69:強制水分補給
「さぁ、これで全員おそろいですかね。大丈夫そうですね。皆さんも水分補給は大丈夫ですか?ここで倒れても救護室はいっぱいで入れてもらえないかもしれないですよ。倒れない今のうちに水分補給しておきましょう。そうだ。ムーンライトスターもサンシャインも皆さんも一緒に水分補給しておきましょうか。今飲んだばっかりかもしれないですけど、念のためね」
そういって、全員分のドリンクをステージ袖から持ってくる。
「って、本当に持ってくる人がどこにいるんだよ!」
と思いっきり竹田さんからツッコミが入る。どうやら、冗談と思ってたみたい。
「さっ、ひとつずつとってくださいよ。皆さんもドリンクを準備してくださいね」
「これ、ほんとにやるの?ものすごいシュールな絵になると思うんだけど」
萌奈ちゃんがマイク越しにぼそっとつぶやく。けど、私は気にしない。だって、時間は少し巻いてるんだもん。
「MCの近藤さんも持ちました?スタッフの方も一緒ですよ~」
『僕も参加させられるんですか?というか、参加していいんですか?』
「こういうのはみんなでしないと面白くないじゃないですか。それに、ステージで6人がドリンクを飲むだけのシーンなんて誰も面白くないじゃないですか」
「どこまで遠くを巻き込むんだい?ほんとにこの子は。やることがわからないよ」
そんな竹田さんを無視して、私が号令をかける。
「せーので飲みますよ~。一口だけでもいいんで、しっかりとお願いしますね~。それじゃあいきますよ、せーの!」
でも、こういうのもありかなと飲みながら思った。観客を巻き込んで何かを一緒にするって言うのは、なんだか楽しい。
こういう暴走もいいかもしれない。
「みなさん、飲みました?これでムーンライトスターのステージは乗り切れそうですね。さぁ、……それじゃあ、次の曲にいく前に。スタッフさん、申し訳ないですけど、左から二つ目のブロックの一番後ろ急病のお客様いらっしゃいませんか?一度みてもらえませんか?」
遠くてわかりにくいんだけど、ずっとうつむいている人がいて気になってしまった。こういうのはライブ中にするものじゃないことはわかってるんだけど、どうしても曲中にざわつかれるのが癪に障った。
スタッフの人が何人か後ろに走るのが見える。そして、気になった人の近くに行くころに、私がまたしゃべりだす。
「はい、ごめんなさい。皆さんのお顔をステージから見てたらちょっとだけ気になってしまいまして。さぁ、気を取り直しまして、次の曲にいきましょう!続いての曲もムーンライトスターのレコードから〈虹〉です!」
トーク中だけミアシスの私でトークをした後は、曲に入るとサンシャインの香川奈緒美に戻っていた。そこから、ミアシスの私が出てくることはなく、最初のステージが終わった。
あとお昼と夕方に一ステージ残っている。
「ふぅ。お疲れ様。最初だったから固かったかしら?」
冷房の効いた控え室で汗をぬぐいながら橋爪さんがいう。
「すいません。少しばかり暴走してしまって」
「少しじゃなかったでしょ。あれはだいぶでしょ。舞台でもあんな経験はないのに。あれに関しては僕も焦ったよ」
私の反省に竹田さんが噛み付いてくる。
「でも、パフォーマンスで暴走しなかったのは意外だったな。ダンスフロアでもダンシングでも暴走してきそうな場所はあったのに」
「さすがに、ちょっと守りに入っちゃいましたね。まだ、ステージと観客数に慣れてないところが露骨に出てましたね」
「その中で確実なパフォーマンスができたのはいいことよ。次もお願いね。もちろん、水分補給の暴走はしてもらってかまわないから」
いたずらっ子のような顔で言う橋爪さん。その顔はまんざらでもなさそう。どっちかというと、楽しんでいたんだと思う。
「あとさ、よく一番後ろのお客さんが見えたよね。美桜ちゃんってそんなに目がいいの?」
「まぁね。ただ、ステージの最初からちょっとうつむいてたし、曲中も、上がっていた手の隙間からしんどそうに三角コーンで身体を支えていたからどうしても気になってしまって」
「でも、ステージの途中でざわつかれるよりはマシよね。そこはファインプレーじゃない?」
私がやったことが大きすぎて、ほかのみんながほめられていないのがちょっと気がかり。平等にほめてほしいんだけどなぁ。
そんなことを思いながら、次のステージに向けての準備をする。




