3:自宅案内
そんなことでなにか腑に落ちないような感じで帰された4人のメンバー。
「さぁ、それでは行きましょうか。私は準備をするので、ちょっと待ってくださいね」
そういうと、田村さんは奥へと引っ込んでいった。そしてすぐに春物のコートを羽織って出てきた。
「お待たせしました。それでは行きましょうか。ここから少し距離はありますが、通えない範囲ではないので安心してください。あ、あと、電車に乗りますんで、これ使ってください」
渡されたのは『ラガールカード』っていうカード。見た感じ、真新しい気がする。
「普通の切符と同じように改札入れてもらったらいいんで。簡単に言うと、上限のあるICカードと一緒ですかね?」
田村さん、それはたぶん違うと思います。そんなことは言えず、喉の奥に言葉を引っ掛けると、そのまま飲み込んだ。
ホームに下りると、タイミングよく電車が滑り込んできた。よく見たら、私が最初にここに来たときと同じ色の電車だった。
次の駅で乗り換えますんで。座席に腰を下ろした私に田村さんは言ってドア付近に座った私の隣に立った。
乗り換えか。さっきみたいな大きな駅じゃなかったらいいんだけどなぁ。まぁ、今日は田村さんも一緒だしそんなに心配することはないと思うんだけど……。
電車はかなりの轟音を響かせながら走っていく。自動放送が何を言ってるかわからないくらいに。それよりも響くのが目の前に座ってるおばさんたちの声。
この人たち、周りが迷惑してることに気付いてないのかな?とか思った瞬間に後ろでドアが開いた音がした。
田村さんが歩き出したのを見て、私もあわてて追いかける。
降りた目の前にはエレベーターがあって、乗るとき、少し移動したのはそのためだったのか。と無理やり納得する。
この駅はあまり大きくないみたい。それだけを確認すると、ホッと一息つく。それを見た田村さんが言う。
「梅田とかと比べると規模は小さいですが、ここはオフィス街の一角ですので油断してると降りたところで迷子になりますよ」
そういわれて、冷や汗が浮かぶ。
「まぁ、間違ったとしても東京よりややこしくないはずなんで大丈夫だと思いますよ」
エレベーターで上に上がるとタイミングよく似たような電車が滑り込んできた。形は似ているけど、色は茶色なんだ。
「ここからしばらく乗りっぱなしですね。と言っても10分ほどですが。あっ、あと、中川さんが通う学校なんですが、希望通り商業系の全日制の公立高校に転校を届けてます。最寄駅はさっき乗り換えた駅なんで、覚えておいてくださいね」
そういえば、そんな希望いった記憶があるな。なんとか希望はかなったんだ。あと、こんなオフィス街に全日制の公立高校があるんだ。東京じゃあんまり考えられそうにない。
そこから本当に十分だった。淡路って駅に着いてしばらく歩いた。もしかしたら、歩いている時間のほうが長かったと思う。
しばらく歩いて着いた一つのマンション。3階までエレベーターで上がって田村さんがドアを開けた。
中に入ると、目の前に広がっていたのはふすまで仕切られたフロリーングの部屋と畳の部屋が一部屋ずつ広がっていた。
「ここはもう中川さんの部屋なんで、好きに使ってもらっていいですよ。一応、生活必需品は大きさこそ小さいんですが、用意してます。あと、インターネットは使えない環境で申し訳ないです。インターネットが使えない環境を除けば、普通の生活環境はばっちりだと思います。そこまで不自由はないかと」
あ、ありがとうございます。それだけしか言えなかった。
「あと、家賃その他もろもろの負担が大きい費用はこちらで負担しますんで、安心してくださいね」
えっ?あまり驚きで言葉がそれしか出なかった。
「初対面の時にも言いましたが、こちらは夢を応援する立場です。夢を追いかける人が生活にお金をかけてしまえば、いつか苦しくなって諦めてしまいますからね。夢をかなえるのにそれはおかしいとは思いませんか?オーディションの時から思っていました。受けに来る人たちは本気の顔をして、本気で夢をかなえようとしてるって。なので、こちらも応援してあげようということで、遠くから来る人に対しては生活費を支援することにしたんです」
田村さんの話を聞きながら荷物を置いた。
「どうしましょう?荷物を整理する前に4月から通う高校に行きますか?それともある程度整理してから出かけますか?」
高校か。どうしようかな。まぁ、片づけはあとでもいいか。田村さん、このあとも仕事も残ってそうだし。先に全部終わらせておいて、私のことは後でゆっくりしよう。
「先に高校行きます。田村さん、このあといろいろありそうですし」
「私のことは気にしなくていいのに。今日は本当に予定は顔合わせしか入れてなかったんで、このあとは実は暇なんですよ」
なんだかそういう風に見えない。もっと仕事が残ってそうな気がする。
「まぁ、中川さんがそういうのであればそうしましょうか。さっきのカード使って戻りましょうか。残額足りますかね?中川さんのカード」
田村さんに言われて、カードを見る。
残額は610円。見た瞬間少しびっくりした。15分しか分しか乗ってなかったのに、大阪ってこんなにお金かかるんだ……。
「びっくりしましたか?二つの会社をまたぎましたからね。地下鉄って意外と高いんですよ」
話し好きな田村さんの話をそろそろ聞き流しながらさっきまで履いてたヒールを靴箱に入れると、スーツケースからランニングシューズを取り出した。
普段からランニングシューズだから、ヒールがきつくてきつくて。ランニングシューズがどれだけ楽か。
少し背伸びしていた私はランニングシューズに履き替えていつもの私に戻ろうとした。けど、やっぱり緊張していていつもの私に戻れない。今日はこのままでいっか。
部屋を出ると歩いてきた道を戻って、ついさっき降りた駅まで戻った。
「この駅はいいですよ。京都まで45分で行けますし、梅田なんか10分で行けちゃいますからね。さっき通ったアーケードも商店街の一部で買い物も大型スーパーもありますし」
言いたいことはわかった。ものすごく住みやすいということ。それ以外に何があるんだろうと私は思っちゃう。
そして、田村さんはさっきとは色の違う電車に乗り込もうとした。
「あれ?さっきはこれじゃなかったですよね」
「阪急と地下鉄、乗り入れてるんですよ。阪急はほとんどこの色ですけどね。これでも地下鉄行くんで。天下茶屋行きってのに乗ってもらったらそのまま行けますんで大丈夫ですよ」
そんな簡単に言うけどさ、私、方向音痴だから怖いんだよね。
私の乗った電車は2本の電車を待って動き出した。
今気づいた。
ラガールカードなんて言ってたら、年代バレる、、、
今からでもICOCAに変えるか?