1年目、2月のある長い1日のその後
既に誰も居なくなった来客用のその部屋のその席で、涙が枯れて、喉が乾いて頭もクラクラしてきて、それでも止まらなくて、心配してくれて飲料水をもらい、やっと落ち着いて深夜になった……母さんが心配してるはずだ。朝帰りになる前に帰らないと、
椅子から上がって、部屋を出て連絡口で兵士に出入りの確認をしてもたい出ていこうとすると、その前のロビーでヴァルトが待ってくれていた。
「……ルイス、もう、大丈夫か?」
「泣くことじゃ、ないんでしょう? 苦しいのは死んだ人なんだ。僕が悲しんだのは、きっと覚悟が足りないだけで」
「体の方は? どうだ、ふらついたり」
「しない。……なんでか知らないけど、俺の体は人より丈夫みたいなんだ」
「それは、よかった。水分補給は忘れないようにするんだぞ?」
「うん」
良かったという彼の安心に僕はひどく恐ろしいものを見つけてしまう。
「でも、本当に良かったのかな?」
「なにがだ?」
「僕の体が丈夫で」
「なにを、言いたい?」
なんでか、少し怒ったような目でヴァルトは僕を見て、初めてだと思う。ずっとガラス細工の壊れ物を丁寧に触れるような目で怖がっていたのに、なんで、そんな怒ってくれるんだ。
「理不尽だろう?」
「なにがだ?」
「何の努力もしていない僕が、強いことだよ! なんで、生まれつき体が強いだけのやつが、国の命運を左右するような力をもって、努力した人たちが無意味に踏み潰されていくなんて!」
「努力していない? 本当にそう思うのか?」
「あぁ!」
「生きているだろう? お前は、必死で!」
黙るしか、できない。衛兵以外の人の居ない教会の持ち物の作戦基地のロビーにひどくけたたましいほど耳鳴りにもよく似た静寂が染み渡る。
「そうだ。世界はいつだって理不尽だ。不平等で、ままならないことばかり押し寄せてくる。それはいつだって唐突でどうしようもなくて、理不尽なんだ。それを否定することはできない。受け入れるしかない。だけども、抗えないわけじゃないんだ。誰だってそういう理不尽に文句を言いながら、有るものでできるだけ幸せになろうとする」
涙が、抑えられない。嗚咽が、漏れてくる。まただ、感情を制御できない。
「君の才能はどれだけの研鑽を重ねても、呆気なくマシンに殺された何千人という兵士にとって妬ましく、不条理なものにその目には映ってしまう。だけど!」
僕の不真面目のせいで死んた人がいるとおもうと耐えられない。
「君の理不尽は誰かを助けることができる。奪われる人達を、君は救えるだから、議員達もプライドもなにもかもかなぐり捨てて君を懐柔しようとする。そうじゃなきゃ、抗えない理不尽も時として存在するからだ」
「うっ……ぁ……! だったら僕は、そんな人達に……わがままばかりっ……!」
「分からなかったんだろう? これから変わればいい! いや、君にはその才能の分だけのわがままが許されるんだ」
「そんなの、ズルい! ずるいよ!」
「そんなことはない! 世界は初めから不平等なんだ。理不尽に奪われる命や、理不尽に壊される平和がある! だからこそ、誰かを救う理不尽や身勝手があっても良いんだよ! それがお前の不平等であるなら、お前は誰よりも高潔にも……」
「ァッ! 俺は……! 僕は……ごめんなさい。まだ、分かりません……何も」
「良いんだ! 君は若い、時間を有効に使って、少しずつ学んでいけばいい……」
「ヴァルト、僕は……僕はぁ! …………!! ぁぁ……」
◆
「今回の聖騎士の選定が、武器の使用しない体術に偏重した錬気戦闘に重きを置いた内容になっている理由が分かったわ。魔術はもう足りているから、貴方の補助をできるメンバーを選んでいたのね」
「あぁ、うん。そうらしいことは俺も結構最初に言ったような気がするね」
「組み手と称したただの殴り合いで魔術の使用を禁じていたのも、魔術以外で貴方より強い騎士で無いと価値が無いっていうのと同時に、貴方に本気を出させないとか、そういう理由もあったのかしら?」
「いや、流石に魔術を使って……本気を出したら、手加減できるよ」
昼食としてパンにジャムを塗って、ぼんやりしているとフェルメイア寄ってきて席をともにする。
「大丈夫……? 酷い顔色よ」
「……死んでいったみんなは僕が、もっと真面目に取り組んでいたら、大丈夫だったかもね」
「大丈夫じゃなさそうね」
「フェルメイア……ごめんなさい」
頭を下げた。居たことも気付けなかった周囲からどよめきが湧きたつ。
「えぇ……、いきなり何? 何を? 何が?」
「今までの、態度とか、攻撃的な姿勢……本気で僕がやらなきゃダメってわけじゃないって考えていたんだ。だから、無理に聖騎士にされないようにふざけた態度で臨んでたんだ」
「そう、だったの……?」
「みんなにも謝らないと!」
「いや待って、マテマテ、待ちなさい!」
椅子を立って、周囲のみんなの方へ向かおうとすると服の裾を引っ張られる。
「なんで」
「あなたはまさか、『他人が自分より弱いなんて気付かなかった』なんて、ことをそのまま説明する気じゃないでしょうね!?」
「あぁ、そうだ」
「怒られるわよ!」
「っ、だが! ……本当に分からなかったんだ」
「えーっと、確認するけど、前に娼館で暮らしてるときもゴロツキと殴り合いとかになったって聞いてたけど、それで殺すような事は無かったの?」
「今も娼館で暮らしてる。あぁ、無かった。手加減して腕を折ったり、魔術で武器を破壊して拘束して終わりだった。あ、違うな。一度だけ、娼館の譲さんを殺そうと剣を抜いた奴を殴り殺したことがある」
「殴り殺す……魔術を使ったんじゃなくて?」
「あぁ、魔術だったら、腕の骨を折るとかそういう手加減もできたかも、ね。いや、それにこの棒を出す魔術って本当はそんな威力のあるものじゃないんだ……後のときは必死だったからそうするしか無かったと思ってたけど、こんなに僕が強いなら……殺すことも無かったと思う。いや、思えてきた」
少し考えて、顎に手を当てた。フェルメイアが口にする。
「貴方は……戦いに抵抗があるの?」
「そんなことは、……、無いと思うけど」
「なら、人を殺すことは? 相手を殺さないと自分や大切な人が傷つけられると思った時だけじゃなくて、相手がどうしようも無い悪党で、自分がそれと闘うことが仕事だったとき、貴方は、殺せる?」
「……どうだろう? まだ、殺したことはないな……でも、多分大丈夫」
「だったら、命乞いをして闘えなくなった悪党が目の前にいたらどうする?」
「動けないように拘束して、しかるべく場所に放り込む」
「そのしかるべく場所が自分になって、それを殺せと言われたときに、貴方は迷わずソレを殺せる……?」
「……! ……、…………。どうだろう……ね?」
考えても、答えられない。そういう場面を自分で想像してみても何も浮かばない。
「そうね。なら、こう考えたらいいわ。貴方は狩人じゃなくて戦士なのよ」
「は、えっと……?」
子供に言い聞かせるような身振りでなのに、大真面目な顔でフェルメイアは語る。
「騎士には狩人と戦士の二面性が求められているわ」
「えーっと、なんの話?」
「聞いて、狩人とは『自分より弱い者を狩り、営む者』よ。これは、食べるためだけじゃない、駆除や間引きも含まれる、生物として生きていくなら誰もが行う最も自然な戦いよ」
駆除や間引き、そういう行為は、いくらでもしてきた。借金を重ねて、殺そうとしてきた奴を溶かして埋めたことも人並みにある。
「だけど、戦士は時に『自分よりも強い敵と闘う者』にもなることがある『闘うべき相手と対等な立場で剣を抜く者』よ。これは、ある意味不自然な行為だけど、人間らしい精神に基づいて闘う戦い方なのよ」
……人間らしい?
「貴方は敵を排除する中でも必要以上に力を振るおうとしなかったんじゃないかしら? だから、いままで自分の強さに気づけなかったとか、そう、考えられない?」
「いや、僕は、迷惑な相手を排除する時、一度だって本気を出さなかった。格下と思って下に見て相手をしていた……だから、根っからの狩人なのかも知れない」
「それは、ありえないわ」
「なんでっ!」
なにを言っているんだ! この女は!?
「なんでそう言い切れる!」
「だって、貴方は話し合いの通じる相手を殺そうとなんて思わないでしょう?」
「それは……、そうだけど、でも、嫌いな奴を見下したら辱めるくらいするさ!」
「ほら、やっぱり」
「なにが!」
感情がかき乱される。その感情が曖昧になって何を感じているのかわからなくなる。
「相手と同じ立場で貶め合っているつもりでしょう?」
「わからないよ! そんなことは! 考えたこともない!」
「なら、よく考えて!」
その強く僕を見据えた瞳に反射した僕の姿はひどく狼狽した少年でしかなくて、
「貴方の中には貴方なりの正義が常にあって戦っているはずよ。その一つの形が不当な命令に対する反発だったりするだけで、貴方は善も悪も無く武器を持つことはないと確信しているわ」
「そんなの、……当たり前だろうが!」
「そうね。それが当たり前なのは本質的には『戦士』だけ、『狩人』には善悪は無いのよ」
「意味が、分からねぇよ。僕には、そんな哲学……」
「貴方は、……理由がないと戦わない倫理観を持っているでしょう? ってことよ」
「……知るかよ」
フェルメイアはなぜ、僕にそんなことをいう。慰めのつもりか? 演説のつもりか? どっちだとても、俺にとってどうでもいい話だ。
◆
枢機卿と面談して、しばらく黙ってしまい。僕がうつむいて考えてから、頭を上げると枢機卿は驚いた顔をしていて、でも僕は決心を語ることを我慢できなかった。
「決めた。少し、時間を下さい。アレを、大陸のマシンを全部潰しまてきます」
「………………こんなときに」
枢機卿のそばに仕えていた神官が苦言を漏らす。いや、苦言を言ったと言うより、どうしたものか、困って考えてみたが、どうしたものかすぐに出せないというかのように、眉間にシワを集中させる。敵意は感じないが、本当に嫌そうだ。それで悩んで、言葉を紡ぐ。
「止めたくはないが、それは、その、……難しいでしょう。いくらなんでも範囲が広すぎます。君が駆けつけられないほど深くまで駆除に進んでからマシンが攻めてきたら、ヨーロッパに生きる人間は壊滅する。国も勢力の所属も人種も性別も年齢も区別無く死に絶えるだろう」
「……あぁ、くそ、そうだ。それを言われたら……クソ、はぁぁぁあああ…………ごめんなさい。頭を冷やしてきます。これはからは常に動けるようにしておきます」
「いや、まて、マシンを殲滅したいなら、ちょうどこんなタイミングで……共同作戦の申し出がある。相手は、魔道教導研究会とか、魔道共同研究協会とか、いくつかの似たり寄ったりの名前を持つ研究機関の長……預言者、シグフレドと呼ばれる男だ」
「誰?」
「どうでしょうか? エリュトロ卿」
「そうだな、奴は……北ヨーロッパで名をあげた……最強の魔道師だ。おそらくだが、魔力の威力と範囲だけならお前よりも強い。そして、そいつは未来を予知する魔法を持つと自称している」
「……未来予知」
「未来予知に関する真偽は確かでは無いが、奴は大陸のマシンの全てを殲滅すると喧伝して各国から後方支援部隊を呼ぼうとしている。我々も、偵察のついでに向こうから希望された僅かながらの数の部隊を用意して派遣しようとまとまりつつある」
「おそらくだが」と嘆息をついて枢機卿は呆れ顔で推察する。
「こういう手合いは、各国に同志を募るために、自身の実力をひけらかすことが目的とおおよその者達から考えられているが、……。私はそうは思わない。奴はお前と同じだけの…………威力がある」
「そいつと手を組めば、マシンを全て駆除できると?」
「可能性はある」
「そうか…………なら、会って確かめたい。それだけの、可能性があるか……僕だけじゃない。僕の代わりに判断もできる奴を用意するべきだ」
「そういう場所になるといいのだが、せめて、各国がそれぞれマシンに向き合える手札の『少なくとも』の数を知れるのなら……得られるものも多いだろうが、そうもいかないだろう」
◆ ◆
議会と、商工会、教会からの報酬とずいぶん溜まった銀行の通知と購入予定の邸宅のリストをテーブルに並べた、
「あとニ年、聖騎士試験が終わったら一緒に暮らそう。もう、母さんは苦労しなくていいから」
少し、楽しかったような気がしていた。説明してる間、黙って聞いてくれる母さんは頷いてくれるとおもっていたのに、どうしてうつむいて雨が降る前の空模様のような暗い顔をしていた。
「母さん?」
言葉を探すようにして、母さんは僕に向き合う。
「……貴方が幸せの枷になるのなら、私も無理に引き上げるような真似をしなくてもいいのよ?」
「何だよそれ」
「もう十分、取り戻せたのよ。貴方のお陰で私は幸せよ。貴方が苦しんでまで戦ってほしいとは思わないし、お金のために命を賭けようとされたんじゃ、私もそれなりの蓄えもあるし、それよりも」
「違う!」
なんで、否定するの!? なんで、僕は……! 頑張るのにっ!
「僕が戦わなきゃ、たくさんの人が死んぢゃうんだ! 僕が迷っただけで、何万人も!」
「そう……それが、貴方の戦う理由になるの?」
「当たり前だろう?」
「…………否定はしないけど、私のことはもう気しなくていいのよ」
「なんで!?」
沈痛な静けさと、その回答を待って、返ってきた言葉を聞いた時、僕は嘘だと思った。
「貴方の父親、もう二度と会えないと思っていた人と、再開できたからよ」
「……?」
「あの人とは私が娼婦になる前に、愛し合っていた人よ」
「……は?」
「あの人は汚れてしまった今の私でも愛してくれると言ってくれたわ」
「そ、そんなわけがないだろう!?」
「ルイスがそう、思うのも仕方がないけども」
「それって枢機卿のことだろう? 会って会話すらしてないことくらい僕も判っているんだぞ!!」
「……え? いいえ、枢機卿じゃないわ」
――ん?
「確かに、あの時はまだ上級神官の一人でしかなかった彼とはあの人のことでずいぶん、怒られたけど、顔見知りと言うだけで、人柄を知れる仲ではなかったわ」
「え、まて、待って、だれ? じゃあ、僕の父、あの人って……」
「…………気づいてなかったの!?」
誤解して……いた、のか?
「ヴァルト・リックが貴方の父よ。貴方はあの人との愛で産まれたのよ」
………………は? 母さんお前、何つった!?




