60:美桜さん、オファーに困惑する
そして、新年度に入って1週間。事務所に出勤してから午前中は基本的にメールを確認してばっかり。パソコンの画面を分割して、スケジュールとオファーメールを交互に確認する。
下から順番にメールを処理して、やっと最後と思って文面を見る。
最後のメールは日付や時間が書いてなく、何だこれと思って読み返す。
読み返してみると、初めて私個人に宛てられたメールでびっくりしている。けど、なんで私?ってところはある。
メールの内容は、事実上解散したグループを再結成するために、サポートメンバーとして活動に参加してほしい。とのこと。
なんで私なんだろうと思うところが最初の印象。
ミアシスは、関西では徐々に人気は出てきて、全国ネットのテレビとかラジオとかにも出だしているけど、まだ全国区とはいいがたい。
なんせ、ほとんど関西でしか活動していない上に、去年の夏休みは、初めてのワンマンライブをして、CDのリリースイベントはしなかった。関東に行くことといえば、土日を中心にテレビの収録をしに行くことくらい。それ以外はたいして関東で実績を残した記憶がない。なのに、何でなんだろう?
「おはようさん。難しい顔してどないしたんや?スケジュールがうまいこと組み合わされへんか?」
そういいながら事務所に入ってきたのは田村さん。
「いや、そういうわけじゃないんですけど、えっ?って思ってしまったメールがあって。……これなんですけど」
そう言って田村さんにメールを印刷してみせる。
「……なるほどなぁ。美桜はどうしたいん?」
そういわれて、思考回路が瞬間凍結する。なんせ、今までは田村さんが良し悪しを決めていたから。それにあわせてライブやテレビのスケジュールを組んでいる。
急にそんなことをいわれても私が困る。
「私は、田村さんが言うようにと思ってたんですけど……」
「美桜も、オリエンタルライムの社員になったんだし、任せられることを増やそうかなって思って。いずれは、マネジメント業務も兼任でお願いしようと思ってるし」
そんなことははじめて聞いた。聞いただけでも不安しかない。
「直感でいいから、どう思ったか聞かせてくれへん?」
「……。マネージャーになるのは不安です。どうなるかわからないですし、田村さんみたいに物事をズバズバと決められないです」
「そことちゃうやん。このメールを見てどう思ったか。それを聞きたい」
どうも、頭が混乱して、話に脳が追いついていないみたい。とんちんかんな答えをしてしまった。
「このメールですか……。まだミアシスとしても活動し始めた中で、私だけが一人歩きしてもいいのかなっていう思いはあります。それに、由佳が高校を卒業するまでは、ソロ活動はしない。って言っていたじゃないですか」
「俺の意味合い的には、美桜が一人でオリエンタルライムからデビューはしないって意味であって、仕事でオファーが来るんやったら別にかまへんかなぁとおもってたんやけど。まぁ、美桜がそういうんやったらやめとくか?」
「……いや、そこは、考えさせてください。やってみたいって言う気持ちはほんのわずかですけどあるんです。直感だけで決めて後悔したくないんで、いろいろ整理してから決断したいと思います」
また勢いで言ってしまったけど、まだ心がほんのわずかに揺れ動いているのに、決めきってしまうのは、後々後悔すると思ったから。こっちに来た時とまるっきり一緒。学校の下見に行ったとき、部活がしたいと勢いで言った。選択肢を少しでも広げておきたいというのが理由だったところもある。
今回もそう。可能性があるのに、早々に自ら閉じたくないというのが本音。どう転ぶかわからないけど、田村さんにそう言われたらゆっくりと考えたくなる。
「ほんなら、また会社名義でメールを出しとくわ。少し時間くれって。また決まったら教えてや」
「はい。わかりました。あっ、あと、なんで私にオファーをくれたのかも聞いてくれませんか?それも判断材料にしたいんで」
「わかった。また聞いとくわ。今日はいつもどおり仕事してや。また答えが返ってきたら教えるし」
はい。それだけ応えると、パソコンに目を戻す。気づけば、明日のスケジュールに入っている仕事の相互確認メールが届いていた。
明日の12時から雑誌の取材。もちろん、写真撮影もかねて。
内容は確か、2月の終わりにリリースしたミアシス初のアルバムと、5月の終わりにリリースするシングルのインタビュー。
雑誌は関西限定ってところが少し寂しかったりする。まぁ、そんなことは気にせずにインタビューとか、やり取りはするんだろうけど……。
午前中のうちにメールの処理は終わり、サポートメンバーのオファーについてちょっと考える。
その前に、再結成するグループについて少し調べておくか。
パソコンで、そのグループの名前を入れてみる。
ムーンライトスター。1980年に〈ダンスフロア〉でレコードデビュー。男性2人、女性4人のグループで、当時の日本歌謡界になかったラップ調の曲や多様なジャンルを歌いわけて人気を集めた。
1985年以降、表舞台に姿を現さず、事実上活動休止状態。
思ったより昔のグループで内心びっくりしている。メンバーも、年齢が私と3回り以上も違っている。
確かに、これだけ年齢を重ねていたら、若い人の力も借りたくなる。そんなことを思いながらパソコンの画面を見つめていた。




