91:アンコール
時間をとっているのは、橋爪さんと林さんの着替える時間が必要だから。
私はすでに着替え終わって、頭の上に作っていたお団子はすでに解いて、普段の美桜に近い奈緒美さんになってる。
ミアシスでいるときの私は出さないようにしなきゃ。油断してると簡単に出ちゃうから。
「ごめんなさい。お待たせしました。映像はどこまで行ってるかしら?」
橋爪さんと林さんが同じタイミングで出てきて、すでにスタンバイできている私たちに聞く。
「今は、今日のリハーサルのところですね。あとちょっとで終わります」
「よかった~。なんとか間に合ったのね。さぁ、最後まで楽しみましょうか」
最初から最後まで同じテンションの橋爪さん。本当に楽しんでいるよう。
中盤の〈あなた〉だけは、本当にどうなるかと思ったけど。まぁ、持ち直してくれたから、結果的にはいいんだけどね。
さぁ、最後にもう一回夢を見せる番。最後まで楽しいひと時を過ごしてもらおう。
「はいはいはい、皆さんお待たせしました~!アンコールありがとうございます!もう少しだけ楽しい時間をともに過ごしましょう!このままの流れで〈Enjoy this time〉!」
これが本来の橋爪さんの姿だろう。ほんと、楽しそうにライブをしている。
さぁ、せっかくのアップチューンなんだから、私も盛大に楽しまないと。そうじゃなきゃ損でしょ。
曲のタイトルどおり、楽しさだけがつまった曲。というか、楽しいと思わせるフレーズしかない。
私も、コーラスやバックボーカルはもちろんあるけど、メインボーカルもあって、なおかつ、盛り上げるために煽るには十分の曲。たぶん、ダンスフロアと同じくらいやりやすいと思う。まぁ、メインボーカルがあるからって言う理由もあるからだと思うけど。
そんな、やりやすい曲を抜けると、私と林さんでフリートークのお時間。
「はい、ということで、時間というのはあっという間で、アンコールまできちゃいました。ただ、私たちもね、年寄りなんで、少し休憩させてもらいながらアンコールは進めていきますんで、そのあたりはどうぞご了承ください。さぁ、ということで、ステージにはサンシャイン最年少の奈緒美ちゃんに来てもらってます」
「イェーイ。先ほど振りです。思いっきり衣装チェンジしたんでわかんなくなっちゃいました?実はね、私、髪をおろすこともあるんですよ。でも、頭の上のカチューシャはね、はずすことはないんで、サンシャインはカチューシャをつけているのがナオミ、つけていないのがユカリちゃんと覚えていただけたらと思います」
最年少=由佳という数式が出来上がっているせいか、口調はものすごく由佳に近い気がしているけど、レトロフェスのときからそうなんだから、今更気にしていない。
「さぁね、もうあっという間にラストが近づいてきてますけど、どう?早かった?」
「ものすごく早かったですよ。もうね、ダンスフロアのラストサビと一緒で『まだ終わりたくない だって今からでしょ ほんとのメインステージの始まりは』って感じですよ」
「うまいこといってくれるわね。あとで座布団もって行くわね。さぁ、そんな奈緒美ちゃんだけど、今日はアクロバットに動いてくれたわよね。序盤から側転の連続で、〈ダンスフロア〉では、聞かされていないことを次々にやってくるし。楽しかったからいいんだけど、何されるかわからないからひやひやものだったけどさ。それにしても、ワンピースドレスだったのに、よくあれだけアクロバティックに動けるわね。ドレスの中が見えたりしたらどうしようとか考えなかったの?」
「ちゃんと対策はとってたんで心配は要らないですよ。抜かりないのが私ですから」
「あらそう?それじゃあさ、気づいてる人もいるかもしれないですけど、奈緒美ちゃん、Tシャツの前後逆じゃない?」
そういわれたところではじめて気づく。そして、場内は少し失笑が漏れる。だけど、あわてることはしない。ここはチャンスに変えられたら。
「あら。それじゃあ、ここで生着替えでもいいですか?」
なに言ってるんだろう、私。自分でも思うくらい馬鹿なことをしているんじゃないかって冷やかしの声を聞きながら思う。でも、いちいち脱がなくてもいいよね。だって、普段着る服のサイズより2サイズ大きいものを着ているんだから。
一回はやってみたかったぶかぶかのTシャツで肩だしスタイル。もちろん、自腹を切って、肩の部分を少しだけ切り取っただけ。ただ、普段着るサイズより大きすぎるから、透明の方紐でごまかしているところもあるけど。
「それじゃあ、お言葉に甘えて~」
とかいって、袖から腕を抜いて、シャツの前後を入れ替える。そして、さっきまではしていなかったんだけど、シャツの裾をへその辺りで結んで出来上がり。とか言っちゃってね。
もちろん、唐突な生着替えだったから、場内からは冷やかしの歓声が届く。
「……はい。これで大丈夫でしょうかね。ちょっとがっかりした?でもね、奈緒美さんはえっちなことを考えてる人は大嫌いなんで、へそちらで我慢してください」
「……はぁ。あきれちゃうわ。本当に何してるのよ。奈緒美ちゃんのせいで何を言うか忘れちゃったじゃないの」
「このTシャツのことなんじゃないですか?」
「あっ、そうよ。思い出した。その話よ。今私たちが着ているTシャツは、このツアー限定の商品になりますので、まだゲットできてないよ~って人はね、この機会に手に入れていただきたいと思います。……ってことでね、奈緒美ちゃんは、このシャツのどこがお気に入り?」
「うーん、そうですね。言うならば、このサイズですかね。一回だけでいいから、だぼっとした服で肩だしスタイルって言うのをやってみたかったんですよね~」
「何の話をしてるのよ。ほんとに。話をかみ合わせないようにするんだから。ほんと、やり取りに困るわ。私が聞いてるのはサイズの話じゃなくてデザインのほう」
うまく言ったね。ただ、林さんを困らせすぎかな。それに、時間を押している気もしてきた。ちょっとだけボケるのは控えようか。
「あっ、やっぱりそうでした?そうですね、真ん中にいる少女が照らされている太陽と月がムーンライトスターとサンシャインをあらわしていて、少女が復活する。そんなシチュエーションが浮かびますね。そういうのが好きですね」
「もう、私が言おうとしてたことを全部言われたし。たまにナオミさんはそういうところがあるから困惑するのよね。 でもね、少女が両手を掲げて光を浴びているって言うのが、まさに私たちよね。私たちがこうやって光を浴びることが出来たから復活できた。やっぱり、光というのは皆さんが私たちを照らしてくれてるのよね。……うん?自分でなにいってるのかわかんなくなっちゃった」
「ちょっと、林さん。疲れが見え始めてませんか?大丈夫ですか?」
「もうダメかも。早く次の曲にいっちゃいましょうか。続いての曲は私が詩を書いた曲です。思い返すと、まさにこの曲のとおりになったなと、しみじみ感じております。今日の、いや、今回のツアーは、薫の熱意だけじゃなく、サンシャインの皆さん、私たちをサポートしてきてくださったスタッフの皆様、そして、ものすごく長い間、復活を待ち望んでくださった皆さんのおかげだと思っております。熱意のあるライブ、誠意のあるライブになりましたでしょうか。長い空白期間を経て、ようやく戻ってまいりましたムーンライトスター。これからは皆様のために走り続けたいと思っております。どうぞ、暖かいご声援のほど、よろしくお願い申し上げます」
ちょっとしんみりした感じになっちゃったかな。ただ、場内からの拍手が暖かいことに救われる。
「さぁ、準備はよろしいですね。薫も、サンシャインのみんなも大丈夫そうね。それじゃあ行きましょう。〈見えない力、聞こえない力〉」
この曲は、ムーンライトスターから感謝を伝える曲になっていて、メインは基本的に橋爪さんと林さんの二人で、デュエットでサンシャインが入る。ほとんど振り付けなのには変わりはないけど。




