきて僕がすることが無くなるくらいてんやわんやの状況で大揉めしていたらしい。

「おはよう」

「おはよう。ルイス、ほら、顔を洗ってきなさい」

「あー、うん」

 母さんからフェイスタオルを雑に受け取って洗面台に向かう途中、会った。

「ヴァルト、帰ってきたたのか?」

「あぁ、深夜に王都に帰還したから、日があける少し前に、家にな。ただいま」

「おはようございます。……父さん」

「そうだな、おはよう」

「おかえりなさい」

 いまは、素直じゃなくて、遠回りな挨拶になってしまうのは勘弁してもらっているようだ。

「……今起きたのか?」

「機能は僕も久しぶりに訓練と任務で夜まで働いていたから、今日は休みだけど。しばらくは緊急の事態がなければ多く暇を貰えそうだよ」

「なにか……あったのかもな」

「なにもなかったという義務が僕にはあるねぇ」

 任務を秘匿する責任があるからできるだけ質問には含みを持たせるように教育された成果をアピールしてみる。


 庭も有る。立派なような気もするが家よりも随分広いからだ。芝刈りの市街がありそうな粘土質の上の芝生。最終的に母さんの趣味で選んだ。

 そうだよな。物件を探すなら、一緒に住む相手と、一緒に相談しなきゃ上手くいくものも、上手くいかなくなるよな。

 購入したこの土地の位置は分類としては首都ではないが王が所有する騎士団の守る土地の一部である以上、広義での王都に分類される場合もある程度の首都のそばの田舎で、緊急事態が起きたらすぐに駆けつけることができるが毎日通うには不便なくらい距離がある程度の田舎。そういう都市郊外。

 それでも、首都圏という意味の場所までの距離は僕の浅く長い一呼吸をしている内にたどり着けるが、連絡員は往復するには少し面倒に感じてくれて頻繁にうるさい人がこないで住むほどよい距離だ。

「……母さんは父さんと、一緒になれたか」

 もう。僕は必要なさそうだな。

「独り立ち、しないとなぁ」

 芝生の向こうから吹き抜ける涼しい香りの吹く我が家に、僕は生きていて一番の暖かさを実感した。


 ◆ ◆


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