狩り開始
狩りとは戦いではない、一方的な蹂躙である。
ラズベリーの花言葉は、「愛情」「深い後悔」なんて字面が並ぶのに、ガキの頃に聞いたその投げかけられたその言葉が孕む意味は違う。
朝に作り置いたジャムを便に詰めて、仕事のための外出のカバンに乾パンと水筒と一緒に、カバンに詰める。カバンの中に、銘の入った短剣が邪魔になると思った。だからだろうか?
この短剣を僕がコート裏の胸にしまうのは思い入れではなく、仕舞う場所がないからだ。そんな誰に聞かせることもない言い訳が脳裏でこびり付いて剥がれないのは、
単身、荒野を随分と移動して到着した集落は昼間だと言うのに店も民家も戸を立てて、まともに人など住んでないかのような姿を見せているが、窓のカーテンの隙間からこちらを監視する人の目がはっきりと見えて、隠れて穴にこもっていると言うよりも身を守り殻にこもっているような印象をのぞかせてくる。
締め切った扉の金属壁の隙間から、人の姿が見えたので、それが姿を引っ込める前に扉のヘリを掴む。
「あ、どうも、おはようございます。私、ここから南にある保安所に赴任しましたルイス・リックマンと申します」
「な、あんた……やめてくれ」
「なにかやめないといけないようなことがあったんですか?」
「…………」
恐ろしいものをみた目で、いや、同情か? そういう目を向けたか? いいか、そう思われても仕方がないことをしている。指を挟んででも思いっきり閉めようとする僕の手のひらに伝わる震えが、それが怯えなのか力みなのかなど、判別する必要もない。
「わかりました。離しますよ」
僕が手を離して、何も言わずに音を立てて扉を締め切る男の怯えは……うん。つまり、僕の目当てが居るってことだよな。
窓際に目が会った数人にも声を掛け
「最近まで無人だった南の保安所に赴任した若い騎士」と何度も陽気に吹聴したが、挨拶に返事したものなど一人たりともいないその怯えが全てを物語っている。
「私は向こうの保安所でいつでも皆様のご相談を待っていますよ!」
◆
夕暮れ、だいぶ明るい頃からなんとなく屋根に登ってまっていたが、思ったより日差しが弱かったのか、底冷え手死来るような宵闇が空に染み込んできた。
そのあたりで、夕飯の携帯食を咀嚼していたらもう足音が隠れてない。うるさいなぁ。隠す必要がないからだろう。周囲ぐるっと荒野の全方位から、集団の気配がする。
乾いたパンとラズベリーを砂糖で煮詰めたジャムを口に放り込んで、真水で口を潤す。
「そろそろだと思うが、どうだろうかな? みなさぁーん!」
既に大集合した丘の向こうの地形に声を響かせてみるが。
思ったより……と、いうべきかな? 推定100人だったはずだけど、いや、取り囲んだ気配が全部が実際に存在しているならここだけで300人くらいかな? 大盗賊団とでも言うべき、武装したごろつきが武器をとり、何人かは魔術を発射する準備を終えて視認できない位置から直線状へ姿を現して構えている。
「お前が新しい保安官だと? へへ、こんなところに送られるなんて運が悪かったな。それとも、なんかやらかして送られてきたのかな? くは、かわいい顔してかわいそうに」
「私には宣告する義務がある」
切り込み隊長? いや、周囲の視線からこいつが頭目かな? 盗賊団の規模は情報通りならこれが全戦力と思っていいかもしれないが、伏兵としてあと200人は予想した方がいい。
「せんこく? なにを」
「私は君たちに呼びかける。今すぐ命乞いをするならば、五体満足を約束しよう」
一瞬の静寂。そして沸き立つ、
――――爆笑。
「ガハハハッ! 命乞いだ!? 状況わかってないのかよ」
意味不明な発言をした子供を嘲る嘲笑。
「目が悪いのかな? 坊や、ここをいったい何人で取り囲んでいるとおもっているんだい?」
僕にはなにもできないという前提の罵倒。
「命乞いはお前のような弱者のセリフだろうがッ、ガハハ!」
見下した皮肉。
「カエルに命乞いをする蛇がどこの世界にいるってんだいっ、ククッハッ」
そうだ。
「それでいいなら、僕からはもう言えることはない」
そういった侮蔑こそが、今の僕に残った全てだ。
「これより、メディテュラニス連邦議会とメディテュラニス教会の聖騎士、『クロヴィス・カンビオン』の名のもとに」
正面の見える範囲で魔術を構えていた数名とその周辺に向けて、4本、片手で2本づつ魔力の塊を投げる。
爆裂と真っ黒な水分。人間から発生する水蒸気爆発。背面方向に魔力の感じ取れる方向にも向けて、棒状の塊に自力でジェット噴射をさせながら生み出して、一つの方面につき6本ずつ、だいたい20本以上を作り出す魔術を完了する。
「屠殺を始める」