0年目、3月
正規軍兵士と、この国では教会に認められた高貴な兵士を意味する騎士団所属騎士たちが、メディテュラニス連邦南の土地に向かうのに船を使うと聞いたので、なんとかして追い越せるなら陸路を使うしかない。
あんな大規模な行軍を追い越すには同じルートを使っては足止めさせられてしまう。
まず東に向かって陸路の最短ルートを目指すか。コーカサス王国と連邦の係争地を横切ってバルカン半島を経由して、遊牧民の大帝国の支配地域になっている砂漠地帯を西に向かって、ここはメディテュラニスの管轄だが監視の手薄なメディテュラニスの保有する砂漠地帯から連邦領内に何食わぬ顔で不法な手段で帰国して、騎士団を追い越すつもりだった。
それで、運が良ければ枢機卿の顔をひと目見て、いままで積もり積もった言いたいことを、一言だけ、なんとしてでも言わせてもらうんだ!
砂漠を渡りきったところで、カラカラになった水と携帯食料をやってくれそうな食事処でお金を払って補給して、携帯食では決して味わえない卵を焼いた現地の料理を頼む。貨幣は連邦内で共通だから、ここからはあまり補給に悩むこともないだろう。
「えっと、すません、店員さんここ最近の新聞ってある? あぁ、連邦の公用書式の……えっと、こっちでは何ていうのかな?」
「神聖教会発行の新聞でよろしいかな?」
そう言うと真っ黒な肌の男性がそばにある本立てから新聞を引き取って貸してくれる。
「えっと、大丈夫なんですか? その……火傷、日焼け?」
男性は眉をひそめた。新聞を置いてくれて会釈して進軍ルートの情報が記載されている記事を探す。なんか、怒られたように気になって会釈し直してみると、『あぁ』と、合点がいったような明るい声に変わる。
「そうか、最近いろいろあったからな、北の本国からきたのか。ネグロイドを見るのは初めてか?」
「え、ネグロイド? あぁ、うん、そういう概念は聞いたことがあるけど」
「まぁ、本国では首都くらいにしか住んでないとも聞くし、そういうもんかね?」
「そう、なんですか? 都会の下町に住んでたけど、見たことがなくて、すみません。そんなに見た目から黒いって意味とは……本当に、大帝国のアラビア系より濃い黒とはまったく」
「いや、いいのよ。うちらじゃアンタみたいなコーカソイドもあんま見ねぇし、目立ってるぜ? あんた」
「目立って……そう、ですか? そう、こっちじゃ分布比率が逆って聞きますけど、本当にそうなんですね」
「そうだね。……アラビア系って口に出すってことは、都会の下町でもコーカソイド系以外はみたことあるの?」
「えぇ、仕事で」
「ふーん、仕事、今南に向かった騎士団の連れてきた食事係かなにかかな?」
「……まぁ、うん……? いや、いやそれでもいいかな? うん、だいたいそんな感じ、商売ついでに稼げることがあればいいかな? って軽い気持ちで追いつこうとしてるんだ」
「そうかい、なんの商売をしてんのか、いや、そんな詮索することでもないな。目立つ視線はあるだろうがそこはお互い様だって気を楽にしていってくれ」
「えぇ、これは……あぁ、チップってことで、情報ありがとう!」
受け取った彼は怪訝そうに目を細める。
「今のどこで?」
「知らないことを知れた!」
「本当か……?」
「えぇ」
本当になにも知らないのだから、仕方がない。新聞を貸してくれた代金だ。
後続には追いつけそうだが、本隊に追いつくにはもう少し走るペースを上げた方がいいかもしれない。
◆
現在稼働している連邦の聖騎士隊は2組である。
これは、ニ組しか枠がないという意味ではなく、聖騎士として無辜の民を守る旗印にふさわしい実力を持つ者が二人と、それを支援する実力を持つ者のセットがニ組分しかいないということである。
それ相応の実力を持つ者がいるのなら、聖騎士隊はいくらでも増やして良い。
その任命権は連邦神聖教会の枢機卿と法皇、連邦市民議会、連邦貴族院、教会選挙の5部署が持ち、その全てが限定的な非任権を持つ。
それだけ価値のある名を与えられた聖騎士第一隊は、聖騎士第ニ隊に『お守り』をして命を繋いでいる有り様だ。
いや、第二隊も限界寸前だった。
当初の予定では100m級の超大型マシンを破壊、超大型と行動をともにする30m級の大型マシンを討伐して終わるつもりだった。
国境近くで確認され、大変危険と判断されたため遠征軍を組んで討伐に来た。
大変な仕事とは予想していた。
命を失っても文句の言えない危険な仕事とも、無数の兵士たちが防衛ラインを組んで、自分たちが役立たずの第一隊の分も働いて仕事を完了とする。不可能ではない仕事だと思っていた。
――……決して、そんなことはなかった。
100m級としか聞いていなかったマシンの軍団は雲よりも背の高いいくつかの巨体の甲虫のような外殻をまとった二足歩行の金属の巨人が大地を削りながら進む超大型のマシンが、
100体を超えてお互いに競争するように荒々しく北の国境へ迫る。
その背景は空の向こう側全てを覆い隠すほど巨大な金属の円盤が巨人が削った地面を吸い込み吸収し、30メートルどことか50メートルはある巨人をポツポツと排出し、ついでのように点のように小さく見える5m級の小型マシンも撒き散らす。
空に浮かぶその5枚より多く見える巨大するぎる鉄の空に絶望しながらも、全ての兵士に後退を告げる。
「ラッパが聞こえるんなら全員逃げろ! 俺達が全力でぇ!」
なにもかも手遅れかもしれないが、討伐しようと刺激してしまったことで我々は滅んでしまうのかもしれないが。
ロセウスの圧熱を持つ衝撃波と合わせて俺の高電圧を伝う火炎を、聖剣によって強化された町ごと焼き払うような威力に変えて連射する。
「頭を融かしても死なない! だが、融ける! 足元を狙え!!」
聖剣の力で強化されているとはいえ、こんな物を連発していたら、俺もロセウスも10分もしないうちに生命維持に支障が出て死ぬだろう。だが、そんなことを考慮する余裕がない。
油断していたか? といえば、結果的にそうだったとしか言えない。
海の向こうでマシンを凌ぐン・カィ王国の無事と、数年前にマシンを作ったエイリアンの全滅の知らせを聞いて、大丈夫だろうと思っていたから進軍してこんな結末を迎えてしまうのかもしれない。
「くそ、どうすれば!」
「まだ諦めるな! 勝てないと判断したなら生き残り、情報を持ち帰って対策を立てるまでの次の戦力に鳴るのが騎士の努め! 時間稼ぎでもなんでもいいから、一人でも多く帰るために最善の手を尽くせ!」
「あぁ!」
誰かが言った困惑に俺達と同じ隊員のロセウスは発破をかけて、俺はポーズだけでも折れそうな心と体を動かすために威勢よく返事する。
「走れ! 後退の足を止めるな! 全員だ! 逃げ遅れのことを気にする猶予はない! 急げ走れ全力で死ぬな!」
最前列の逃げ遅れた兵士たちが300mより大きい最前列の鋼の巨人に意識されることもなく、足元で削られた地面に巻き込まれて土煙に混じった赤い飛沫になって消えていく。
「第一隊! アンタらは全員枢機卿たちを連れてる隊と一緒に戦線を離脱しろ! 第ニ隊! 全員熱源の持つ魔術で最前列の膝を狙うぞ! いくら分厚くても熱で融けるとわかるならそれを狙う!」
本来強い立場の第一隊の返答も待たず。
第二聖騎士隊隊長のストックが声をかけ、構えた聖剣で光をまとった斬撃を飛ばして、頭が一部雲で隠れて見えない巨人の片膝を潰し、真横に転倒させる。
「うおおおおお、死ぬ気でいくぞおお! 一秒でも多く動きを止めろおお!」
奴が転んだけの余波で逃げる数万を超える部隊員チリカスのように吹き飛ばされるようにバラバラに弾かれてゆく、俺達は土埃から魔術で喉を守りながら、熱源になるような魔術を放ち、放ち、連射する。途中から仲間と座標を合わせて、もう一本でも膝を融かそうと躍起になる。
そんなことに意味がなかったというのに、だ。
最初にころんだ巨人に巻き込めれて次にころんだ500メートル級の巨人が転び、更に後続の巻き込まれた巨人が地面に這う。その転んだ巨人の一体が腕を振り回し、砂のように沈む大地をクロールで泳ぎだしたのだ。
比重が違いすぎる。
彼らにとって、この大地は歩くよりも泳いだ方が楽だったのか。
耐性を立て直すことなく泳ぎ始めた巨人はほんの数十秒で逃げながら魔術を発射し続ける俺達をその外殻で守られた手のひらで潰そうとする。
おちてくる手のひらの赤色は、同僚に流れていたものだったのか? 知るか! これまでか、もう、どうしようも……。
うるさく、耳鳴りと聞き間違えるような高い音が聞こえた次には、低く、大きなものが潰れていくような音で耳がおかしくなりそうだ。
目を閉じるその瞬間、東の空にオレンジ色の光る何かが放射線を描いて光り輝いたように見えた。
目を閉じた次の呼吸をしようと息を吐き出した頃、俺の俺の喉は吸い込んだ熱を帯びた砂で潰されそうだ。
魔術でも防御できない。暴力的な衝撃波も気管支をずたずたにして呼吸すらむずかしく、声が出せない。
死んだから声が出せないのか? わからない。死んだというのに意識があるということは冥界の神の下へ魂が運ばれるのか? なにも、知らない。宗教を学んだところで、本物は誰も知らない。そんなことは知っていても人は心の平静のために宗教を信じる。
「聖騎士ってこういうのも相手する仕事なんですね?」
どこかでみたような見た目の少年に目を奪われる。その後ろに落ちてくる金属色の手のひらが大きすぎることに違和感もいだけないくなるほど、西日を遮る影に入った少年のばにぞぐわない。恐れも知らない『不敵』な影に、視線が釘付けになった。
「誰……?」
「えっと、はい、ははは。誰と言われても」
立ち上がったストックが口にした疑問を少年は笑ってはぐらかす。
「勝手にここにきたら、やっぱ怒られますかね……?」
なぜ、巨人の手のひらのに潰されていないのか、俺は五体満足だ。
少年の影の向こうにある手のひらについた赤い染みがさきほど俺に向いていた泳ぐ巨人の腕と気づいたのは、少年が影から出て、南に迫るマシンの群れに対峙した後ろ姿になってからだ。
「それどころじゃないだろう。持ち場も何も……」
「あの、そう思ったんです! だから、人手が足りないみたいなんで勝手に手伝うんですが、その、助けた分、お願いがあるんですが、その……いいですかね?」
満身創痍のロセウスに彼は入口を間違えたただの子供のような態度で頬をかく。
「なぃ…………を」
潰れて声もまともに出せない喉で少年に尋ねる。少年はどこか照れくさそうに
「枢機卿に合わせてほしい……です」
そう、要求して南の金属色の化け物し見えない巨大なマシンの群れへ走る。
空へ跳躍して行った少年に手から作られ、発射するそれは空を覆ったいた全ての円盤を空に架かる柱のように軽々しく貫き、墜落させ、地面を這いずる巨人たちを下敷きに、串刺しにする。
空への柱はオレンジ色に熱を帯びて、突き刺さったマシンの体を融かして崩れて地面に倒れるように沈む。まるで『空などそもそも支えるようなものではない』と当たり前の物理法則を語る賢者のように、
その大きすぎる柱は空に浮かぶ円盤も巨大すぎる鋼も、50mの化け物も、人より少し大きいだけの金属の塊もただの一つの的として貫き融かす。
少年が降り立つまでに、オレンジ色の杭は地面とマシンを繋ぎ、自ら重ねたマシンの躯の山に重ねた自らの熱で沈んでゆく。
少年が地面に降り立つと。300mを超える大きすぎる巨人の生き残りの全てが、7体が同時に跳躍する。
それらは全身の関節以外の厚みのある分がオレンジ色の光点でぶつぶつになって南の向こうへ吹き飛ばされ、大地へ落ちる。
オレンジ色の柱が真っ黒に色を失う。オレンジ色の光点で金属色の大地が上塗りされゆく。オレンジ色の光点が真っ黒になって、それが空へ架かる柱と同じものとわかった。
その光点の全てが、少年の指から弾き飛ばされた魔術の柱だと理解するのには、視界に映る全てのマシンが破壊されるまでまったく理解できなかった。
「少年、君は……誰だ?」
「えっと、そうです。王都から枢機卿を追いかけてきました! クロヴィスって言います」
少年、ルイスがクロヴィスと偽名を名乗ったその時の戦役で、聖騎士隊を含めた遠征軍はたったの一体のマシンも討伐できなかった。
だが、世間ではこの遠征の成果は大々的にこういった風に報じられた。
【
枢機卿率いる遠征軍、尊き500名もの兵士を犠牲にしながらも大勝利。
猊下、犠牲者に追悼。もっと被害は抑えられなかったのか?
聖騎士隊、超弩級飛行型マシン8体! 超大型マシン31体! 大型マシン1127体! 小型マシン889体を討伐! 歴史上最大の戦果! 】
この歴史的と言える全て戦果はたった一人の少年のものなどとは世間は知らずとも、世界はそのままではいられない。本当に大変な事件だった。




