96:美桜さん、記録会を観戦する
そして、あっという間に土曜日。沙良と遊菜ちゃんのレースを見るために、大学の最寄り駅に着いた私。すでにカフェラテを持って沙良を待っている。
「おいっす~」
声がするほうを見ると、普段通りの沙良が。思ったよりシンプルな格好で来て、私を少し驚かせているところはあるものの、まぁ、いつも通りか。と思ったところもある。
「うん、おはよ。楽しみそうな顔をしてるね」
「そりゃそうやん。女王の泳ぎが見られるんやから。こんな楽しみなことないで」
「それじゃあ、もうひとつ面白いことを教えてあげようか?」
そういうと、沙良は少しひしぎそうな顔をした。
「遊菜ちゃんと同じ大学から『新星エース』の原田直哉くんも同じ種目に出るらしいよ」
「う、嘘やん……。そんな贅沢してええの?非公認っていうけど、うちには贅沢やで」
沙良の顔は、来た時よりとろけていた。たぶん、仕事がしたいからお願いしたいっていうところを忘れているような気もする。
「まっ、オールタイム決勝だから、見られるのは一瞬だけだけどね」
「それだけでもええもん。マジで楽しみやな」
沙良はこの話を聞いた時から楽しみにしていたんだろう。ワクワクが抑えられていない。まぁ、このあと、オーバーヒートしないか心配なところはあるけど……。
というもの、ここから会場まで遊菜ちゃんと一緒に行くという約束を沙良には秘密でしたから。まぁ、この前、一緒にご飯も食べてるから大丈夫だとは思うけど、沙良のことだから、どうなるかわからない。
「あれ?美桜、行かんの?」
私と合流しても歩き出そうとしない私に不思議そうな顔をしていった沙良。
「もうちょっとだけ待って。カフェラテだけ飲んでしまいたい」
簡単な嘘だけど、沙良を止めるには、こうするのが一番だったりしてね。
待っている遊菜ちゃんも、あと少しで来るって聞いてるし、もう少しだけ遊菜ちゃんを待って、一緒に御幣島大学に向かおうよ。
そんなことを持っていると正面から見覚えのある影が走ってきた。もちろん、その影は遊菜ちゃん。
「み~お~ちゃ~ん」
今日も今日とて私に抱き着いてくる遊菜ちゃん。まるで小学生の子を相手しているみたい。その姿も遊菜ちゃんのチームメートと私、沙良しか知らない。
「ほんと、朝から元気だよね。私が参っちゃうくらいだよ」
「おっ、沙良ちゃんもおはようさん。二人で来てくれるんや。こりゃ、変なタイムは出されへんで」
そういう遊菜ちゃんの顔は、嬉しそうに笑っていた。力みはないみたい。私の場合は、記録会と言われても、頑張って記録を出さなきゃって固くなるところもあったから。そう思うと、レース前にこれだけフランクにしゃべれるってすごいよね。
そして、沙良には願ってもいなかった再会だろう。短い時間だけど、二人には、存分にテンションを上げてほしい。
遊菜ちゃんと合流した後は、遊菜ちゃんと沙良が前を歩き、私が二人のすぐ後ろを歩くような感じで10分ほど歩き、会場の御幣島大学のプールに着いた。
初めての感覚は、とてつもなく、広く、ただ、その一言だけ。
なんせ、50メートルプールに10レーン。公式会場としても十分に使えるほど。
もちろん、学生の練習用プールだから、プールサイドや観客席は少し小さく少ない。それでも私を驚かせるくらい。
「ここか……ミテダイフは」
沙良も、広さに驚かされているよう。開いた口がふさがっていない。
「ほんま、噂通りの広さやな……。こんなところで練習できるとか、最高すぎるやろ。うちも、一般でここにしたらよかったな」
まだ少し未練があるような様子を見せる沙良。何かあきらめきれないことがあるのだろうか。
「でも、うちは映像の道に足を踏み入れたんや。もう、後悔はないで」
そういう沙良だけど、自分で競泳に戻る道から、映像系の専門学校に行くことを決めたけど、まだ少し諦めきれないところがあるんだろう。顔はまだ少し寂しそう。
「あっ、そっか。こっちか。ごめん、ここやったわ、一般観覧は。にしても、ご丁寧にターン側やな。見にくいっちゃありゃせぇへん。ほんでうちらは真反対のスタート側やから、なかなか話されへんな。まぁ、しゃあないか。ほな、楽しんでいってな」
そういうと、遊菜ちゃんは私たちの元を離れ、駆け足で反対側に向かう。
「さぁ、記録会が始まるまでアップでも見ておこうかな。どんな選手がいるのか気になるし」
「ほんま、美桜は変態よな。普通、そこまでせぇへんでえ。どこまで見たいねん」
「本当だったら、練習から見たいんだけどね。……おっ、あの長身は原田選手じゃない?初めて見るけど、ほんと、背が高いよね~」
選手の姿を見るだけで、私のテンションは派手に跳ね上がる。これが私なんだよね~。と思いながら、場内を眺める。
場内では、かなりの人数が泳いでいるんだけど、それを感じさせない広さ。どの選手もゆったりと泳いでいるように見える。
「みんな、顔がリラックスしとんな。ガチのレースじゃない分、気が楽なんかな」
「かもしれないね。私も、大会って聞くより、記録会って言われたほうが気が楽だったし」
「で、変なタイム出したら顧問に怒られんねんな。もっと気合入れて泳げや!ってな」
「そう?私のところはそうでもなかったけど。公立の弱小校だったかし、顧問もそこまでアツい人じゃなかったし、緩くやってたし。まぁ、同級生で沙良みたいな水泳バカはいたけど」
もちろん、同級生の菜乃葉のことだ。本当に菜乃葉と沙良はキャラがよく被る。
「なんやねん、水泳バカって。さすがにひどない?その言い方は」
「だってさ、まるっきりいっしょなんだもん。癖とか容姿とか。たぶん、沙良も何回かあったことあるよ。ミアシスのライブにもちょくちょく来てくれるし」
「そんなん言われてもわからんわ。一見さんが増えてるのに、みんなの顔は覚えてられへんわ」
「まぁ、間違いないけど、それでよく乗り切れるよね?」
「まぁ、うちらの場合は、初回特典があるやん。そのときに受付で全写チケット渡すやろ?それで判断してる。2回目以上やと思ってた人が1回目やったら、『ほかの方と勘違いしたわ。もしあれやったら、受付で初めてです。って言うてみ?おもろいことあるから』っていうし」
「かわし方は完璧なんだね。それでもあんまりよくないやり方だけど……」
「それより、始まるまでもう少しちゃう?人も少なくなってきたし」
そういわれて場内に目を向けると、明らかに泳ぐ選手の数は減っていた。




