ギルベルト・ルッツスターの最後 中編
騎士服ではなくここより北の地域の修道女が着るような服を着た女が槍と縦を携えて甲高い声を上げて、怒鳴る!
「なぜまた援軍が来ているんだ!? 馬鹿なのか? 指揮官はだれだ!」
どうも濃い霧で連絡が混乱しているようで、騎士が「知らないぞ? なにを言いたい」と返すと「聞いてないのか!?」と彼女は驚く。
「引き返せ! 敵部隊は散解して揺動してるだけだ! 浄化も私達が協力する! 浄化にかかわらない戦力のこれ以上の投入は愚策に尽きる! さっさと引き返せ!」
「お久しぶりです」
僕が知り合いであることを騎士官に伝える意味も込めて会釈すると、空気を読めといった感じでセシリアに睨まれる。たぶん、同年代だと思うのに既に魔道士として研究の道で活動している彼女は苦労が多いのか、怯んでしまうほど怖い顔だった。
「あなたは?」
「魔道教導会の魔道士のセシリアだ!」
「私は諜報部の騎士です。彼は聖騎士様です」
「クロヴィスのことは、知っている!」
「どうする?」
正直、助けた欲しかったから騎士官に聞いたのに首を横に振られる。
「私は貴方をここに連れてくるのが任務で、命令にはそむけません」
「いいか? 敵の主力は城下町が狙いだ!」
切羽詰まっているらしいセシリアは甲高いヒステリックな声で怒鳴る。
「そう言われも俺は命令するような人間じゃない」
「ですが、できますよ?」
「士官教育も受けてないんだぞ? 無茶言うな。でも、おい! セシリア、敵の主力について少しでもわかっている情報をもらえるか」
「あぁ、わかった。そいつに説明するためにも必要だよな」
今度は意図を汲んでくれたのか、語ってくれだす。
「敵は淡緑色の騎士が指揮する黒騎士配下の部隊との混成部隊。そう事前に調べて、情報があったから攻撃も予測していた。そして比較的手薄な水源に対する集団攻撃は黒騎士配下のみで部隊を小分けして断続的な波状攻撃だった。何度か毒を撒いているがそっちは私が対応した。私以外にも腕のいい水魔術の使い手はいるがしばらくは護衛部隊と一緒にこの周辺から移動できん」
言い切ってため息のような深い深呼吸をすると、セシリアは頬に指を当てる。
「敵の質も、これから判断するに敵の主力はここに寄越していない揺動と判断できるから、ここに戦力投入の意味がないって言っているんだ」
「ですが、貴方の所属は魔道教導会でしょう?」
「いまそのことが重要か!?」
「貴方を信用できない」
「なら、指揮官を紹介する! ついてこい!」
何人か兵士の間を通って、拠点となる魔術を発射する槍衾に囲まれた石造りの建物が霧の中から現れる。その奥で地図を広げて何人か出入りする人と代わる代わる話し合う少年が椅子に座っている姿でこちらを向いて驚く。
「アスヒル、頼む、援軍が来てしまった! 追い返そうにも指揮官の命令が欲しいらしい」
「こいつが指揮官?」
「えぇ、そうですよ。私がここを指揮するアスヒエル・イェンクェンです」
「アスヒルの命令があれ帰還できるんだな!?」
隣の既視感が眉をひそめる。
「ガキじゃないか」
「なんだと! お前、言ってる場合か!?」
「それに、私にはその命令を聞く判断をする裁量はない。クロヴィス様が命令すれば可能ですが」
責任を押し付けてきやがった。
「はぁ!?」
「そんなことを言われても……」
「戦闘の音が起きてないってことは敵はいないので?」
「この霞の中で潜伏しているさ」
「そうか」
なら、優先順位は、だが、僕はつい一年前までダウンタウンの娼館で用心棒をしていた士官教育も受けていない一般市民だったんだぞ!? 無茶だ
「やっぱり、俺には判断できませんよ!」
「だった何のための階級だ!」
セシリアの剣幕にビビってしまうが、僕は自分の正式な階級を客将呼び以外知らない。しかも、客将は立場であって階級の呼称じゃない。
「俺、いや、私は外様だよ! 軍からの立ち位置としては客将身分で契約を交わしているだけで、指揮したことなんてないぞ!」
「将軍なのか!?」
「聖騎士だ。特別に軍からは命令できるのは議会だけということで客将として迎え入れてもらった。つまり、命令もできないし、命令するのに判断するための士官教育を受けていないのだから僕に言ったってできることはありませんよ」
「知っている! だから、お前の命令を最初からアテにしていない! 頼んでんだ!」
「無茶言うな! 僕を案内したお前はどういう裁量を持っているんだ!」
「私ですか? 後詰の部隊がくるまでここで聖騎士様と戦うことになっています」
「さっさと聖騎士と一緒に帰還してくれ! 敵に対して既に戦力過剰なのに、切り札の聖騎士をこんなところで足止めさせるな! ここに不必要な戦力を注がないでくれ!」
「私にその裁量はないって言っているでしょう?」
「ふざけるな! ただの責任逃れじゃないか!」
鎧を着た兵士の一人がナイフをもっていたのが見えたので、魔力で金属の棒を作り殴ろうとする。
「おい、おま」
僕がなにかする前に、セシリアが振り返らすに使った魔術で男の服を四肢は氷で固められ、白目を向いて意識を失っている。
「殺してない。力と闇の魔術で強制的に気絶はさせた。いま氷を砕く、代わりに縛おく、……もしかして、これが奴らの持ってきた毒の瓶か?」
懐から、瓶を広い。机の地図の上におく。
「拘束しました。と、アスヒル、どうする?」
横から比較的軽そうな魔術師らしいローブを着た男性が敬礼し、手を上げる。
「毒をこちらへ頼みます」
セシリアが迷うと、アスヒエルは腕で流すよう素振りを見せて渡すように促す。
「うん、彼に渡して」
「はい。私は軍所属の魔道士をしてます。後の被害調査のために預かります」
「あぁ、どうぞ」
彼が毒便を金属と木でできた箱に詰める。誰もがみんな、この場所で自分の立場でできることを必死でして、その立場に基づいて戦っている。
だというのに、僕は曖昧な立場のままなにもしていない。
「どうする? 僕は……」
爆発音――――――! どこで!? 音が長くて遠い、どこから、領主の城下町の方向、……だめだ、霧が濃くて見えない。どうする?
「……僕だけは引き返す! 道さえわかれば往復に数分もかかる距離じゃない指揮官殿と入れ違いになったら伝えてくれ」
「はっ、承りました」
「その程度か、だが、ありがと」
「大丈夫、この程度でも連邦の全軍より、ぼ、俺一人の方が強いとされている」
「は?」
「知っている」
「ん?」
立場によって変わる反応。それでいい。そうあるべきなんだ。だから、僕は、
跳躍、地面を這って通り抜ける風のように、すり抜けるように無駄なく余裕なく走り抜ける。
城下の周辺の麦畑で戦闘が起きている。
この地では穀物を作れる平野が少ないからこそ、領主や騎士が住まう場所を穀倉地帯の中や側に置く文化があるらしい、その周囲で地が流れ、火が放たれ黒煙がそこら中から吹いている。
積極的に戦闘はできなくてもすれ違うざまに苦戦していたルッツスター領の騎士を意味する紋章を持つ鎧を纏った兵士と戦っている知らない様式の装備をした兵士の胸に金属棒を貫き、突き立てるようなことはできる。
そのついでのためにジグザグになってしまいながらも、できるだけ真っ直ぐに領主が住まう城の入口まで進む。
「戻ったが……これは」
城門が開いている。
「えっと、クロヴィスだ。急いでもどってきたと連絡してくれ」
入ぐりの兵士が見えたので、話しかけると。顔色が違う。赤いと言うより紫。明らかに死亡している。
「はぁ!? くそ」
死体を見て怯んでしまった。少し前までこんなことはなかったのに、人を殺してから、人の死体を見て、どうにかなってしまいそうだ。
「なにが、どう……ぅ」
吐いた。
嘘だろ!? こんな、ダメなこと、なかったはずなのに、死体が道に転がっているなんて、日常だっただろうが……ッ!!
隣に倒れている兵士は顔色から、死んでいない。息もしているようだ。
「おい、騎士さん! 一体ななにがあった。説明してくれ」
気絶する兵士を起こそうと、揺さぶるが動きそうにない。死体に、眼を向けられない。
「急がないと」
見張り部屋の扉を開こうとすると、背中から熱くなる! 痛みに反射して金属魔術で棒を伸ばしながら腕力で首をはねると、そこにあったのは肌の色が変色した死んだはずの兵士の胴体だった。
「死体が動いたのか……?」
吐き気が止まらない。少し前まで食事していたからまた吐いてしまった。
滴る背中の痛みをこらえながら城のエントランスロビーに入ると、白目を向いた何人もの、兵士、いや、兵士じゃない服装や武器をもっていない人間も含めて猫背の前傾姿勢で立っていた。
「数を揃え……いや、全員が死んでいるようには見えない。気を失うことが操る条件か……? いやしかし」
「「「「「うだああああうあっがあうがうあああがおがいうえうえううえううああうあうあうあうあがあうおあえええあはががああああああああううおいおええええおおおおおええううううううがあああああ」」」」」
人の声なのに声になっていない吠える獣のような声が一斉に叫びだす。
意識を失っているようだが、操られているようで、攻撃の瞬間、猫背でなく訓練された姿勢の動きで切りかかってくる。
「気楽でいい」
魔力を鋼の属性因子に変換し、その魔力で作った棒で殺さないように弾いて、先端から不可逆の鋼を生成して手首を囲ってついでに足首をまとめて拘束する。
たぶん、これをくらったっらみんな『ジュッ』といっているから金属の熱さで火傷しているけど、死なないだけいいだろう。動きのいいやつは殴ってひるませて手首と手足を囲って、魔術を使う邪魔になるように手首と足首の囲いの金属をトゲトゲにして魔力を流し込む。
「全員、この場で動きを止める!!」
なに、この人たちを殺さなくていいなら、そんなに難しい状況じゃない。
よく見るとほとんど全員、死んでいない。意識を失っている。だが、意識を失っているからこそ魔術を使うにしても大した技は使えないし、ほとんど錬気と火炎や電撃の放射くらいのもので、僕を傷つけるには物足りない魔術の精度だ。
「いま、なんとかするから」
棒の先端から這い出る鋼属性の魔術と、殺さなくて済むほどの手加減が通じる実力差、まるで、そうだな。実家の娼館で用心棒をしていたときのような、気楽さで安心して戦える。




