49:本番直前
そこからメンバーが集まるまでの30分を『フラトゥ』ばかり踊って苦手を潰そうとしていた。
ただ、何カ月とやっていても、すこしずつよくなってきている感覚はあるものの、やっぱり、ダンサーたちのパフォーマンスには追いつけそうにない。
今度のダンスレッスンの時、ダンスコーチの山添さんにアドバイスでも貰おうかな。
そんなことを考えながらメンバーのアップが終わるのを待つついでに、私はクールダウンさせる。
そして、メンバーのアップが終わると、最終確認を1時間だけして、そこからはそれぞれが思い思いに時間を過ごす。
私は、その時間を使ってステージやバーカウンターで最後の確認をしていく。
ステージ上のマーキング、田村さんがやっている音出しのチェック、それぞれのスピーカーからちゃんと音が流れているのか、マイクも全部音が入るのか、バーカウンターでドリンクが冷えているか、常温のドリンクも用意できているか。
自分で作ったチェックリストを元に、ありとあらゆるところをチェックして回る。
……うん。問題なしだね。大丈夫そう。あとは、突発的なことがなければ、完璧だ。
そんなことをしていると時間はもう16時に近い。
このあとの予定としては、16時半から一般入場が始まり、17時開演、そこから25分ずつのパフォーマンスをしながら、ミアシスは18時ちょうどからスタート。
そして、ミアシスのパフォーマンスが終わると、18時半からコラボライブをスタートさせ、19時ちょうどにはライブ終了。そこからすぐに特典会やグッズ販売などが21時まで。演者は22時に完全撤退という形になる。
その中でも、中学生のハイアスちゃんと亜稀鑼、由佳は20時で撤退という形。これは法律が絡んでいるから仕方ない。
事前の打ち合わせで、おそらく中学生組に関しては、特典券を使いきれないお客さんがいるだろうということで、次回も使える引換券を用意することになっている。
希望する人は、引換券に変えてもらって次回使えるようにする。という救済だ。
今までのマジックライブは、1時間ほど早く始めていたけど、今回ばかりは、初披露のミアシスの曲に合わせたかったというのがあるから。
その事情を話して、特典会の前半は人が集まらないかも。と説明した茶々パレードさんは、快く承諾してくれ、今回のセトリが実現している。
さて。とりあえず、地下のスタジオに戻って、亜稀鑼と発声練習をしておこうか。
「亜稀鑼~、いる~?」
スタジオに戻った私は、亜稀鑼の姿を探す。
「なんや?美桜姉」
「発声練習しておかない?そろそろ時間だよ」
「あぁ、そうか。そうやな。やっとくか」
そう言って亜稀鑼は、自前のアコースティックギターを持って場所を変えようとする。
「あっ、美桜ちゃん、やっほ~」
こんなにフランクに声をかけてくるのはハイアスの葉月ちゃん。それにほかの3人もちゃんとそろって、すでにステージ衣装に着替えて、ルンルンだ。
それにしても、私たちと違って、青の衣装が2人、ピンクの衣装が2人か。この前リリースしたシングルの衣装かな。なんて思いながら、どうかした?と聞いてみた。
「いや、姿が見えただけだから。それより、発声練習?それなら私たちハイアスも一緒にいい?」
それくらいならいいんじゃない?と思って亜稀鑼を見ると、首を縦に振った。むしろウェルカムと言ったところか。
「うん。いいよ。一緒にやろうか。そのかわり、きれいな声を響かせてよね」
「ミアシスさんみたいにはいかないけど、いつでもそのつもりだよ」
どうやら、いつか追い抜いてやろうと、いつか隣のスタジオで聞こえたのは気のせいではなかったみたいだ。
いつかは抜かれるかもしれないとはいえ、できるだけそんなことはさせたくないな。なんて思いながら、防音室に入って、亜稀羅がギターのチューニングをして私に渡してくれる。
そしてもう一本ギターのチューニングを済ませると、ポロロンとギターを鳴らす。
「ほんなら、AからDでええか?」
亜稀羅は、発声練習用の楽譜から、場所を指定してくる。
指定してきた場所は、低音域から高音域まで十分に出せる音程になっていて、ハイアスちゃんも同じものを持っている。
まぁ、ボーカルコーチが同じ滝川さんだから、当たり前っちゃ当たり前の話。
「ほんならやっていくか」
亜稀羅がそう言うと、ギターのボディーを軽く叩く。
それを合図に私が亜稀羅に書いてもらったベースラインを弾いていく。
これがミアシスのやり方でマジックホールにいるときや、ミアシスだけがいるときはこうやってギターで音を奏でて発声練習をする。
逆に、ほかの場所でライブをするときは、発声練習をここで終わらせて行くか、現地についてからスマホの音源を使って発声練習をする。
こうやってギターを使う理由は、亜稀羅の単なる遊びに付き合っているというのもあるけど、その日の調子によって自由にいろいろ変えられるからというのが大きいためでもあったり。
「ひーちゃん、ちょっとずれてる。少し高いで。ほんでから、美桜姉とはーちゃんはつられてんのか、ちょっと高いわ」
亜稀羅は6人の声が混じるなかでもしっかりと声を聞き分けて指摘していく。
「っていうか、美桜姉が釣られんのは珍しいな」
亜稀羅に指摘され、そんなつもりはないんだけどなぁ。と思いながらも、私も音に合わせて音程を調節する。
そこからだいたい20分くらいかな。しっかりと発声練習をこなして、一度スタジオに戻る。
スタジオに忘れ物がないか確認してから控え室に向かう。
そして、今回の衣装でもある、いずれも白のノースリーブに長い手袋、膝が隠れるスカートに着替えて、メークもすべて終わらせ、みんなが揃う舞台袖に。
気がつけば、開演まで10分というところだった。




