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0年目、2月

 どうして予想できなかった。追いかけて引き裂いて飛び散った血溜まりの上、本懐を遂げた僕の中になにか一つでも、残るモノがあるとはまるで思ってもみなかったのだ。いや、考えないようにしていた。だから、ミリアの想いから逃げて復讐にのみ全てを絞ったのだ。

 僕は神様なんかじゃない。なんでもかんでもできるとか、奇跡を起こすとか、そういうのは専門外だ。疲れたってのに、

 うなだれて、冷たくなっていく体を奮うことも立ち上がることもままならず、生き残った人影を向こう岸のように遠く見える。遠い、彼女は誰だ? 助けた人質だろうか? 違う? わからないや。

 膝をついて埋もれそうになる自分のものであった体は投げだされた。瞑った瞼の裏に写るのは聖騎士隊に入るために競い合った仲間との、友との偽りばかりの三年の日々でばかりで、こんなにも彼らとの思い出に後悔が残るとは全く思っていなかった。いや、違うだろ。思わないようにしていたんだって、気付いたばかりじゃないか。

 寒いな。

 ……お母さん、ミリア、また、その手を握りたかった。

 いまさら、僕はこんなことを、…………

 きっとここで力を果たした僕は、歴史に名を残す友の裏で歴史に名を残すこともなく死んでいくのだろう。……いいんだ。きっと、彼らは歴史に名を刻む騎士になる。僕は唐突に現れてすぐさま姿を消して歴史の闇に消えてゆく、それが、いい。

 別にいいことばかりじゃないか。

 彼女たちと違って僕に転がってきた責任などは本来あるべきで運命なんかじゃなかったのだ。無いという、運命があるべき形に戻っただけなんだ。なのに、なぜ未練が残るのか? 僕に未練を持つ資格など、初めは無かったはずだ。

 だけど、瞼の裏に懐かしさを見出すほどに、思い残すことは無いと思っていた人生にはいくつも、思い残しがこびりついて剥がれないことに気づいてしまった。手遅れなのに、

 金属板に焼き付いた焦げのような思い出は、意識が薄れていく僕の中で、美しく見える。鈍く、暗く、浅く、なのに魂に張り付いてキラキラしている。

 なんてこった。なんで今になって気がついてしまうんだよ僕は! 別にどうってことなくて良かった。歴史に残らなくてもいいから、そんなとはどうでもよかった。

 ただみんなの記憶の中にだけは僕の姿が残っていて欲しかった。それができないなら、あの時に時間を戻して、別れを挨拶をするべきだった。

 あぁ、なんであの時は怒ってしまったのか、あの時はあんな極端な態度を取ってしまったのだろうと、あの時は相手の苦しみを分かってやれなかったのかと、自分の青さがどこまでも嫌になる。

「…………――――――! ……起きてルイス。ルイスっ……クロヴィス・カンビオン!!」

 薄れゆく感覚の端っこでまだ僕の偽名を呼んでくれる誰かが近づいてくる。ごめんなさい。フェルメイア、こんなことになるのが怖くて、君の想いには応えられなかった。

 こんなことになってに後悔するんなら、もっとみんなに優しくするべきだった。

「――――――――――――――」

 聞こえない。怒っている? 泣いている? でも懐かしい声だ。どうせ最期に聞こえたのがフェルメイアの声でよかった。

 違う、違う! 誰だ? そうだ。そこで泣いているのはフェルメイアじゃない……!?

 ケンカして、投げだして、勝手に出て行った僕は、ここで死ぬのだろう。彼らもきっと僕の事なんて忘れてしまった。もう二度と会えないと分かっていたはずなのにもう一度、会いたい人ばかりだ。

 後悔ばかりが、まぶたに写り、思い出されるその全てが、僕の人生が泣きそうなほど幸せだったことを噛みしめて、僕の意識は……満たされない気持ちのまま、何も無い場所に…………落ちてゆく。……きっと、そこは、天国でないと……思う。だけど、――――――まだ。


 ◆ ◆


 僕の住む娼館のある都市郊外から人の脚でも半日とかからないとはいえ、わざわざ馬を走らせて首都まできて、滞納金を取り立てるのだ。

 裁判所からの差し押さえ許可証数件と商工会の仲間の手を借りるのだ。この時間の分だけ損をしている以上、払うものは払ってもらわないと困る。

 だから、こういった行為は商工会の参加商店同士で腕っぷしに自身のある人を出し合って、共同で取り立てることが確率を上げる手段としての通例になっている。

 とはいっても、ことを荒立てる気も無いので、向こうの名誉のために僕は飾り立てた仮面を装着して、顔見知りにはほぼ分かるであろう適当な仮装で取り立てるために応対に望む。

 この姿は良い。男とも女とも子供とも大人ともまったく理由のつかない僕が艶めかしい女にも貴公子にも見える舞台衣装のような服装だ。威圧感はとても強い。

 一軒目に、議員の親族の邸宅を訪問し、要件を説明すると警備はぎょっとして、裁判所の認可状を見せるとついに慌てふためく。出てきた老夫婦は契約に使用した書状をみせると「分かっていましたよ」というような困った反応であったが、大人しく払ってくれた。

 このような品良い老人を領収書をとった私の住む娼館で相手した覚えが無かったので娼館の領収書と延滞金を素直に払ってもらえることに、どうも違和感を感じていたら、警備の剣士が呼びかけた名前から使われた身分証明書はこの老人の名義ではなく、どうも息子が娼館にきて遊んでいったという話かもしれない。

「息子にも困らされたものだ」

「私達としては、貴方に払われてもらえて助かったものです」

「ふん、まぁ、そうだろうな」

 仮面もあるが、娼館務めはいい印象は持たれないみたいだ。いや、商工組合会のマークを馬車につけているから、最近の政治のことでよく思わないのかもしれない。だが、僕にはどうでもいい話だ。

 組合が力ももって議員を擁立するようになっているからと言って、僕の生活は僅かばかりしか変わっていない。やりたいやつがやればいいのだ。そもそも、議会選挙など高級市民権を持たない一般市民からしたら関係のないことなのだから、


 その後の数件目、居留守を使われたので書状の写しを手に邸宅に侵入したら本人と出くわし、殴り合いになった。それはいいが、そのうちの一件、剣を振り落としてきたバカが居た。

 狭い場所では躱せないので、僕の魔力から鋼の属性因子を生成した金属棒で剣を受けめる。

「なっ!?」

「硬いだろ? これ、こうみえて名刀並みに多層式の金属なんだ」

 煽ってから家財道具ごと、剣も男を凪いで壁まで転がす。

「俺たちは取り立てやだよ。娼館の滞納金があったから、差し押さえにきたんだ」

「アナタ? 娼館って」

 叩き折れた剣の上に領収書の写しをひらひらと落とす。

「し、知らん! 私は娼館など使ってない!! どこにあるかも知らん!」

 奥さんが子供を抱えて隠れていたみたいだ。正直、この父親が悪いとはいえ、手荒な真似はしたくなくなる。

「知らない? そうかじゃあ、俺は?」

 無駄にきらびやかな仮面はずして微笑むと、男は明らかに動揺してひきつる。それが妻に視られたんだ。僕からできる説得はここまでだ。

「じゃあ、払ってくれる気は無いみたいだし家財道具の差し押さえを始めてくれ。壊れた魔道的な家財道具は文句行ってくれるなよ? 旦那さんが勝手に暴れて身を守った結果なんで」

 奥さんがグラグラと泣きわめき、旦那は青い顔で茫然自失となって商工会の仲間が作業していると奥さんが奥に駆け出して、戻ってくると貯金なのか硬貨の詰まったツボを2つもってきた。

「これで、足りますか!」

「……数えますね。みんな、一旦差し押さえやめて、こっちを先に数えよう」

 商工会のみんなと数えていたら1つ目の半分も超えない内に滞納額を満たして返済は終了した。

「はい、これで全額です。あとは返却します。こっちは領収書です」

 そう言って硬貨が目減りしたツボを奥さんに押し付ける。

 奥さんはなにも言えずに泣きながら旦那の胸を叩く。……いやだな。この奥さん旦那大好きじゃん。子供がなんの感情もない目を向けてるし、言っておくべきか?

「奥さん? 誤解されているようですが、旦那様は不貞行為をしたかもしれませんが、相手をしたの私ですよ」

 はっ、とした奥さんがすでに仮面を外している僕を視て、目をパチクリさせて目をこらす。なにか言う前に言っておこう。

「見ての通り、生物学的男性です」

「え……っ、は? 女性、じゃなっ……」

「なので、それを不貞ととるかは奥様に任せます」

「…………は……」

「領収書を御覧ください、使用も一回です。これは、私の記憶が確かなら彼の同僚に連れてこられて、押し付けられて入ったためだったかと」

 嘘だ。旦那は僕を買うつもりで自分で入ってきたんだが、旦那も驚いているような変な顔をしているが、無視。相手する価値はない。

「誘ったお客様に関しては秘密は護るのですが、旦那様は滞納されたので口を滑らせました」

 言い訳もしておく。

 奥さんはしばらく反応できないようだ。実を言うと利用額もそんなでもないので、なんで剣を向けてきたのか理解できないでいる。僕らは退散するとしよう。

「では、我々はここらで帰らせていただきます」

 頭を下げ暴れたぶん散らかった屋奥を後にする。


「ルイスは、優しいな」

 皮肉なのか素直な感想なのか分からないが、やや的はずれなことを馬車の中で商工会組員の兄ちゃんに言われたものだから、なんか言っておく。

「そうかな? 確かに、奥さんに憐れんだ対応ではあったけど」

「剣を向けられたにしてはどうしても、憐れむだけの余裕があるとな」

「そりゃ、あんなんでも僕は死なないし、でも剣を向けられてムカついてはいたんだよ?」

 馬車をとめ、仲間の別件の書類提出のためにしばらく停車する。

「そうなのか?」

「じゃなきゃ、旦那の性的な趣味をバラしたりなんかしないよ」

「あぁ、そういえばそうだな」


 ◆


 一応、ガラの悪いアニキどもが群がる娼館だって言っても、許可を得て営業しているし、郊外の裏町にあるとはいえ真昼間は営業できる法律ではないので、敷地内で大して人もこないレストランを営業してお茶を濁すようなことをしている。そのレストランの随分軽い扉を押す。

「ただいまー」

「おかえりなさい。早かったじゃない」

「うん。みんな聞き分けがよかったからね」

 お母さんに言ってから最初の一件以外殴り合いになったような気がしたけど、僕の魔力量を錬気で肌に固めたら怪我の一つもしなかったのだから、そんなことは無かったものとして扱っても、その通りだろう。

「どうぞごゆっくり」

 2,3名くらいしかいないお客様と目があった気がしたのでしなやかな挨拶をして笑いかける。

「女将さん、これが銀行の確認書類」

「はいよ。……うん、お疲れ様。夜はどうする? 疲れているなら休んでもいいけど」

「今日もいつも通りやるよ。休まないよ」

 客の一人が僕に熱い視線を向けていることに気づく。ふむ、今日は彼がお客様かもね?

 熱い視線を向け空の皿を前にする彼の席に相席してみると、彼は僕が男だと気づいたのか、急に冷めたような目をして懐からなにかを差し向ける。

「どうです? 今夜は僕といかが、僕は男ですから操を汚すことはありませんよ」

 言うと、懐からでてきた一枚の紙に書かれていた内容は新聞の切り抜き。見出しには

【神聖教会、南部地方エイリアン征伐に聖騎士隊全出撃】

「この遠征に政治面の代表として枢機卿も随行する」

「えっ! ……あぁ、そういや前にそんな依頼出したな。報酬は」

「いや、報酬はいらない。君が枢機卿に会ってくださることが重要なのだ」

「依頼じゃない? ……お客様は」

「客でもない。君にこの連絡をできたら帰るつもりだった。私はこれでも、魔道師の研究組織、教導会で預言者と祭り上げられているだけのただの探求者だよ」

「?」

 反応を返す前に自称他称預言者は席を立って女将さんに会計をすませて店を出ていく。

「枢機卿が……」

「ルイス、さきほどの方となにを話したの?」

「いや…………」

 驚きで胸が飛び上がりそうになるのを無理に抑えて逃げるようにカウンターを通って、娼館を取り仕切る女将さんの隣に立つ。

「ごめん、お母さん、すこし旅に出る! 運が悪いと一ヶ月くらいかかる!」

「え、どうし、あの人になにを言われたの!」

 考えるが、なにも言い返せない。

「女将さん、すこし耳を貸してください」

 男から、遠征に枢機卿が参加することを聞いたと話す。ただそれだけで、女将さんは首をかしげる。

「それ、本当なの?」

「……分かりません」

 女将さんは考えると。一度奥に入って、硬貨が入った厚みのある袋を手渡してくる。

「わかった。二ヶ月以内に帰ってきなさい。あと、これは選別よ」

「……帰ったら帰します」

「小坊へのお小遣いだと思ってくれていいわよ」

「ルイスをどこに行かせるの!?」

「ごめん……お母さん」

「ルイス坊や、フルプランカを泣かせないように、危険なことはできるだけしないでね? あと、説明は私はするから、ちゃんと母親と向き合いなさい」

「…………」

 そんな、なんて言えば、

「それが条件よ」

「……はい」

 心配そうなお母さん。昔は無かったシワも少しできて、借金もあとわずかなのにこの年で、娼婦を終えて後をどうするって考えているのか、……僕なんて足枷を産まなければもっと早く借金も返せて、苦労もマシだっただろうに、僕を愛してくれたお母さんに……。お母さんのために、

「ごめんなさい。これは、引けないんです」

「ルイス……?」

 何も説明できない。説明したら絶対に否定されるから、感情のままに抱きしめるだけしか、何もできない。邪魔に面倒ばかりかけた僕を心配してくれてありがとう。だけど、

「そうね。ルイスも男の子だもんね。……うん、可愛い子には旅をさせろって言う人もいたんだもの。そうね、……いってらっしゃい」

「行ってきます」

 それから僕は外出着のまま出発し、お小遣いの路銀を懐に南の大陸へ旅に出た。

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