2年目、5月
「こんなにも早くお目通りなかったことはこころよりありがたい限りです」
「貴殿の噂ははるばるこのメディテュラニスの地の市民かた猊下に至るまで轟かせているものだ。時代の寵児にはいくら年をとってもあやかりたいものばかりだ」
定期的に掃除しなければ誇りなど簡単にたまってしまうほど滅多なことでは使われないとされる応接室で5名しかいない高官と高位神官、枢機卿と聖騎士のヴァルトと僕の少数でその、一人歩いて参ったこの国の北で勢力を増しているという宗教組織の長を秘密裏に出迎える。
まるで緊張感の無い預言者を名乗る青年は促されて着席するやいなや、まず最初に話の結論を述べる。
「結論から言わせてもらいます。マシンの掃討作戦の実行には工場破壊を担当する私以外に、防衛ライン維持のために独力で空間移動魔術の使用を極めた者と、私以外にドレッドノート級マシンを一撃で仕留められる実力者が必要です」
なんでもないように、挨拶を交した次の言葉でそんなことを言うから、どんな反応をしていたのか、全員だまりきって枢機卿の呼んだ行政府の高官は、「ぇ……」と困惑の息を漏らす。
「なんです? マシン掃討作戦に興味があるから私の呼びかけに応えてくれたのでしょう?」
「まだ応えることは議会で決定されているわけじゃない。少なくとも、聖騎士隊の設立理念から、私の権限で動かせる兵力は多いというだけだ」
「彼がいるなら十分でしょう?」
預言者の視線と、招くような手は僕へ向けられる。受け答えた枢機卿は笑みを向けて、首を横にゆっくりとわずかに振るう。
「…………」
「…………そうですか、じゃあ説明します」
しょげたような態度をとって預言者は足元のカバンから一番上に見覚えのある人物の肖像の写しが張られた紙束を机に置く。
「まず、前提としてマシンの全破壊には途方もない労力がかかります。ですが、いつか全てを破壊しないとドレッドノートが生産するマシンナリータワーから、新たなマシンが製造され続けるでしょう。それはいずれこの世界を死の星に変えるだけの力を持った実態を持つ脅威なのです」
興奮しているのか、そういう表現なのか、腕をワナワナと抑えてるみたいに軽く振って熱弁しているみたいだ。
「だから、その労力に変わるだけの圧倒的な力を使って、なさなければならないのです! マシンの根絶を」
「できるのか? その、マシンの根絶など。現実的に」
「私は、討伐したと聞いたはずですがね。空中から地面を吸い尽くしてマシンの材料以外を溜め込んで、マシンを吐き出す巨大な円盤、恐れ知らずを」
あれがドレッドノートだったのか、流石に勝手に喋っていいとは思っていないのでヴァルトと枢機卿を順番に見るが、目を伏せて、首を横に動かされたので黙ることにした。
「その彼、クロヴィス・カンビオン様にはそれを一度にまとめて破壊する実力を持っていることを私も見ましたよ」
「あの場所にいたのか!?」
「いいえ、見た。だけです。実際は別の場所にいました」
遠視の魔術? いや、こいつが予言の魔法を持っているという情報を鵜呑みにするなら、遠視の延長線上に予言的な魔法に関係する現象を……? いや、これは僕は考えるようなことじゃないな。意識しつつ高位神官とヴァルトに委ねよう。
「本当に不味くなったとおもったら、割って入ったかもしれませんな。しかし、あれらをまとめて破壊するとなると余波でかえって被害が大きくなりそうですし、全滅するような悲惨な事態でもないと手を出さなかったでしょうがね」
椅子の正面のテーブルに添えるように手を組み無防備に、魔力因子も練らずに体重をかける。この青年は……、隙だらけだ。あの惨状を見たと言うなら、数歩離れた位置に僕が居てそんな無防備にできるものか?
「だから、正確に敵だけを破壊できるお前が戦えるようになってもらわないと話が始まらないんだ」
「だったら、あんたは本当にそれだけの実力があるのか?」
「おい、ルイス!」
口をすべらせて疑義を投げかけたことをヴァルトに咎められる。口をつぐんで頭を下げておく。
「そうですね。もし足りなかったら私は死ぬ。防衛側にまわっていただいた貴方と……バルカン王国のサリヤの手を借りられたなら、マシンからだってこの大陸、ひいては世界全体を守り抜くことができるということを、……『予言』している。と、言えば、いいでしょうか?」
その名前を僕は知っている。前にヴィヴィアナベルの誕生日に空間転移を使って僕を南の大陸まで運んだ魔術士だ。その実力も含めて、
「サリヤ……あの子か」
「そう、……そうなんだが、お前の叔父に当たる男が潜入している先にいるだろう? 自力で他人をつれて空間転移できる娘を、助けてほしい」
……? 叔父? 誰の
「…………!?」
「なんの話だ?」
「作戦遂行のために必要な人材の引き抜きの提案だよ」
僕以外の4人の顔になにも出ていないけど、脚や指先に力が入るのがわかる。これは……、
「……ふむ、何故知っているかは問わないが……漏れたところでさほど困る情報ではないとは言え……、2つも、情報が漏れているのか」
「違いますよ? あなた達の隠匿は完璧です。これは、私は預言者を名乗っているのは酔狂ではないという顕示ですよ」
枢機卿を見ると、吹き出して笑い出すが、こころなしか苦しそうだ。
「くはは、困ったな。予言がいずれだとしても君に関しては本物の魔法使いと思って対処した方が良さそうだな。これは困ったものだ。そういうことを言う魔法使いは、千里眼や未来予知と相場が決まっているのだが、予言と言うあたり、……おそらく、絶対というものじゃないだろう?」
「まぁ、そうですね。私は未来でなにが起きたかを一部知っているだけです。だから、予言って言っているんですし」
でも、枢機卿は妙に余裕がある。
「しかしもう既に、予言は失われている。だから、急いでマシンの増殖手段だけでも処理しておきたいんだよね」
預言者の組んだ指に魔力とは関係のない力がはいって指と指の隙間に食い込む指がより深くなるのが見えた。どうやら、緊張しているのはどちらの側もというわけか。
「だから、あなた達が欲しい情報を俺の要求のついでに言うことで、取引しようじゃないか」
「信用しろと?」
「信じなくても、私が言ったことが真実だったら、お前らの中から情報を漏れてなどいないと証明することができる。試すだけの価値はあるだろう?」
沈黙。……欲しい情報? ……なんの話なんだろう?
「なら、そうだな。ならお前は組織と関係なく、今、私が個人として何が欲しいかわかったりするのか?」
「……『それは』、知っている。お前の息子、ジャレッドは剣術を捨てて魔術に専念させたらクロヴィスとなんらかわらない実力になることをコエルレミアの計画にのっかって見れば容易く証明できる。そこのクロヴィスは懐疑的だがそれは普通の反応だ。コエルレミアの計画は数年後に確実に得になると保証しても良い」
「え、ぼ、俺? …………何年かかる予測だそれ?」
預言者は手を組ほどき、両側に大げさにわからないと言うように水平に掲げる。
「さぁ? 少なくとも、時間はかかるが、コエルレミアの魔剣を使いこなせるようになれば、お前よりも多くのマシンを討伐することになる。それに、お前の使っている魔術は本来お前の使う使い方ではなかったはずだ。鋼の魔力で生まれるのがタングステンではなく、金の人間が使うべき魔術として学んだだろう?」
「理屈上は……そうだ。よく調べたな」
「調べたんじゃなくて知っているだけなんだけどなぁ。ジャレッドは世にも珍しい未調整の鋼の魔力で生成できる疑似金属が金の性質になるぞ」
「……そうなのか?」
枢機卿を見る。彼は高位神官を見た。高位神官は首を横にふる。あきらかに枢機卿が動揺した。この人は家族の話で動揺するタイプだったのか、
「え、マジなの……!」
「いや、まて、なんで本当にそんなことを知っている!?」
「安心しろ、犯罪に使いやすいのと、戦闘に使いにくいからって隠させていた事情は『予言と呼ばせてもらっている未来』で知っている。だから、この場以外で私が口外するつもりはない。だが、その男に訓練をつけさせて、コエルレミアの実験に協力させて力を見せてみろ。今までの卿のその判断を否定することになりますよ」
――――パン、手をたたき、預言者を名乗る男は話題の次を切り出す。
「これ、この情報は、お試し品だ。本当に欲しい情報はクロヴィスが席を外してから話そうじゃないか?」
「なんで僕を名指しする? なにかする気じゃ」
「……お前、内緒話とかできないだろう?」
「あぁ……、否定できないこと言われたね。本当になんで知ってるの」
「今の視線の動きを見ていればわかる。そして、彼らが知りたい内容には口のかるそうな男には話せないことがある」
「どうする?」
「部屋の外で待機してもらってもいいかな?」
「枢機卿様がそういうなら……」
立ち上がって、狩人らしく殺意を込めた威嚇を告げておく。
「部屋の外で気配を探っている。話は聞かないようにするが、わずかにでも体重が動けば足元の揺れで気配はわかるということを……宣告していく。脚が離れただけでも、足裏から感じる気配で動きがわかることを言っておく」
「貴方はソレくらい余裕だろうな……わかっている。下手な真似をしたら、私が魔術で空間転移で逃げる間に何度でも私を殺せるだろうからな。はっきり言って魔術の規模はともかく、戦闘において貴方に勝てる人はこれからも数十年そうそう出てきたりはしませんよ」
「……確かに、ね。貴方が狂乱に走って枢機卿と父さんを殺さずに貴方を止めるには、殺さない余裕などないと言えばいいんでしょうか? なんというか、この警戒するというただそれだけの棒立ちに、生まれて初めて本気を出す必要がありそうだ」
気密性の高い扉を開いて少し重い、空気の詰まった硬さの扉が開く。
「お前今、俺を父さんと言ったか!?」
扉を閉める。閉まる扉で空気が詰まって、閉じきるその一瞬の前に重くなったような減速をする。
「…………」
驚きの言葉を述べたヴァルトに何も言えなかった。なんで、僕は……。こういう肝心な時に黙ってしまうのか、
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この密談の後、僕はメディテュラニス連邦の東に位置するバルカン王国に渡り、王国内で起きているコーカサス正教の内紛に関わるある1件に対して任務を受けることになる。




