守るための正義
2つの足音、片方は子どもの歩幅でもう片方は靴底に金属を仕込んだ軍靴らしい大人の歩幅。多くの項垂れて呻き泣くその声が通路の向こうまでびっしりと聞こえる。常に監視の警邏隊が目を光らせる簡易的な拘置所の土の上で、眠り二人の子供を抱きかかえて、入口の直ぐ側のその檻の前で止まった足音の子どもの歩幅に方へ彼女は睨みつけて、少年が口を開くのを待つ。
「母さん、その……父さんが」
「…………」
「父さんが死んじゃったよ……」
「それで……よくも」
「え?」
少年には母の怒りが理解できなかった。
「よく私達の前にその面を出せたわね」
「母…………さん?」
少年にとって正しくあろうとすることや、義理を重んじることや、理屈の筋を通すことは母から学んだことの一つなので、上手くいかなかったことを咎められても、怒りを向けられるなどとは微塵も考えていなかったからである。
「家族を売って、それでいくらもらったの?」
「売ったってなにを言って……?」
「仲間を金で売ったんだろ? だから、お前は檻の外にいるんじゃないのかい?」
「そんなわけがないだろ!? 俺はただ、正しくあろうとして……なにもなくても密告をしたんだよ!」
「なにもないなんてそんな話はないでしょう。どうせ金に目がくらんでキッカーファミリーの皆さまを売りに言ったんじゃない?」
少年の横にいる騎士、ヴィンセントはもう引き返すべきではないかと考えたが、これは家族の問題なのだから、どこまで自分が責任をもって面倒を見れるかを正確に言えない、他人の話なのだから言葉に迷って何も言わなかった。
「違う、俺は! みんなに人殺しになってほしくなくて、父さんや母さんがいつも言ってたみたいに正しい有り様でいたら、って!」
「その正義感を満たして満足? ケイリーはそのみんなを裏切って、満足したのかって聞いていんのよ! その満足感が正しいって本気で言えるのかって言っているのよ!!」
「俺は……俺は、あんなの上手くいったらどうなるって思って……」
「うまく言ったら誰も捕まらなかった。あんが余計なことをするから……!」
「俺は……っ!」
カツカツと、掘り建てられた簡易の拘置所へ軽いような、早足のような足取りで青年が迫り、笑い声を上げる。
――――――ハッハッハー! 「笑わせてくれるじゃないか!」
その声に関して笑う顔には酷く、悲しそうに、怒っていそうに、歪んでいた。
「よく言えるものだな! 今回、死刑になりそうなのは逃亡に成功した一部だけで済みそうだって言うのに」
ケイリーの母は不敵な態度の彼に不快感を隠さない。身なりの言い上着を羽織っていることからも特権階級であることを伺わせる彼に敵意をむき出すことを顔から隠す気もなく滲ませている。
「なんだあんた?」
「僕が誰かなんて重要なことじゃないだろう? 重要なのは、ケイリーくんは間違いなく、正義を貫いた。それを母親は卑怯にも責め立てる。そういう子供を見てられないという人並みの親心が私にも湧いていくということだよ」
「偉そうに、裁判官かなにかか?」
「私は裁判官ではないが、事実としては、ケイリー君の行いを偉いというのた正しい言い方だ。そうでなければ、死刑になった人数はカヴァデイルに爆殺された被害者よりも多くなっていたと明言させてもらうよ」
関係のない檻がの誰かが芝居がかって張りのある僕の声の『死刑』という単語に恐れをなして、単語だけを反復して動揺が広まる。
「裁判官次第では、知っていた者も知っていた内容次第で死刑にもなっただろうね」
他の檻から慄いた悲鳴が上がる。
だが、聖騎士は演説をするように演技がかった言葉を歌うように叫ぶ。
「だが、ケイリー君が正義を守ったことで死ぬ数はずっと減った。どうしようもない悪人の数もずっと減った。それは間違いのないことである。虐殺と流通に対する攻撃行為でも、既遂と未遂では罪の重さは天と地のほどあるということさ。君たちの多くが罪に問われることも稀であるだろう。しかし、関係しているものが紛れている可能性が高いがゆえにこうして、拘束させてもらっている。これは本当に申し訳ないと思うが、そうしてでも正義を守らねば我々も悪に手を染め君たちを殺す判断をする為政者がいるかもしれない。そういうリスクを」
「正義を守ってなんになる!」
「なに?」
「正義が私達になにかしてくれるのか!? それで腹は膨れるのか!」
演説を遮って、ケイリーの母は疑問を投げる。が、聖騎士は相手にしていないようだ。
「意味がわからないな!」
彼にとって、『正義が何かを守る』という理屈が本当に理解できないのである。
「正義は何も守れないよ。守らないと簡単に崩れてしまような砂上の楼閣なのに、そんなものに何が守れると勘違いできるんだ?」
聖騎士は胸を広げ、言葉も結べず、涙と鼻水で汚れた少年の顔を隠す。ケイリーはその胸にしがみつき、聖騎士は彼の背を撫でる。
「ケイリーくん君の勇気は間違いなく聖騎士として私が認める。同調圧力に屈せず間違いを正そうとして、それでも守れないものも確かにあって、だが、確かに守れたものがあることを忘れるな」
聖騎士はもはや、母親には興味がないのか?
「お前がその正義を守ったから無差別殺人鬼にならなくて済んだ多くの人がいる。それで未来には死なずに済んだものと、仲間割れして死んだ多くの人もいる。それでも、多くの人を悪人にしなくて済みそうなのは、ケイリー。君が守ったからだ」
カヴァデイルのことを仲間割れと斬って捨てる。詭弁だが、事実とも言える。
「正義は何も守れないけど守るために必要なものだ。それを、覚えてほしい」
「アンタ、ケイリーをこの後どうする?」
「どうするだと?」
「裏切り者とか言った息子をどうせ、大事にしないだろ? くれよ。彼の養育権」
「……そんな奴、お前にやる」
「ケイリーほどの天才はそういない。後で書類を持ってくるから、頼むな」
この後すぐ俺は、この胸で泣きじゃくるケイリーの身元引受け人になった。
これからカヴァデイルを見失ったら西の総督府に戻って、娼館でくらしている僕じゃ面倒をその場所でみるってわけにはいかないから、どこか、……ニミーブ家の刀匠蔵か、あそこの知り合いの信用できる騎士に預けるか……?
そういえば、魔弓が本国から届いたって聞いてたけど、たぶん、それは仕事で使ったことのある魔弓か、それのコピーだろう。
それそのものだとしたら、ジャレッドのために新たに魔剣の技術を利用した魔弓を作られたってことになるけど、それは考えづらいし、既存の魔弓のコピー品が届いたと考えた方が確率が高いだろう。
なんだ、どうせ、今回も、カヴァデイルは包囲網を逃れるって思っているのか。
そう考えながら、ケイリーをベッドに寝かしつけた夜に、眠れない体を少しでも休めるためにイスに座って目をつぶって、騒々しい仮眠室の外の足音と声を聞き続けた。
産まれてから育った環境のせいで慢性的な中毒症状なんだろうけど、女性向けの催淫剤の香の香りが無いと眠れないっていうのは、毒性が弱いとは言ってもいずれどうにかしないとな。別に珍しいものでもないが、どこで使ってもいいような薬剤でもない。だいたい女にしか聞かない薬を男にやっても薬害しか残らないだろう? いつか、時間があったら、…………、眠れるようにしないとな。
――――バンッ、たたき開けられた扉から入った男に立ち上がって剣の柄に手を添えて向き合うが、見知った顔なので指外す。
「クロヴィス! 知らせだ!」
「おう、ヴィンセントさん、なんだ?」
駆けつけたヴィンセントさんに騎士団とカヴァデイルの交戦で300人規模の部隊が壊滅したと知らせを聞いて、いくつか命じて目的地まで駆け出したのは僕だ。
◆ ◆




