2年目、7月 血濡れた指先2
邪魔くさい。
「なぁ、これって見やすいのか?」
「どういうことだ?」
渡された筒を彼のカバンに押し入れてターゲットを見下ろしながら、明かりの無い石造りの塔の見張り台の柵に手を添えると真っ黒な煤で指先が汚れる。
「いや、この望遠鏡のレンズ、邪魔じゃない?」
「本当に言っているのか?」
手持ちのレンズの筒で遠くを見る少し年上の騎士を務めるアラウントさんは視線を首から、視線の先まで微動だにせず会話をしてくれる。
「いや、だって、無くても見える位置にあるものをわざわざ視界を絞って見ても、さ」
「そうか、お前には見えるんだな」
「いやいや、え? 嘘だろ。これくらいなら下町の仲間も見えてると思うぞ? こう、暗いところで悪いことする奴を縛って野犬でも豚のエサにでもしてクソを埋める仕事してるおっさんでも、俺よりも暗い場所で夜目が効いていたぞ?」
「その人、たぶんなんらかの魔術で視力強化とかしていたんじゃないか? あるいは光の魔術とかの適性があって、目で見えないわずかな光でも見ることができる魔術を使っていたとか」
そう言われてもあのダウンタウンの教育水準では違う気がして仕方がないが、
「そういうものなのだろうか?」
「無論、その闇の解体業者のおっさんが視力が良かっただけという可能性ももちろんある」
「……えっと」
「結局、どんなに頑張っても人は同じ努力で同じ結果にはならないほどに、同じ才能を持ってはいない。ルイスくんが一番知っていることだろう?」
「そうだな。才能があっても才能に合わせた努力をしなければ芽吹くべき果実も実らないからな。それを、コエルレミアに嫌ってほど勉強させられた。思い返したら、ギルベルトもそういうことを教えてくれていたような気がしてきたよ」
アラウントさんは望遠鏡のレンズから視線を動かさないながらも渋い表情をする。
「あの二人は内定している職場というか、立場が全然違うからお前に面倒をよく見ていたよな。俺は自分も聖騎士に内定するまでルイスくんとまともに話す余裕もなかったよ」
「本当か? 聖騎士候補生の中では唯一、アラウントさんは余裕綽々だったような気がしたけど?」
暗闇の中で苦笑が聞こえるし、少し笑っているのも見える。
「そうだったのか? 定期的にやってたお前の圧迫面接のたびに吐きそうになっていたけど」
「アレは僕とコミュニケーションとれるかどうかで聖騎士と別に、事実上の聖騎士の聖騎士隊員を一緒に決める上で僕と一緒に行動できるかどうかが評価基準になっていただけだから、僕だってやりたくてやってたんじゃなくて、教会にやれって言われてやってたんだよ」
「はッ!? …………そういう意味だったのかぁ。アレ、無意味な時間だと思っていたぜ」
圧迫面接扱いされるのか、一緒に面談して話し合うだけの場所で、僕と楽しく会話できたら実力が足りていたら合格内定って場所だったのにそう思われていたとは……、
「っていうかさ」
「んー?」
「そんな重要事項べらべら喋っていいの? 試験の選定基準とかって機密かなんかじゃないの?」
「いいよ。別に、もう終わったことだから」
「終わった?」
「うん、聖騎士の審査は完了した今は別口で用意されていた聖騎士補佐官の隊員候補全員の身元調査が終われば終了」
「……結果って聞けるか?」
「うん、新しい聖騎士は聖剣なしでマシンを破壊できる俺、聖剣を使いこなしたことで任命決定がお前とフェルメイア、コエルレミアが新造した魔剣を使いこなせればここにジャレッドも加わる予定」
「ジャレッド?」
やっぱ、ひっかかるよね。選定試験の途中で実力不足で追い出されていたし、
「上手く行けば、だよ」
「候補生から落選したはずじゃ?」
「コエルレミアが作っている魔剣は上手くいけば、全部ひっくり返る」
魔剣に少し興味があるのか、怪訝な顔をしたがアラウントさんは言葉を探して、何も言わなかった。
「今、候補生に残っている聖騎士候補は全員隊員内定。本当はギルベルトもここに入る予定だったけど……まぁ、…………その、仕方がないね」
「それは、あぁ、残念だったな。戦いを仕事にすると決めた以上、負傷した時、命があっただけマシと考えるべきなのかもしれないが、……仲を深めた友の負傷は少なからず、キツイのは確かにそうだな」
「結局、聖騎士に求められるの要件は人同士の戦いの強さじゃなくて、マシンを破壊できる魔剣や聖剣を使いこなせるかどうかだからね。僕は例外的に自力で殲滅できるらしいけど、コエルレミアの作っている魔剣は人に向けて使うなら攻城兵器みたいな扱いになりそうだし、対人戦闘で強いとかそういうのじゃないな」
「……、あの女は何作ってんの?」
「超弩級マシンを一撃で破壊可能かつ、消費する魔力を少なく済ませるような魔剣の実験」
「そうか、夢の発明品だな」
視界の先の明かりで数人殴りあって、魔術でなにか長いものが燃えたと思ったら、女が押し伏せられて後ろ手に拘束されていた。
「おっと、動きがあったぞ。アンビー捜査官が拘束されたようだ」
「ふーん、あ、なにか奪ったね」
騎士の一人がアンビーの持っていた包のような茶色いものを懐から回収する。
「あれが証拠なのか?」
「フェルメイアはこれから大変だろうな」
親族がなんかやらかしたとなっては、そうなんだろうな。
「おい、カヴァデイルの方に弓を構えろ! アラウント!」
「!」
カヴァデイルが戦闘に気づき走り出した。それを追った兵士が掴まれて地面に叩きつけられる。
「俺はこのままジャンプする!」
「おい、待――」
「うぅ、あぁ、ぁ」
地面に叩きつけられて悶える兵士。彼はあの状況じゃ俺にできることはない!
「カヴァデイル! 貴様、彼になにをし」
熱と光を持った爆発。悶える兵士がいた地点が弾けたのだ! 地面をえぐって地理が煙になって視界を塞ぐ、彼は無事じゃすまないぞ! 叩きつけた兵士の下に爆弾を隠していたのか!?
「くぞ、逃げられた!」
「負傷者はッ!?」
「諦めなさい」
駆けつけたフェルメイアに聞くだけ聞いてみたが首を横に振られる。
「動けるやつは探すぞ! 聖騎士様もお願いします」
「わかった! な」
女官が掴まれて背面に回って、カヴァデイルが彼女を盾にしてこちらへ向き剣を構える。
「きゃあ!」
「人質に……」
「俺を追うんじゃない! 追ったらこの女が」
言い切るより先に同時に3発生成しながら発射した鉄の棒が、カヴァデイルの肩を突き女官から引き離し、剣を叩き落として、肘の関節を砕く。
「逃げなさい!」
女官の間に入って棒を両手に構え叫ぶが、
「ハゼッッ!! ああぁぁぁぁぁっぁ!? ゔゔあ!」
「は、……はひ」
文官は腰を抜かして動けないらしい。
「クソ裏切りものが!」
他の兵士が回って右腕が3個所砕けたカヴァデイルに迫り剣を抜くが、
左腕から発生した放熱の魔術で大気が膨張して熱と圧力で数人まとめて転がされる。その間にフェルメイアが女官を抱えて後ろに下がってくれる。
放熱を受けた兵士は死んじゃいない。威力はそこまでじゃない。いける!
「捕まえた!」
地面の叩き伏せられたカヴァデイルがそう言ったのだ。
「?」
それはこっちのセリフだろう? 彼の砕けた右腕を掴んで、拘束するために魔術を使う前に地面に伏せさせたのになんでそんなことを言え、腕がっ! 熱い!!
「魔力が」
「うそ、なんで、自由に動ッ」
腕の魔力が勝手に操作され、違う! 俺の魔力が勝手に炎属性の因子に変換されて操作されているんだ!
「アブねぇ!」
走って城を囲う石壁に向かってカヴァデイルを投げて、制御が失われつつある魔力の中から勝手に炎の属性因子の魔力に変換されたそれら全てを熱に変換して放射する。
「まずッ!」
でたらめに放熱したらカヴァデイルの裏側の石が解ける! 放熱が強すぎる! 地面に当たったら! 空に! 上がるようにっ! 上向きに……!
痛い! 一瞬、痛い。頭がふらつく、フェルメイアが肩を触って様子を確認してくるほどだ。
「ぐっ、ぁぁ!! ぐぐ、がぁ! いてぇ!」
「おい! 大丈夫なのかルイス!?」
「すまん! 油断したせいだ! 逃げられた! 追うぞ!」
俺の中から生理的に発生できるかなりの魔力量がでたらめに消費されて、身体から血の気が感覚で歩くだけで足の裏から背中の全面がむず痒くなる!
くそ、溶けた石を登ったカヴァデイルに逃げられた。
「あぁ、急ぐぞ!」
暗闇の中、何かが風切音とともになにが地面を貫いた音がする。
「狙撃!? そうか、こっちが本命!」
「わからん! 保険だ、被害は壁だけで済んだか?」
「どうやら!」
◆
ドロドロした黒い石だったものにまみれたカヴァデイルは市街地に逃げて、どこへ隠れた! 狙撃がある以上、開けた場所にはいないはずだが、
「うぅ、あ、が」
「お母さん! お母さん!」
「どうした!」
この症状はさっきの騎士の、
「騎士様! お母さんが変な男に殴られてから、意識が」
「ぐああああ、ああがばああ! あああ!」
悶える女、いや、まてこれは
「済まない!」
「え」
「ぐっ……」
フェルメイアが少年を抱きかかえて飛び退くと、瞬間的に火が上がった。
人が発火した。彼の母親が燃えたのだ。
「おかぁ、さん……?」
「ミリア消火を!」
「ぁ、お母さん……お母さんが! うわああ! お母さん!」
もう焼け死んだ女にフェルメイアは水の魔術を使っているのを視界の端でみて、また、うずくまる人を見た。こんどは大柄な男性だ。
「おい、あんた!」
人が爆発して熱を放出して街を焼く、男性から炎が放出されたのだ。男性が爆弾になって、殺されたのだ。
消火もせずに、人混みを探す! どこだ! どこにいる!
人を掴んだ。奴がいた。
「カヴァデイル!!」
奴は人を盾のしたが、もう、それは俺には救えない! 分かるんだ。全身に魔術を張り巡らされて悶えてる彼はその中身が焼けていることが! ここまで何度も同じ魔術をみて、この距離にいたら!
「なんだ! こっちには人質がいるぞ!?」
本気の殺意、僕は初めて金属を生成する魔術でシンプルな棒や、拘束するための複雑な檻ではなく、殺すために適正化された刃を作りだした。
「苦しんで焼け死ぬよりも、一息で死んだほうがマシだ」
人質の胸を貫き、人質の背を掴んでいたカヴァデイルの指を切り落とす。
「あぁあぁああああ!! 腕が!? 俺の指が!?」
「その四肢を削ぎ落とす」
新たにカヴァデイルが真下になる位置に作り出した刃を、四連射してカヴァデイルの四肢を切り落とす。
「ぎゃあああっぁぁぁっぁああぁぁぁ……っぁぁぁ!!」
「死ぬな。着付けの魔術だ」
傷口を掴んで、意識を保たせる興奮さようのある魔術を使う。
「あぁ、ああああぁぁあああ?」
「お前には聞かないとならないことがある。そのまま止血させてもらうぞ!」
止血しながら、おもわず傷口を握りつぶしてしまう。その中で、この男は俺にまた自爆の魔術を使ってきたがもはや俺には炎属性の魔力を生成できるほどの魔力は残っていない。金属ももう数秒は作り出せん!
「GYA――――――――――――――――――――――――――!?」
転がして、気絶せず喉が枯れるまで叫ぶカヴァデイルの処置を終え、俺が殺した人質の胸から刃を抜き、血も流れなくなった焼け焦げた肉と臓物をみて、何もできなかった自分を悔やみ、彼に祈りを捧げる。
自分が聖騎士であったことを思い出し、聞いたことのある経典の一説をなんとかひねり出す。
「貴方の命が大地に返り、その魂が父なる者に許されることを、死後の幸福を祈ります」
これであっているかも分からない。でも、せめてできることをしたかった。
燃える街を見て、青年が混乱して火消しに走り回り周囲から距離をとる人混みから出てきて、俺に問いかける。
「おい、あんた、アンタが殺したんだろう?」
「すまない。もう助からないと思ったし、俺にはこんな手段しかとれなかった……。俺が弱かったからだ」
「だったら、ソイツを殺さないのか?」
かすれたこえで悶える虫のように這い回る男を指さしてまた問いかける。
「それは裁判で処すことだ」
「アンタは聖騎士だろう? それでいいのかよ!?」
「万能な人間はどこにもいない」
「答えになっていない!」
「なっているさ」
カヴァデイルをもうさわれないように、治癒魔術をかけながら少し回復した魔力で、金属の檻をゆっくりと形成して車輪も作る。
「檻に焼かれ、治癒もしてやる。せめて……苦しめることしか俺にはできない」
「アンタは、親友が焼かれても同じことができるのかよ!?」
「……わからないよ」
檻を引っ張って黒くなって火も収まってきた周囲からフェルメイアを見つける。
「ミリア! 消火状況は!?」
「大きいところだけ! それより元を断は断てたか……?」
「あぁ、捕まえた。この丸い檻のなか」
隙間の少ない檻の中にある虫のように両腕両脚を削がれたカヴァデイルをみて、フェルメイアは眉を潜め、引きつった頬で険しく酷い顔をする。
「この鳥かごで、……生きているの? これ」
「未熟でも治癒の魔術は習得したんだ。生きているだろう?」
「いや、それはそうだが、それ続けたら、治癒の効果で疲労して衰弱死するわよ」
そうなのか
「だが、こいつの魔術は触ったら発動する。厄介だ」
「私の魔術で全身を巻く、その状態で私が止血するわ。それと貴方の治癒は、その、あんまり上手くないから練習し直して」
そしてフェルメイアの指先から革のような質感の帯を魔力から生成してシュルシュル檻の隙間に伸ばして、中にいるカヴァデイルの眼球と舌以外をぐるぐるまきにしたので、檻を魔力に再置換して魔力を体に回復させる。
「そうか、教えてくれた人には魔術の天才とかおだてられたから、調子にのっていた」




