幕間 脱走聖女
『しくじった』放った、必殺の仕込みがなされた礫を回避された瞬間、彼女は総認識した。
「へぇ、この私に……歯向かうというのか? 人ですらない人形が?」
「おや、人形に歯向かわれたのか、意外かい?」
『なぜバレた?』『万事休す』普段から護衛用に仕込んでいたことを知られていた魔術的な武器が普段のものと違うことをバレないように構造にはこだわったはずだ。そう考える彼女は横にいた護衛対象の女の子のそういう反応を知っていた驚きの目を見て、どうすればいいかわからなくなる。
計画が筒抜けだったのだろうか? 動きを見切られたのだろうか? 彼女にはわからない。なぜなのか、現在の時間では自由に出入りできない大廊下の一つで凶行を及んだのも、絶対ではないが計画書推奨されるように書いていた内容をそのまま実行したことがまずかったか。
「おやぁ、逃げないのかい?」
「ここで、貴様を……」
男の指に魔力がわずかに集まると一言話すと彼女の動きが止まる。
「静止してろ」
命を狙われた男、黒騎士エミル・バーゼトレオンはもう価値を失った消耗品に向けるべき目を凶行を起こした女、カリムに向けるとため息を吐いて護衛対象に近寄る。
「『これ』の後始末は叔父様に任せるとして、我々は安全な場所に」
黒騎士の動きが止まる。護衛の目を見た瞬間だ。
「……そうか、聖女、貴女の差し金か」
「?」
「いえ、……いいのですが、殺意。隠す努力をしたほうがいいですよ?」
「……あー、もしかして、カリムを操ったのが私だと思っている? 無理よ? 私は貴方が死んだらいいなと思うような出来事があっても、カリムの操作権を持っていないもの」
「そうですか、なら、その殺意に満ちた目も理解できないこともありませんね?」
しかし、黒騎士は睨む。
「ですが、人形共を意のままに動かせる魔術構成式に干渉しなければ、どうです?」
真正面にいる聖女と呼ばれ国をまとめる象徴的な少女が短刀を抜いて、黒騎士の腹を裂く。だが、浅い。
黒騎士と称されるエミル・バーゼトレオンは油断していたわけじゃない。だが、腰に据えた剣を抜いて振り切るより先に、聖女が短刀を突き刺し、間合いを取るまでが早かったとうことだ。
死の恐怖、家柄でなんとかこぎつける最大の要職でこんなことになるとは、普段思っていないせいで、判断が鈍る。それ以前に、戦える訓練をした記録もない聖女が自分より強いとは全く思っていなかった。
だが、斬り込みが浅い。浅すぎて、致命傷たりえないのだ。
「なぜ、……なぜだ! くそ、カリム! その女の首を刎ねろ!」
カリムの魔力作られた巨大な氷の刃は黒騎士エミルの首に飛来する。
「なぜ……?」
それが、黒騎士、エミル・バーゼトレオンが反応できずにいると、彼の腰に下げた聖剣が大量の魔力を放ち、氷の刃を一瞬で昇華させ、威力を持たない霧に変える。
「いや……あの、えぇ?」
カリムが、殺せなかったことに困惑し、攻撃されても対応できるように魔術構成式通りに四肢に魔力を集め、防御体制をとる。が、痛みがないはずなのに、黒騎士はよろよろと腰を落とす。
「まさか……本当に頭も悪いんだとはね」
「なあぁにを! まともに動かないガラクタの分際で!」
「問題があったら、普通程度の頭があれば対策くらいするものなのでしょう?」
クスクスと笑うカリムに黒騎士が激昂するが、攻撃するわけでもなくカリムも魔力を生成しあかさらまになにかの準備をしながら防御態勢をとる。
黒いものが、音を立てずに天井から床に落ちる。その場所にいた黒騎士の両肩に短剣を突き立てられた。
「ぐあぁあ!!」
「背中が、隙だらけだ」
背中越しに壊れた腕の手の甲の上から血塗れになりながら目当ての聖剣を掴んで、黒騎士の胸に逆手持ちの2組の両手ごと突き刺す。
「死ね、死ねぇい!」
一撃で即死したというのに、真っ黒なローブを羽織った屋根から落ちてきた男は憎しみを込めて、何度も黒騎士の真相を狙ってザクザクと突き立てる。
「死ね、死ぬんだ! 死んでおいてくれよ! 死ななきゃな!」
聖女と呼ばれた女が手を向けて静止を呼びかける。
「もう良いわ。ラルス、死んでいるわよ!」
「あぁ、死んだ。死んだのか……?」
確認するようにもう一突きして、気を落ち着かせるために肩で生きをして、血まみれになった聖剣をローブで拭う。
そんな彼に聖女はやや焦ったような声色で質問する。
「それで、騎士団はどうしたの! 早く逃げなきゃ」
首を横に振り、ラルスと呼ばれたローブの彼は興奮冷めやらぬといった様子だ。
「その必要はないよ。奴らが使おうとした毒で、全滅、3000名……『名誉の事故死でありますよ』って言ってあげた方がいいかな。一応、生き残りはいるけど、毒の混じった煙が怖くてこの塔に近寄れないみたい」
まだ血の汚れが目立つ聖剣を見つめ、ラルスはその剣の向こうに見えるまるで別のものを見ているような顔で剣のことを考える。
「でも、返してもらったよ。この剣、があればなんとかなるな。大量の発生源を持つ毒の煙とか、そういう都合のいい障害物を風の流れで操作するのに、この剣ほど便利なものはない」
ラルスはカリムを見て、思い至ったのか申し訳無さそうにして謝罪の姿勢をとる。
「ごめん。僕がトドメをさしたけど、……譲るべきだったか?」
「いや……お前が裏手に回ったのを見て譲ったのは私。あからさまな防御態勢はそういうメッセージのつもりだったのよ」
「なら良かった……それで、こいつが死んで、気持ちは晴れた?」
沈黙、どうすればいいのか分からなくて、ラルスは目を瞑り、聖女はその内心を心配してカリムのもとへ歩く。
「いや、そんなことなかったけど、もう誰もこんな思いをしなくていいと思うと、肩の荷は降りたかな」
「上々だな。それなら……、考えうる最高の結果だろう?」
「そうなのか?」
ラルスは目を閉じたまま上を見上げ続ける。
「そういうの復讐みたいなのは虚しいものだと僕は思ってたから、そういう、なんというの? 肯定的な意見は初めて、というか自分以外の当事者としての意見が初めてだから、参考になると思った。だから、その」
困った様子だ。
「どうしてなんだろう? 俺の復讐は目的のための通過点だからかなぁ?」
「いえ別に、そんなことも無いと思うわ。たぶん、貴方は生きている自分達のためじゃなくて、死んだ家族のために戦っているから私達とは感じ方が違うに決まっているんじゃないかしら」
「そうか、ならいいか。このまま王都から脱出するにはサリヤを頼らなくてはな。一度、毒の煙を抜けるけど、ついてこれるね? エリン、カリム」
「無論」
「もちろんよ」
頷く。どういう意図かはわからないが、二人の女も釣られて頷く、そこにある死体にはもう誰も興味も感慨も抱かない。
「じゃあ、行こうか、サリヤの居るルッツスター家の領地へ」




