1年目、2月のある長い1日1/3
眠って。階段を降りて、女将さんに『おはよう』の挨拶を済ませると。バックヤードに待っわってヴァルトさんが来ていると言われたので顔を洗いに洗面台に回る。
バシャバシャと水音を排水溝へながし、浄化用の魔術を使いやすい仕掛けが施された排水タンクへ溜める管へ水が流れていくのをみて、ふと、思う。
「僕が炎の魔術より水の魔術が得意だったら、どうなっていただろう」
仕事で使うというのもあるが、諸外国と比べてもよく整った連邦首都の治水事業を考えて、貧民で市民権がなくても首都に集まったほうが暮らしやすいと言わざるを得ない。それほど
「水がなくちゃ、生きてけないけど、僕が水をどうにかできていたら」
ダメだ。足るを知り、まだ足らざると知ってしまう。それが欲望という自然な感情であると同時に多くを得てしまって僕は少し欲張りになってしまったようだ。
「得意なことがあるだけ、いいことだろう?」
それに僕はごろつき相手に殺さずにボコボコにして送り返すくらいの実力があるんだ。そういう才能に恵まれた幸運を噛みしめればいいのに、より多くを求められると分け与えたいとは思えない。
「おはようございます。ヴァルトさん」
「あぁ、おはよう」
「もう、迎えに来たんです? いえ、いいんですが。思ったより早かったですね」
「いや、仕事が終わって朝になったところだからな。ちょうど近くに居たからここで朝食をとろうかと思ってね」
「そっか、支度は一回なにかの店にいくんでしたっけ?」
「あぁ、呉服店に衣装を預かってもらっている。法皇猊下より特別な刺繍が入ったものを」
「朝食、一緒に食べていきなさい」
「お母さん、一応、ヴァルトさんも僕の仕事仲間とは言え、お客様だよ?」
僕らが打ち解けあった関係とはいえ、食事処として利用してくれる方の隣に勝手に座るように促した母親に流石に苦言を呈すると、少し驚いたようだが、すぐに頷いた。
「えぇ、そうね」
「いや、いい。一緒にたべよう」
「ヴァルトさんが言うなら、いいんですが、昼食会はヴァルトさんも一緒に行くんでしたっけ?」
ヴィヴィアナベルの誕生日会の昼の会に僕を連れて行くためにここに来ているのに『違う』なんて言うわけがないだろうと、自分の質問に苦笑しつつ言ってみる。
母さんから、朝食を受け取ってヴァルトさんの前で食べはじめる。
「あぁ、そうだな。夜のダンスパーティまでには抜けさせてもらうことになっているが」
「……ギルベルトとコエルレミアにはずいぶん勉強に付き合ってもらったよ」
「ダンスの?」
「うん、リズムを取れないままだけど、相手の脚を踏まないことに集中すれば最低限の動きはできるって言ってもらえたよ」
「リズムをとれない?」
「あぁ、音楽なんてこの街じゃ滅多に聞かないだろ?」
母さんの『なぜわからないのか』と言わんばかりの反応に、当たり前のことを言うと、何故、母さんもヴァルトさんもその瞳を曇り空のようにくすませて少し、視線が斜め下に落ちるのか?
「そうか、そうだったのか……」
「やっぱり、母さんって昔は音楽を聞けるような場所に…………いや、ごめん。聞かないよ」
…………ヴェルトさんも、母さんと枢機卿の間で置きたことを知っているようだが。意味もない。枢機卿本人がその話をすっかり忘れてしまっていたんだから、
「……」
「……」
「大丈夫、お金が溜まったら上の町で市民権をとって、家を買って兵士年金で生活するから、大丈夫、あと、2人も働けばまとまった報酬をもらえるから」
「……その話で、私から……いや、まだ」
「母さん?」
「いえ、帰ってきて落ち着いたら話しましょう。重要な、貴方の将来にも関わる話しだから」
◆
作法とは別に、宗教関係者という者は思想として黙食するものだ。アミニズム系の万物の精霊に感謝するメディテュラニス連邦の雷霊神聖山岳教会の思想では当然として、食べている物質や、調理に使用した金属に至るまで全ての物質に感謝しながら黙食するのが正道とされるのだから、前菜の野菜や穀類が混ざって酢やそういうものであっさりさせた……なにかよくわからない料理を食べて、皆食べ終わるまで全員だまっていた。
「批判が多いことは知っていますが、そういった意見はどれもこれも、変えたくないだけの者で話になりません。あれでは誰が筋を通した論議をできるかのふるい分けが捗るばかりで、彼らの本質を明るみにするばかりでしょうね」
「批判は甘んじて受けいれるつもりなのだが、その、本質というと?」
「えぇ、今回の聖騎士選定の儀は事情が重なって特殊な形式となりまりだが、既に出た部分だけの結果を評価するならば、候補者から外れても実力を示す者たちも多く見出されたことを鑑みると、批判は案外面倒くさがり以外にとって的外れだったりすると思わせました」
「面倒くさがり? それは、保守的な者に対してか?」
「えぇ、そうです。枢機卿の改革路線は疲れるものです。しかし、その疲労は先人も重ねてきた疲労です。その苦痛から逃げるものはその是非を問う立場にいるべきではないのでしょう」
まずは、ヴィヴィアナベル本人、近親者、次に繋がりの深い者たちで位の高い者、ヴィヴィアナベルの友人、残った招待客の座らせた席でわかりやすい格の高い順に枢機卿が話を促す。
無論、俺は末席に座らせてもらっている。といっても数の少ない身内と言って良いような奴ばかり招いた昼食会で数も少ない。
僕や俺のとなりの上座にも本来席を同じにするような立場ではないヴァルトさんが座れている辺り、本当に仲の深い身内だけが集まった誕生会の昼の部というものなのだろう。本番は夜の部のダンスパーティで、今は作用は気を張っているとはいえ、本質的には気を楽にしている時間だ。
何度か会話が繰り返されて僕の番もすぐ前だ。皆、形式張った自分の立ち位置に即した話をしているようだが、俺の味方の商工会系議員も、商工会組合員もここにはいないんだからあまり、仲良くしたら後で動きにくくなりそうだな。
「それで、聖騎士代行を務めるクロヴィスにとって、聖騎士選定の儀はどう見える?」
順繰りにメニューを食べ終えて、何度目かの食後の会話で僕に話題をふられる。
ざわつく。僕が聖騎士代行の仕事を任されていることってもう言っていいのか? いや、これが『明かしていいよ』って合図になっているから周囲の人が少し、いや、とても驚いて少し声をあげてしまっているんだ。
「……選定だけなら最初から私を含めた4名は確定しているのですから、フェルメイア嬢、アウラント殿と、コエルレミア嬢と私以外にも選定可能になるように育てると同時に、私のような者への不足を勉強させるための場所としては、教会の規定で頑なに一度選定の儀を挟んてから正式な任命をするようになっているのも理にかなっていると思うようになったこのごろです」
カラトリーの置き方の間違いに気づいて平行に直す。
「例えば今回のこの会食も、こういったことが何度もなければ私がテーブルマナーを勉強する機会はなかったでしょうから、きっかけになったと考えれば悪いことでは無いからいいんですが…………」
「それは、ずいぶん前向きな考え方じゃないか」
「あと、打診された職務に必要なマナーの講習もこの場にいる同窓のギルベルト・ルッツスター様とここには居ないコエルレミア嬢に補講を受けましたが、ダンス以外完璧だそうです。これまで実家の仕事で使っていた技能で概ね事足りるようです」
「そうか、それは」
「そういえば、仕事でお客様として良くしていただいた御仁に教会内で会いましたが、元気そうでしたので、安心しましたよ」
空気が凍る。いや、凍らせたのだ。だが、忠告は必須だとも思っている。隣のヴァルトが強い目で肩に手を添えて明確な意志を示しているが、横目で流して反応を見せることを避ける。
「…………」
「…………」
「……誰のことかな?」
「ちょっとお母様っ……」
「え、聞いちゃだめなの?」
「当たり前でしょう……!」
「お前、なんでそんな話をここでする?」
この誕生会の主役が母親に息を抑えた声で諌めて、その兄が苛立った声を上げて睨みつける。
「すみません、私はこういう生き方をしてきたので、私と親しくするということは娼婦と仲良くする時に生じる問題も抱え込むことになるということですから、以後、こういう場所に呼ぶのはよろしくないと教えようか悩んでいたところです」
「だったら控えてくれ、ヴィヴィの誕生日なんだ」
「いいえ、控えません。必死に生きようとする生き方に恥じることなどないのですから」
「少しは恥じらえよ。男が男の相手に色を売ることも、水商売も」
「誇りを捨てろというなら捨てるべきは男娼の誇りよりも、聖騎士の誇りです」
「話を飛躍させるな。誇りを捨てろなんて誰も言っていない」
「飛躍などしていませんよ。そうやって生きてきたその誇りを恥じらうには、誇りを捨てないとなりませんから」
場は、凍りつく。何人か困惑を通り越して怒りと恐怖が混じった顔のようなものも見える。
「えぇ、安心してください。給料をもらえるうちは腹を立てて聖騎士の仕事を放り出すような真似はしませんから」
「あぁ、それは、信頼してくれ。契約どおりに給料は払われることが教会と議会の連名で保証されている」
「枢機卿?」
「これで、後で滞納した時に俺が忠告をしていなかったとは言わせませんよ?」
「……そうだな。お前は、自分を呼ぶべきではないと忠告していたな」
「父さん!?」
「ですが、呼ばれたら、邪推もされるものでしょうと忠告を皆の前でする必要がありそうだと思ったので……仕事の話のついでに腹が立っていることがあったんでした。そういえば、直訴したいことがあって、来たのですがここで話しても?」
枢機卿はヴィヴィアナベルを見て、頷くような動きを見せる。
「いいぞ」
「私がお願いしてクビにしていただいた騎士を貴方の保有する兵団で騎士待遇で雇いましたね?」
「そのことか、娘の誕生日会だから仕事ということなら、後にしてくれないかな?」
微笑んで僕をかいじゅうしようとするような枢機卿に
「ヴァルト、君はわかっているでしょう? 奴の無意味な仕事ぶりを」
横に顔を向けて感情的に振る舞う。
「否定はしないが、よその人事にまで口を出すのは自重したほうがいい」
「えぇ、私に人事権はありませんよ! あの時も越権行為でしたが。彼のような訓練と称して選別を行う無能な教官は百害あって一利なし。まともな教育ができないならそういう仕事をさせるべきでないと言い、聞き入れてもらったつもりでした! 違ったのですか!?」
「落ち着け」
「……っ」
枢機卿を見る。主役のヴィヴィアナベルは何故か僕じゃなく父の枢機卿を見る。なぜか、彼女の母は多くの僕に怒りの目を向ける人たちと一緒に僕を見るが、何か、顎を指でなでて少し楽しそうな表情だ。
「彼に教育能力があると本気で思っているなら私は貴方達の目を疑いますが……本当はどういう理由であんなクズを雇ったと聞いているんだ!」
「そこまでいうか!」
「当たり前でしょう!? 奴が裏で手を回した候補生をクビにしたのが不服なら当初の予定通り他の聖騎士隊を用意してそっちで試験すればいいでしょう!? なんで、あんなクズが本当に仕事ができると勘違いしているんだって言いたくもなりますよ!!」
「まて、アレはそんなこともしていたのか?」
「えぇ、一部の生徒だけ有利になるようにスケジュールを組んでいましたよ。報告したはずですが!?」
「すまない。その程度の案件は枢機卿に上げる必要がないから、俺の方で処分した。だから、奴は懲戒解雇として罰金を払ったうえでクビにしたんだ」
「そう、だったのか、いや、すまない。……本当かい? 書類上は」
「書類上は間違いなく法令上の懲戒免職ですよ」
ヴァルトと枢機卿の会話に不遜な態度で鼻白む顔を見せる。
「経歴偽造かなにかで騙されたんですか?」
「あぁ、そのようだ」
「なら、もっと経歴洗ったほうがいいですよ。どうせまだ他にも偽造してるでしょうからね」
「そういう決めつけは良くないが、一つ間違いが会ったようでは他も確認するのは必要なことです。もしかしたらバルカン王国のスパイの可能性だってあります。拘束するべきかと」
頷いて、枢機卿は手招きした側仕えとなに熱を持って話し合う。
「あいつの訓練。頭を使わぜ無いんですよ。苦痛を与えて耐えたやつを選別する。なんの学びも教育もない。教育者としては0点、試験管としても不正をしたの論外。あんなものは前線で戦うしか能がないだろう?」
恨み語をこぼすとヴァルトが俺の口を抑えてきながら、声を抑えさて補足してくれる。なので、僕も抑えられているウチの声は小さくする。
「やつは、戦闘などできない。指揮経験はあるが、兵士訓練を受けていない」
「……は? 退役したような年齢じゃないでしょう? なんで……呆れた。そこまで判っていて騎士待遇で雇うとか、わざわざ給料を払った新米兵士をクビにしたいんですか?」
「いや、新米兵士の講師ではない」
「は?」
「ジャレッドの講師だ」
話をきいて、ヴァルトを振り払って叫んで席を立って、枢機卿に隣まで歩く。
「あんた、人の親ですか? 自分の子供にあんな無能の相手をさせるって正気じゃない!」
「そこまで言うか」
「言いますよ! 当たり前だろう!」
頭を抑える。意味がわからなくてふわふわと浮いてしまったような痛みを感じる。
「あいつの仕事ぶりを見たことがないからそんなことを言えるんだ! アンタは」
「…………あぁ、確かに見たことはないが指導実績は、いや、書類が疑わしいんだったな」
「そんなんだから、全滅しかけるんですよ」
「まて、その話は」
「待ちません!」
「その話はっ! 機密だ。人が多くいるこの場で話すにしても」
「この際だからはっきり言わせてもらいますよ? 僕に聖騎士をさせようとアンタらが躍起にならざるを得ないのは、例外的に僕が強いからじゃない!」
周囲のそれなりの地位の相手も睨んでみると、申し訳無さそうにして押し黙って深刻な表情になる。それは、本当にある程度地位の高い人ばかりで、ある程度地位が高くないと僕に対して強い怒りの表情を向けられる。
「例外的にアンタらのレベルが低いんだ。アンタらレベルの兵士を超える実力をもった市民は下町にいくらでもいる。外国の観光客は聖騎士よりもよっぽど強い。なんなんだ? お前らは、聖騎士も兵士も上から下まで戦闘能力が低いんだよ!」
頭に血が登ってまくし立ててしまう。
「普通に考えたら、別の場所や別の世代の聖騎士は僕よりもよっぽど強いはずだ? なぜかって? 俺の比較対象になっているのが、まともな訓練をしてない兵士ばかりだからだよ! 仕方がないだろう!?」
「えぇ、それはそうね。この20年で優秀な兵士が一気に戦死したり退職したから、有望な人が残ってないというのは、事実よ。ふふ」
場を乱しているというのに、ヴィヴィアナベルの母はずいぶん楽しそうに微笑む。なんだ、この人、僕よりも不適なんじゃないか?
「だろうな。上位層があまりにも弱すぎる」
「だけど、貴方より強い人はこの300年で5人も現れてないわ」
「あぁ? 300年も生きてきたような口ぶりだなぁ、エクサルご婦人よ」
「えぇ、私、これでも1000と……何年か生きているもの」
「……ん?」
「これでも歴史に名を刻んだ魔導師ですもの、寿命が歪む魔法などにはいくらでも触れているものよ」
枢機卿を見る。
「あぁ、そうだ」
「そういうのなのか」
「教育係はどのみち追い払うつもりだったのは私も同じ意見だったから、正直説得できなくて困っていたから私からは良いことしか起きてないなって感じだけど、指導員がいなくなるから、私からお願いがあるんだ。貴方、私の息子と娘の先生をしてみない?」
なんだ。全員驚いているよ。そうだよね。僕も困惑しているよ。この場の全員が同じ気持ちになったよ!
「報酬は弾むわよ!」
なんなんだこの人は
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