2年目、7月 血濡れた指先1
初恋に破れた。
そんなものだ。そういう風な言葉で自分に言い聞かせる自分が思考の中の裏面に居座っているというのに、よくよく考えると、後の作戦で協力する予定があると言われていたのだから、引きずるような真似をするなら後になってからにするべきでは?
もう何日も、そういうまともな非難をする自分も自分の奥の方に居座っている。
「えぇ、じゃあ王都に明日出発だな」
「はい。カリムさんの術後状態も懸念することもなくなったので、ラルスさんの言っていた魔術儀式の贄も摘出できたので、もう私が医者としてすることはもうないと思いますね」
「先生、ありがとうございました」
「あの、私達もありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「あぁ、あぁ、いいんだよ。俺もこれが仕事だし、俺がどんなに腕がよくても患者に踏ん張る力がなけりゃどうしようもない仕事なんだから」
「でも、ですよ」
「うーん、はい。まぁ、まだ開拓中のような分野で半分、人で実験するような治療をするのってみんなもう手を尽くして他に手がない。みたいな人ばっかのことが多くくてね。この仕事で上手くいくことって実は結構少ないから、なんだかんだで感謝されると嬉しいかな」
「そう、なんですか?」
「俺もここらが頑張りどころなのかもな」
そうすると、初老のおっさんはカリムの血圧を測り砂時計を裏返しもう問題ないらしい彼の砂時計が落ちきるまでのなにかの数値を数え、数えるために巻き付けた管を解き機材のメモリに刻まれた数値を記入する。
「あ、ルイス! おはよう」
「おはよう」
「ルイスも医務室になにか用事でも?」
「あぁ、いや、大したことじゃないんだ。先生宛に手紙が届いてた」
「む、そうかありがとう。そこの机に置いておいてくれ」
視界に映るこれまで通りビジネスライクなサリヤに本当に自分が色仕掛けに落ちてしまっただけなんじゃないか? という、どうしようもない疑念で感情の正確さ、というか再現性を自分で見失っていく。
(なんであんな真似をしたんだろう?)
理由のない自問自答でも、心の中でなにか晴れたような気持ちがあって、整理がついたことに心でかき乱されるなにかがある。
「明日出発ってことは一緒に移動することになるのかな?」
「かもしれませんね」
「えっと、4人だけ?」
「あぁ、ラルスは数日前に魔剣と一緒に王都に護送されたそうです。なにか、用がありましたか?」
魔剣というと、話したあのあとすぐ出発したのか、怪我させてしまったような気がしたが、あの時の形ばかりの6時間の謹慎処分は出発するまで関わるなってだけの処理だったのかもな。
「用事があったわけじゃないんだけど……いや、家族のことで相談があって」
「家族のこと?」
サリヤが背筋を伸ばして聞きたいような顔で反応するが、お前僕を拒絶したじゃないか! なんなんだよ!
「あぁ、ラルスさんが僕の……あぁ…………、血縁上の父親の義理の弟というわけで、その父親と、どうすれば……いいのかまだ迷ったままで」
「そうなの? ラルスと……」
「まぁ、いないならいいんだけど」
「まってください!」
頭を恭しく下げてお辞儀をしてくれる彼女の所作に逃げるにもしっかりと視線に入ったからには逸らしても見なかったことにはできそうもないから向き合って返事をせざるを得ない。
「はい、なんでしょうか?」
「はじめまして、クロヴィス・カンビオン様、私アズハ・ネシェル・ハッダードといいます。貴方にも妹と弟たちがお世話になったからお礼を言いたくて」
「お世話に……」
長女の『お世話』との発言に緊張してしまう。
サリヤとの関係に釘を刺しにきたか? いや、まさか殺されるなんてことはないだろうけど、一発殴られる覚悟だけはしておこう。
「えぇ、意識のないカリムを連れ出す脱出を支援してもらったと聞いたわ」
「そう、らしいですね」
「……なにをしたの? この人は」
ぼそぼそと話して隠れもせずに姉に質問するバドリさんにアズハさんは軽くチョップして諌める。
「コラッ、この方が魔術で追手を一掃してくれたのよ?」
「え、あのドーム状の電撃このひとが発射してたの!?」
「ん? ……あぁ、そうだね」
「それは失礼しました! 助けて頂いた方とは」
椅子から飛び降りで頭を下げようとするから慌てて手の平を向けて諌めることを求める。
「いえ、頭を上げてください。僕は……仕事を、……仕事で……」
クモの巣状に血管が火傷していって、先進が焦げていく兵士たちの姿を思い出して、僕はまた自分の力の強さを思い出す。そうだ。僕は、あの数を軽い仕事のつもりで殺したんだ。結果、彼らが生き残ったのは事実で友軍の助けになったのは事実だが、僕は殺したんだぞ? 僕が、僕はそれを仕事以上のなにかの感情を持ったか? 業務的に殺して、業務的に蹴散らした。そこへ淡緑色の騎士が襲撃しなかったらもっと殺していたんじゃないか? 僕は、あいつが……僕を殺そうとしなければ、あとどれだけ殺せていた? いや、そもそも、何人くらい殺したのか、おおよその数も想像できもしないのになぜ、後何人殺せたかなんかを想像できるんだ? 僕が殺したんだぞ!? 僕が……!
「ルイスッ!!」
「はッ、えっ?」
視界いっぱいに迫るサリヤの顔よりも指にも玉のようになった脂汗が滴っていることに驚きを感じた。
体中の感覚が重くなって、冷たくて、何が起こっているのか分からなくなるほど、鈍く、錆びついたような感覚に襲われる。
「ひどい顔だよ」
「そうか……? そうか……」
「先生、ちょっとベッドを一つ借りていい?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
促されるまま医務室に数多くある診察テーブル後ろの側のベッドの上に横たわって、
◆
静かだ。白く、暗い、消毒液の臭いがする。
「寝てたか」
「もう少し寝ていてもよかったんだぞ?」
「ミリア……えっと」
そうか、フェルメイアの気配で起きたのか、彼女の声にが仕事中独特のの張り詰めた感覚が聞こえるのだから、仕事の連絡かと悟る。
「緊急事態よ」
「え?」
「ルッツスター領にバルカン兵を誘導した内通者が二名まで特定された」
「…………っ!!」
「そう、そのまま黙って聞いていて」
「内通者が、いたんだ」
「えぇ、それはいなければ実力者がいてもあの少ない手勢であんな風にスムーズに襲撃なんてできないわ」
「そう、なのか?」
「そういうものよ」
黙ると、フェルメイアは説明を始めてくれる。
「候補者はバルカン王国内でスパイ活動をしていたアンビー・リンドレイクとカヴァデイルよ。知っての通り、アンビーは私の親族だから手心が加わらないように私はこれからカヴァデイルの監視につくわ。貴方はたぶんアンビーの監視を頼まれると思うけど、……参加できるかしら? ……できないなら、できないでなんとかするから、答えるだけは答えてほしい」
「捕まえるだけでいいなら、僕に任せてほしいくらいだ」
「わかったわ。生け捕り作戦に乗り気で参加するつもりだと伝えておくわ」
「あぁ」
「作戦開始まで彼らに仕事をさせることにして半強制的に拘束し続けるわ。この間にもしもの事態が起きたら私達はできることはないわね」
「……そうか」
人差し指を自分の唇に当ててフェルメイアは自分を黙らせる。
「誰かきた……作戦のちゃんとした説明は司令室で受けて」
「あぁ、わかった」
「おや、こんにちは、彼は目を覚ましたかい?」
「すみません。ご迷惑をかけました」
「一応、今はこれも仕事の範囲内だからね。問題ないよ。毒とかも調べたがリストにあるものはなかった詳しく調べるならこのカルテも王都にもっていってもらうけど」
「いえ、そういうのじゃないので、その、精神的な……」
「そうか」
医者の先生に平謝りをして、僕は夜までの動きに緊急的な任務に着くために上の階層にいる司令官に会うために部屋を出て階段を登った。




