78:強がりと弱音
「何かすごい音がしたけど、何かあったの?……って美桜ちゃん、どうしたの?」
様子を伺いに来た程度の橋爪さんが、倒れている私を見つけると、心配そうに駆け寄ってくれた。その姿を見て少し弾みをつけて起き上がる。
「練習中の技があって、ちょっと失敗しただけです。特に心配は要らないですよ」
「そう?それならいいけど、あんまり無理しないでよ。あなたは見えないところで無理をしているみたいだし、事務所の代表さんからも、見えないところでの無理はさせないでくれって言われてるんだから」
どうやら、田村さんも私の癖を橋爪さんに伝えているよう。まぁ、今日から見える範囲の無理はしなきゃいけないことはわかってるから、見えるところでは無理をするけど。
「くれぐれも無理はしないでよ。市原さんも竹田さんもだけど、みんなそれぞれ活動があるんだから」
その言葉には私も「はーい」としかいいようがない。これで本当に怪我をしたらもったいないし。まぁ、今は隠すだろうけどね。
「まぁ、本番に間に合わないのがわかったんで、練習中の技の練習はやめますけどね。ちょっとでも時間があるときにって思っただけなんで」
「まぁ、それなら……」
「逆に橋爪さんは、なんでこのあたりをうろうろしているんですか?」
「まぁ、こんなに大きなところでやるのはものすごく久しぶりだからよね。自分でも経験したことがないくらい緊張してるし。その辺は美桜ちゃんと一緒よね。こういうのって、本番開始が近づくにつれて余計に緊張してくるよね」
そうなんだよね。私も必死にまぎらわそうとしているところだし。まぁ、背中から落ちたおかげで、だいぶ楽になったけどね。
「昔は、昭雄さんとかリーダーが引っ張って言ってくれてたけど、今回からは、私が引っ張らないといけない番だから、余計に緊張するわね」
「……気負わなくていいんじゃないですか?大舞台を経験していないのは私だけですし、なんだかんだでうまくやってきたつもりですし。楽しめたらそれでいいかなぁなんて思ったりもしますけど」
「やっぱり、美桜ちゃんはハートが強いわ。敵いそうにないわ」
「割り切らないとやっていけませんよ。こんなにすばらしい経験をさせてもらってるのに。緊張しているだけもったいないですから。さすがに、ミアシスの初ライブのときは、最初っから最後まで緊張しっぱなしでしたけど。まぁ、私たちも楽しみましょうよ。頑張るよりもね」
ミアシスのときの癖が大きく出ていて、弱気になっているメンバーがいれば励ますという姿勢。
このグループだと最年少なんだけどなぁ。そんなことを思いながら、一つ大きく伸びる。
「なんだか、美桜ちゃんがいると、元気付けられるわ。こういうところも、やっぱり千佳に似てるわ。ほんとに、何から何までそっくりだわ。さぁ、私はもう少しだけ客席やアリーナからステージを見てるわ。自分たちがどう映るかイメージしたいから」
「わかりました。もし何かあったら電話しますね」
そういうと、橋爪さんはまた外回りを始めた。
私はちょっとこのままでいて、ある程度したら控え室に戻ろうかな特にやることもないし、体を休めて、膝の状態もいい状態に持って生きたい。
……ここでじっとしているより、控え室でケアして備えるほうがいいか。さっきのリハーサルは少しステップをごまかしたところがあるし、動くより休息だな。
控え室に戻った私は、自分のバックから冷却スプレーと湿布、膝サポーターを取り出し、順番に膝のケアをしていく。
もう1ヶ月ほど続けていることだから、さすがになれたよね。それに、整体にも通いだしているから、だいぶましにはなったけど。
「お帰り~。早かったね。場慣らしはもういいの?」
「うん。あとは本番でどうなるかだけ。そこさえクリアできたら完璧だと思う」
「さっすが美桜ちゃん。めっちゃ強心臓だね。うらやましいよ」
気のせいかな。萌奈ちゃんの声が眠たそう。まぁ、お昼を食べた後だし、やることがないから無理はないと思うけど……。
「おっ、美桜ちゃんも戻ってたんだ。そろってるし、最後の確認でステージで確認しようか。橋爪さんと林さんがいる前でほかの曲!ってなったらスタミナが持ちそうになかったし」
「そうですね。萌奈も、今回がはじめての〈Evening Sun〉をどれくらい大きく踊れるか確認したいですし……」
「それに、一番は、エルベとアッセの殺陣のシーン。あそこだけ一度も合ったことがないから、そこが怖いんだよね」
あぁ。あそこね。コンサート中盤にある寸劇……。ここがどうも竹田さんとの息が合わないんだよね。
曲の振り付け自体は2人とも完璧なんだけど、お芝居未経験者の私がかなり足を引っ張っている状態。竹田さんは必死に合わせてくれるんだけど……。
やっぱり、週1回ながら、半年以上も一緒にサポートメンバーとして活動しているのに、息が合わないのは悔しいよね。
まぁ、私が悪いんだから仕方ないんだけど。
「美桜ちゃん、いきなりだけど、〈蒼いイナズマ〉からいってもいい?もちろん、体をほぐす時間は作るけど」
ステージについて早々、竹田さんが提案をしてきた。
体をほぐす時間は、さっきハンドスプリングの練習をしたからまったくいらない。
「いや、大丈夫ですよ。さっきまで〈ダッタン人の踊り〉も確認してましたし」
「やっぱり美桜ちゃんはタフだね。とてもできそうにないよ」
「何を言ってるんですか。今からじゃないですか。さぁ、時間ももったいないですし、早くやっちゃいましょうよ。私にとったら膝は時間との戦いなんですから」
「はいはい、わかったよ。それじゃあ、場所について」
竹田さんは少しあきれたように言うと、私だけ上手の舞台袖に。私だけここからスタートだからね。
この〈蒼いイナズマ〉は、フリートークからいきなり芝居に入るから、切り替えがなかなか難しいところではある。
私に関しては、今までの『奈緒美』を演じている中で『アッセ』という悪役にキャラ変更。ヘアスタイルと服装だけで、ころころ変えられるから大丈夫だと思ってるけど、今までの振り合わせとかだと、まったくキャラを変えられなかったら、ちょっと不安なところはあったりするんだけど……。
まぁ、心配してても仕方がない。割り切っていくか。
「あっ、美桜ちゃん、曲のところだけにしようか。そんな端から来られても声が聞こえないから」
足をステージ袖に向けかけていた私に竹田さんの声。
セリフも確認したかったんだけどなぁ。なんて思いながら足を戻す。そして、ステージの感触だけ靴底で感じたあと、振り付けの位置につく。




