2年目、8月
◆ ◆ ◆
「なんでこんなところでクダ巻いているのかな? ルイス、それとも、クロヴィスカンビオン?」
「え、いや、その」
「貴方まっ先に帰るべき人がいる場所があると言っていただろう?」
食堂で賭け事をしているおっさん騎士たちを遠目に見てそれを肴にビールをチビチビと煽っていると、後ろからサリヤに声をかけれて驚いてしまった。
こぼしてしまった麦の液体を服の裾で拭ってなかったフリをして向き直ると、呆れたといった態度で腰に手を当ててため息を吹かれた。
「ふー……、なにしてんの?」
帰りの道中で世間話のつもりで母とのことでそんなことを言ったが、サリヤにこんなことを言われたくなかった。だいたいここは議会を入れてる城になんで外国人がどうどうと出歩いているんだよ。あ、亡命したから今はメディテュラニスの国籍なんだっけ?
「なんでサリヤがここに?」
「なんでって、亡命したからに決まっているでしょう?」
「それは、そうなんだけどそうじゃなくて、この国にいるのはどうでも良くて、あぁ、こういう治安の悪い場所にいてもいいのか?」
「信頼してもらっているわ」
「信頼、か」
「アズハちゃんとバドリちゃんはちょっと用事で出かけて今はお兄ちゃんと留守番というか、人質をしている状態だけどね」
「あの二人が、軍務か?」
「……もしそうだとしたら勝手に他人に言えると思う?」
「言えるわけないな。少なくとも俺なら違う仕事をしに行くと言う」
「それはそうと、急いでいるらしいよ」
「なにが?」
気のテーブルの隣の隣り合った椅子にすわって隙間風が吹くような薄い声で語られる。
「駒が揃ったことで預言者が血気立っている」
「マシン討伐作戦か」
「えぇ、今回一回でマシン根絶は無理でもマシンをこれ以上増えなくするために恐れ知らずとマシンナリータワーの現在位置を精鋭に調査させているって聴いているわ。貴方はどう?」
「俺も同じだ。今、教導会は大急ぎで根回ししているからすぐかもしれないとも聞いた」
息を飲んで、サリヤはもう吹くような薄い声じゃないが、それ以上に普通以上に重い声色で言う。
「調査だけでもかなりのお金も動いている。だけど、壊せるのは貴方だけ、追いつけるのは私だけ、壊して追いつけるのは預言者だけ……この意味がわかるわね」
「預言者が攻撃に回っている。僕ら二人で駆除して回るんだろう?」
「えぇ、この攻守の逆もまたあり得るわ」
……聞いていいのだろうか? だが、聞かなければならない。
「防衛ラインにバルカン王国もあるが、いいのか?」
「なにが?」
「その、ついさっき事を構えて亡命した国も守らなきゃダメなんて」
「あの国はもうすぐ混乱するし、防衛力も失ってしまっているだろうし仕方がないでしょう。それに私はコーカサス正教が関わらなければあの国と戦う理由は亡命したこと以外ないわ」
「そう、そうなのか?」
「私達の逃亡なんて、底に穴の空いた船から逃げただけに過ぎないわ……」
店員にビールを頼んで彼女も飲むが、あまり美味そうな顔じゃない。初めて飲んだような、苦くてびっくりしているような顔。
国の混乱? そういえば、一緒に亡命した彼女の直属の上司に当たる聖女は、『読心と未来予知の力を持つ魔法使い』だったと聞いたような。どの程度自由が効く魔法なのかは分からないから『敵国』もアテにできないって評価してた話を任務で説明されたなぁ……。
「それこそ、そういうのは連邦の聖騎士をしている貴方に聞くべきことじゃないのかしら?」
「俺は聖騎士だぞ? 国政よりも……国民を守るための騎士なんだ。……これからは選んでいくし、自分にできることと、するべきことを考えていくよ」
「そう、それで、バルカン王国を守ることも聖騎士の仕事だと?」
「無論だ。だが、ちょっと違う。俺は守るのは国じゃなくて、国民ってだけ」
サリヤが立ち上がったと思うと、顔が俺の鼻先まできていた。それをどうしても拒めずに、視線をあわせたまま恍惚な評定をする彼女との粘膜の絡み合いの途中、どうしても、彼女の目が直視できない。
僕には、
「ねぇ、ルイスは体を許してくれたけど、心は閉ざしたままなのね」
「……そんなことは、無いとは、言えないけど」
「じゃあ、どうして、目をそらすの?」
「それは……どうしてだろう」
「私のこと、嫌いになった?」
「違う! それは違う! 違うんだ。僕の問題なんだ」
「それは、私にも聞かせられないこと?」
「っ……違う。自分が、嫌いなんだ」
「どういうこと?」
「…………っ……! ……。……どう、言えばいいのかな」
「うん」
向こうで賭け事をするおっさんたちから歓声が上がる。その騒々しさにどうせなら僕の言葉もかき消えて欲しかった。
「じゃあ、男と女としての私たちはここでおしまいにする?」
「…………あぁ、それもいいだろう」
「そうなんだ。じゃあ、今から、私達は戦友ね」
「いや、違うだろ」
新たにワインのボトルを頼んだ彼女の分の伝票を持って俺は席を立つ。
「僕たちは友達だろう? 戦場じゃなくても」
「……そうだったね」
「じゃあ、また今度、仕事でも、……なんでも」
「ええ、また今度」
会計をする目尻に方の視界に彼女の涙が見えたような気がしたがそれはきっと、気の所為だ。
◆
帰ってから無理に仕事を複数挟んでまで放置して、逃げ回っていた実家とも言うべき生まれ育った娼館の裏手の勝手口、今でもろくに人の入らない時間帯のレストランの営業はしているが、人入りだってある。ここでじっとしていたら、誰か、声をかけて入れてくれるんじゃないかって、またナイーブな思考が僕を逃亡させようとする。
「だめだな。こんなんじゃ」
逃げちゃダメだと知っていながら、逃げてもいい理由を探してばかりいる。そんな頭をかぶり振って、扉を開けると検品作業をしていた女将さんと目が合う。
「ただいま、帰りました」
「おや、ルイス! おかえりなさい」
ずいぶん開けというのに、女将さんは変わらない態度でいてくれる。それがどんなにありがたいか、今なら分かる。
「あぁ、女将さん、ただいま!」
「フルプランカを呼ぼうか?」
「今何しているの? もう、仕事はしてないだろう」
「洗濯よ」
ヴァルトの情婦になってからもう客は取っていないだろうに、何を働くのかと思ったら裏方に回ったつもりか? そんなの、もうしなくていいだろう。
そんな事をしなくてもヴァルトのところに行けばもっと楽をできるだろう!? なんで、いつかの間にヴァルトの情婦とか、そういうのを相談もしてくれなかったんだ。いったい、いつから、
「ただいま。お母さん」
「えぇ、おかえりルイス」
桶の洗濯で手を赤くする意味が今のアンタにあるのか? アンタはヴァルトの野郎に幸せにしてもえばいいのに! 僕が、お母さんが幸せを拒んじゃんったら、僕が幸せにしようとしているのが馬鹿みたいじゃないか!
「……ヴァルトさんと一緒じゃないんだね」
「ごめんなさいっ、それは!」
違う。僕はこんなことを言いたいんじゃない! お母さんはそんな仕事をしなくても良いはずだと言いたいんだ! そのために雇った女達もいるのに、娼婦が手を赤くして洗うこと無いだろう! 情婦になったとは言え、まだ娼婦の仕事している以上、その仕事に誠意を持てよ! なんで、……ヴァルトを喜ばせることが仕事だと思っていない!
「ごめん、そうじゃない。聞かせて欲しいんだ。母さんの口から今まで、何があって、どうしたのか、全部……」
「そうね。部屋に行って、洗濯が終わったら、話しましょう」
「うん……」
すぐに作業を終えた。
量が無かったのだ。無理に仕事をする必要ないだろ! 心から本当に、イライラする。
椅子を引き、ベッドに腰掛けて母さんが僕に目を向ける前に質問する。
「説明する前に聞かせてほしいんだけど、どうして、何を聞きたくなったの?」
「僕は……」
『どうして、』か。まず、最初はどうだったかな。確か、
「……枢機卿のこと恨んでた」
「…………」
「自分の父だと誤解してたから」
「そう、だったのね」
「でも、違った」
思い出した。彼の事情、親友が母さんと駆け落ちしようとしたから、勝手に引き離した。
「結果はどうあれ、身内のケツ持ち頑張ってた。優しい人だった」
「そう」
「誤解がなければ、もっと上手くいったんじゃないかな? って……」
「それは、違うわ」
そんな憎々しい目をして僕の目の向こう側を見ようとしないでよ。なにもかみ、見えてきちゃうだろうが、
「あの人、私に凄い、怒っていたもの。大切な人の人生を棒に振らせようとしたんだって、本気で」
「でも、エリュトロ枢機卿はずっと後悔していた!」
「そんなこと関係ないわ」
「あの人にも事情があって」
「知らないわ」
まだ椅子に座っていなかったな。立ったままじゃ、威圧感があるだろうし母さんがわざわざ引いた椅子に座って気を落ち着かせる。
「だから、教えてよ。全部、どうしてお母さんと、枢機卿と、ヴァルト……いや、お父さんの間になにがあったのかを」
頷くお母さんに僕に何を言える。
「えぇ、そうね。どこから話しましょうか、まず、私はこの国の出身じゃないわ」
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