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2年目、6月 前半

 仕事で一緒に荷馬車の荷物と一緒に乗ることはよくあったが、人がのるためだけの馬車に乗せてもらうのは初めてだ。大隊規模の複数の馬車一団で一緒に向かうのも、

 その周囲を囲う護衛の騎士たちの中心で要人の文官を乗せた馬車のすぐ隣の列のいい場所でのんびりさせられるのも初めてだ。

「へぇ、先輩も下町出身なんですが。僕もだが市民権買ってないけど、貯金しているんですよ」

 高位文官にはミリアが相乗りして僕は特別な技術者と一緒に載せられて、仕切り越しに手綱を握る先輩の騎士に話しかける。

 まぁ、騎士と言っても彼は教会の管轄する精鋭部隊の聖騎士称号じゃなくて、議会管理の大規模集団の上級称号の騎士なんだけどね。

「この仕事をしていたら、市民権を買うだけの額はたまっているだろう? 買うのを後回しにする理由なんてあるのか?」

「母親と、家を……」

「あぁ、そうか、それも、そうだな。……商工会が幅を効かせている下町でも、市民権を持っているやつももう珍しくなくなりつつあるよな」

「いまで、議会で商工会組合の票田になりつつありますからね。あの下町も、それこそ穀物を育てるような長い時間のかかる票を育ててんのかね」

「……あぁ、確かに、育った穂しか刈り取れないのだからな。あの街は田であり間引きする樹木でもあるのかも、しれないな」

「いや、僕もずいぶん悪い言い方をしていますが別に悪いこととは思ってませんよ。それで、救われる市民権を持たない多くの市民がいるのも確かなのですからね」

「……それは強いやつだけだ」

「えぇ、全て否定しませんが全部肯定しませんよ。最近は組合だけじゃなくて教会も慈善事業をするようになってきているようで、昔ほどひどい街じゃないらしいですよ。実際、僕が育ったこの十数年、幼児が生きられない場所ってほどじゃありませんでしたよ」

「あぁ、この数年…………」

 黙られた。話題でもかえるか、眼の前の技術者にでも話してみるか?

「この仕事させられるようになってびっくりしたんですけど、軍と騎士団と神殿騎士団で市民の定義が全部違うんですね。軍は市民権がなければ市民じゃないけど、雷霊神聖山岳教会の市民は住んでる人全員含めてるんですねぇ」

 なんか、教会のことを持ち上げるようなことばっかだな。誤解されても嫌だ。

「別に、教会のことも好きじゃありませんよ。なんなら、差別的ですごい嫌いな奴らばかりです。……まぁ、教会に所属している人で愉快な人も……たくさん知っているから、個人の事は別ですけどね」

「クロヴィス様は教会所属の聖騎士でしょう!?」

「……一応、商工会組合所属の議員からの監査役を任されて、議会から給料を払われてはいるんですけどね」

「伝え聞く話では、枢機卿と法皇猊下の推薦で聖騎士になったと聞いていたが、……そこはどうなんだい?」

「あんなの、聖騎士の人手不足が原因ですよ。僕の関係する事情なんてありませんでした」

「人手不足? 君が入ってから何人も解任したせいじゃないのかな?」

「いえいえ、聖騎士の任務を遂行できる実力をもった人間が二人しかいなかったので、その二人をのぞいで解任して、聖騎士隊補助員に降格させただけです。人数はかわってませんが、戦力は僕がくるまで不足しっぱなしでしたよ」

「それが、リック家の御人とストック様なのかい?」

「あぁ、そういうこと。ロセウスも実力はギリギリだったけど、不当に拘束しようとして一般市民にボコボコにされたり、僕を教会から追い出そうとしたから今は候補生からやり直ささせてる。一応、今回の試験では合格しないことは確定しているけど、次の試験からは僕は関係できないことになっているから、そのうち復帰すると思うよ」

「……それは、逆鱗に触れたってことですか?」

「うん、枢機卿も組合も議会も、箱に詰めて拘束した状態で本気で始末しようとしてた」

 吹き出しそうになって、枢機卿と議会も、僕と組合員が一緒に脅したようなことを茶化す冗談をこぼしてまう。

「あんまり俺を殺そうとしないでね? 教会と議会と組合員が束になって殺しにくるから」

「そんなことは……」

「はは、……え、ごめん、冗談ですよ」

「っ笑えません!」

 しまった。つい、思いついたクソつまらないギャグを言いたくなってしまった。言ってしまったのか。


 ◆


 何度目かの補給でフェルメイアと食事をともにして、気が抜けたのか理屈に合わない感想を述べて微妙な顔をされることになる。

「…………国境まで馬で移動って目立たないためとは言え、馬鹿らしくないですか?」

「荷物が運べないでしょう? ……運べても、錬気で飛ばした速度で壊れちゃうわ」

「『荷物』ねぇ。いやでも、走ったら半日もかからない距離を数日かけて移動って実際、どうなんだ? ミリアは、その、遅いなぁとか思わない?」

「必要なことを効率よくやってそうは思わないでしょう。それに、今回は荷物も多い」

 彼女は剣の手入れをしながら、正面でくつろぐ僕に呆れた顔を向ける。僕は剣とか使わないからなぁ。

「黒魔術……でしたっけ?」

「最近はそういう言い方はしないらしいわ。外科手術と呼ぶそうね」

「そう、なんです? こんなに大量になにを積んでいるんだろうな?」

「大半は最近東の大帝国で発見されたリゾチームという酵素の生成機材らしいわね。これを薬として使うことで緑の魔術で行っていた抗菌効果時間を飛躍的に伸ばすことができて、今まででは緑の魔術では治癒の難しかった摘出手術にも対応できるようになった……らしい。としか知らないわ」

「ふーん、やっぱり、緑の魔術だけじゃだめなのかね?」

 すると、少し後ろで待機していたアウラントさんが話に割って入る。

「ダメだな。あるとないとでは全く違う。魔術だけだと、術者の体力と精度に依存し過ぎていて、麻酔による昏倒状態から、あまり長い時間をかけて外科的な処置ができなかったからな」

「でも薬って、痛み止めみたいなもんでしょ? 依存が怖くないのかな?」

「だから、今までとは、全く違うものが作られたと世界中で話題なんだよ。その依存性のある薬だって中毒にならないように注意して……まぁ、道具を使うのなら、使う時の作法というものを守れば道具としての役割しかしないものだ」

 道具か……、まぁ、魔術はともかく化学の研究は最近発展してきた分野だし、世界の法則を発見していってどんどん変えていっていくのだろうか。

「一応、今回はこの治療機材を売り込むことも目的の一つとしている。そういう許可をとることで、いつもいつも緊張状態の東側国境を通過する予定と聞いているわ」

「国境警備…………そういえば、ウチの国もそこはピリピリしてるもんなのかな?」

「当然だろう? 年中無休も無休で多忙。ギルベルトの実家に各貴族から予備人員を送って忙しいったらありゃしないってものさ!」

 アウラントさんは一応、今は僕を除いたフェルメイアに次ぐニ番手の聖騎士候補として十分な実力を示したジッツェル家という旧貴族の家系の出自の人らしい。本当は僕から仲良くするべきなんだろうけど、あんまり会話する機会が無い感じになっている。

「そう、忙しいのかぁ……忙しい……鞍替えしたギルベルトの実家が今の最前線か……」

「だいたい、そういうのはあらかじめミーティングで聞いているんじゃないのか? 一緒に行動していないとはいえ、ちょっと伝達不足なんじゃない?」

「いや、僕は、俺は、あんまりそういうことにはかかわらないつもりというか、予定だし、聖騎士候補になる前に用心棒で生計立ててた頃も、このキレイな顔をポジティブな意味合いにも、ネガティブな意味合いでもどうとでも好きに取れるような薄ら笑いを浮かべて、後ろで男とも女ともつかない中性的な礼服を着て人間っぽくない振る舞いを演出しながら荒事に対応するとか地味な威嚇ばかりしてたから」

「キレイな顔って自分で言うのかお前は」

「事実だろう?」

「やめろ、問題のキレイな顔を近づけるなぁ」

「男同士で盛り合ってるんじゃないわ!」

 フェルメイアは僕とアウラントさんの間に腕を押し込んで体と体の距離を離す。

「それならミリアも、僕を買ってみるか? まだ、仕事をやめてないから、僕の家にきて金さえ払えば楽しませてあげるよ」

「あ! うん? ええっと、ところでその、何、非人間アピールって?」

「いるらしいんだよ。そういう長い時間を生きている魔道師が、それが怖いやつと、そういう雰囲気を勝手に感じてしまう無意味な知識を持つ賢人が、実際に効果があるからは最後まで知らないままだったけどね」

「あぁ」

 彼女の頷きに、そういうのが本当にいるっていう認識を教えられる。

「納得するのかぁ……」


 ◆ ◆ ◆

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