41:美桜さん、風邪をひく
あれからどこかのタイミングでもう一回あの女たちが来るかなと思っていたんだけど、全く来ず。そっちの方がいいんだけど、隠し持ってる秘密を公に公開したくてたまらない自分がいる。
けど、先に手を出すと何されるかわからないから、何かされるまでの我慢。その瞬間から反撃を開始したらいいんだから。
ただ、何も言われなくなった代わりに、周りから見られる視線がさらに冷たくなった気がした。
なんだか、アイドルだからってふざけんな。みたいな感じ。だからどうしたって私は言いたいんだけどね。
あと半年弱はもう周りを無視しても、されてもいいかも。これから相手していくのは応援してくれる人たちや、ライブの関係者たち。丁寧な喋り方さえ身に付ければそれでいい。
たぶん、高校を卒業したら、オリエンタルライムの打ち合わせは私も加わることになるだろうし。
こうなれば、不愛想に対応して嫌われてやろう。どうせ表の顔はアイドル。今この学校にいるこの顔が裏の顔で、卒業したら捨てたらいいだけ。だいぶ前に自分の中でそう決めた。ここで嫌われてもなんにも気にすることはない。
♪~
ふいに私の携帯が鳴りだした。
しまった……。マナーモードにするの忘れてたよ。
相手は田村さんからで、放課後になるタイミングを分かっていたんだろう。
「はい、中川です」
『あっ、美桜?お疲れ様。急やねんけど、明日、ワンマンの打ち合わせとは言ってるんやけど、こっちが用事が長引いて明日の夜まで続きそうで、時間までに大阪に帰ってこられへんねん。やから、悪いねんけど、明日のワンマンの打ち合わせ、また参加してくれへん?』
ほとんど一方的で急な話だから、一瞬、頭が固まりかけたけど、一瞬で整理がついた。
「わかりました。また参加します。お昼からですか」
『そうやね。えっと、ゴメン、十九時スタートやわ。予定では三時間くらいやと思ってるけど、どうなるかは話し合い次第になると思う』
「わかりました。レッスンまるまるカットですね」
『まぁ、そういう形になるな。申し訳ないけど』
「まぁ、大丈夫です。そのぶん、自主練で補おうかなって考えてますんで」
『そうか。ありがとうな』
そう言って田村さんからの電話は切れた。
明日、夜の時間から話し合いの続きか。ただでさえ、危なっかしい曲があるのに、練習時間が削られるのはしんどいな。まぁ、仕方ないか。動ける人は私とハイアスのマネージャーの小村さんしかいてないんだし。いつまでも田村さんにおんぶにだっこじゃ私自身が成長しないし。
田村さんからの電話を切ると、ミアシスのノートを広げて、打ち合わせで話したいことを書き出した。
さらに夜が明ける頃。
どうも体に力が入らない。だるいし、熱っぽいなと感じつつ、なんとなく熱を測ってみる。
すると、体温計が39度を示していた。
どうやら、完全に風邪ひいちゃったみたい。
まぁ、お風呂上りにベランダの窓を全開にしてライブの準備をしてたらそうなるか。それに、最近、ストレスもたまってたし、一気に来たのかも。
今日は安静にしておかないと。ライブに響かせちゃうと、スタミナが持たなくなっちゃう。
でも、とりあえず学校行かなきゃ。
休まないといけないんだろうけど、単位制の学校だから、あまり休んじゃうと無条件で単位を落としちゃう。
どうしても我慢できなかったら保健室で休めばいいし。仕事は休めないから、仕事は無理するけど。
ボーっとする頭を必死に働かせて、朝にやらなきゃいけないことを順番に片づけて、ゆっくりと学校に向かった。
学校では特に何もなかった。菜乃葉でさえ、私が体調不良だということを感じ取ったのか何も話してこなかった。あと、奴らも今日に限っては姿を見せることはなかった。それだけは救いだ。体調不良で攻撃をかけられたら全部モロに食らいそうだったから。
これだけ学校では何も話さなかったのは始業式以来かも。それくらい何もしゃべらなかった。
そして、夜から始まったワンマンライブの打ち合わせは、しんどいとかは思わず、楽しく話し合いができたと思う。
終わってからが地獄だったけど……。
翌日はどうやら悪化したみたいで本格的にダウン。もちろん、振り合わせにも行ける状態ではなく、病院に行くこと以外はずっとベッドの上で1日過ごした。
こういうとき、独り身はしんどいなぁと感じた初めての時だった。
誰か来たりするかなと思ったけど、誰も私の家を知らないから来るわけがない。由佳が稀に泊まっていくけど、たぶん、眠い顔のままついてくるから覚えていないだろう。
もう今日はこのまま少し安静にしておこう。
そして、メンバーからお見舞いのメッセージが来ていたことを後になって知った。
そして、実家にSOSの連絡を入れたら良かったとも同時に思ったけど、後の祭り。
気合いで体調を治し、翌朝には熱は落ち着いていた。身体のダルさは抜けなかったけど。




