1年目、4月
遠征なんて、兵士だけが動けばいいってわけじゃない。距離や人数に応じて、各種道具の職人と運ぶための馬の世話係から業者、それこそ馬の鞍を応急処置じゃなくてその場で直せて、売ってくれる商人。商人で言ったら現地に動かせる権利をもっている代理人が同行したり、お金も大きく動くし、それに比例して戦闘とは関係のない市民が遠征軍に物を売ろうとしたり、連れて回ったりするものだ。
「うぅ、グロッキー、頭いてぇ」
「船酔いかい? 坊や、無理に立たないほうがいい。食べれるなら粥も持って来るが」
「いえ、船酔いじゃなくて、疲れてしまいましてね」
「あぁ、そうだな。最前線はずいぶん混乱していいたようだから、大変だったものね。現に、君は親と別の船に乗ってしまったようだ」
「あぁ、はい。そうですね。路銀を持ってたから助かりましたが、お父さんは荷物をちゃんと持って帰れていればいんですが、水ってどこでもらえますか?」
「あの混乱ではどうなるかね。君の親の運が悪くないことを祈るよ。私はこれでも船医も兼ねているんだ。君はまだ横になっていなさい。酷い顔色だ。水と、少し遅くなったが朝食の代わりの粥をもってこよう。わざわざ用意したんだ」
「あぁ、……じゃあお言葉に甘えて」
実際は魔力を一度に大量に使いすぎて体が疲弊しているんだ。あんな量の金属杭を発射したのは、産まれて初めてだ。マシンに普通にダメージが通じたのはいいけど、こんなの体が保たない。これを仕事にする聖騎士って大変そうだな。
近寄って、鎧を着込んだ船医の代理人が男性騎士かとおもったら年の重ねた女性の騎士と臭いでわかった。
彼女のシワ一つないカチカチの指でぬるい粥を木星のスプーンですくって僕の口へ寄せる。
「ありがとうございます。でも、自分で食べれます」
「そう? じゃあ、どうぞ」
そう言って、彼女は僕を粥が食べ終わるまでみつめ続けて食べ終わった器をゆっくりと下げて、優しい眼差して僕の頭を片手でなでてくれる。
「そんなに子供あつかいしないでください」
「ごめんなさい。気を悪くしたかしら?」
「いえ、なんか、申し訳なくて」
「なら、気にしなく良いわ。私はこれでも軍で働いている医者だもの」
皿を持って部屋の外に出る彼女の背中を見ながら、気恥ずかしくて横になった体に掛かっている毛布で顔を隠して目を閉じる。
なんであんな感じにしたのか。と思うと同時にアレ以上聞いても仕方がないことは判ったのだから、あの対応でも問題がなかっただろう。という噛み合わない感情が思考と感情をガチガチとすり減らしながら僕の中にある意志を曖昧だった部分を切り崩して行くかのように、違うものだったと過去に遡って確定させながら否定してくる。
◆
彼の周囲に居たなんか宗教的な要素をもった刺繍の服を来ている人や、スーツの人とか、騎士服の人も鎧を着込んだ人も、他にいくつかの質問もされるだろう。だけど、全ての神経を、五感を、認識を、自分の持てる全ての精神的なものと肉体的な要素を枢機卿とされた彼に向けて、僕はするべき質問が思うつかなくなったことに、……たくさんあったはずの言いたかったことを何も言えなくなる。
「ヴァルト、おぉ、ヴァルト。酷い火傷で」
「…………!」
「喉が潰れたようなので専門の治療するまでは声を出せないようです」
「そうか、ロセウス。ご苦労」
「それで、彼が……例の『太陽』を起こした少年なんですが」
「……彼が、若いな。そんなに強いのか?」
「エリュトロ枢機卿、彼の実力は私が保証します。全て、真実です……」
「ストック殿が言うならそうなのだろう……が、話の内容が内容だけにな」
「それで、彼が、その者です。枢機卿にお目通り願いたいと言ったので」
「君は……私に用があるのかい?」
「あぁ……うん、えっと」
「どこの所属の……」
「所属……違う……えっと」
「お知り合いではないんですか!?」
「あぁ、少なくとも初めて会った顔だ」
「僕は…………」
言いたいことがあったはずなんだ。だけど、本当はなにもない。僕にはなにもない。だけど、絶対に確認しないといけないことがあったことは確実に一つ、わかっているこれだけしか言えないんだ!
「枢機卿、アンタは…………いや、エリュトロ・チョートル・ジ・ヤ゙・エクサル、お前に聞きたいことがある」
「卿にそんな口の聞き方はッ」「止せ、邪魔するなよ……!」
全ての感覚が枢機卿の一挙手一投足へ集中する。
「フルプランカという女を覚えているか?」
予想外という表情。考えている。足が注目しないと感じない程度に動く、これは記憶の浅いところにはない。思案するという態度。
「…………」
無言。その中に手はわずかに震え、わずかに鼻先を触る。
生態的に無意識に思考しないように外される五感的な感覚も全て思考に動いているようだ。考えている。
精神感応の魔術が感じ取れた。
枢機卿じゃない。周囲の、僕に精神感応は防げても自分で精神感応が使えないことをこれ程悔やんだことはない。難しくても学ぶべきだった。
「もういい」
「……」
聞けない。
(覚えていないんだな?)
それだけの10文字に満たない質問を、思考した。それで十分だ。
それに精神感応でなにかしらの攻撃を受けている時点で、歓迎されていない僕はこの場にあいるべきじゃない。
「お! ぉぁ」
喉の潰れた騎士が文官の腕を掴む。
精神感応の魔術に使われる力の魔力がその袖から感じ取れた。もういいだろう。
「おい! きみッ」
僕は走り出しだ。もういやだ。逃げていた。
無我夢中で混乱している商団の船に混ざって適当なことを言って疲れた体のままなんとかかんとか実家の娼館に帰っていた。
そうだ。識っている。
僕は、あの男の隠し子なんじゃないのかって……もういい。確認できないのなら、忘れよう。お互いに、
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