2:ミアシス結成
表札の横にあったインターホンを軽く鳴らすと心地いいメロディーが鳴り、中から男性が出てきた。
「あっ、今日からお世話になる中川美桜です。よろしくお願いします!」
「中川さんですね。遠いところからお疲れさまでした。とりあえず、中に入って少しお待ちください。まだ誰も来てないんですけどね……」
少し笑いながら建物の中に入っていった。遅れないように私も一緒についていく。
中は木目がそろった部屋がいくつもある。外から見ただけじゃ小さそうに見えたけど、建物は奥に広がっていた。
そして、リビングみたいな部屋に通された。
「そしたら、まだ少し時間があるんで適当に座って待っててください。あっとお茶入れますね。紅茶とアップルティー、どちらがいいですか?」
どちらでも大丈夫です。とだけ答えて適当に座った。
それにしても、几帳面にそろった木目調。見てて綺麗と思ってしまう。
色もきれいにそろえられていて、すべて木材を使って家具。テーブルに関してはくぎが一つも見えない。
この人、インテリアには相当のこだわりを持っていると直感したのはこの時だった。
緊張を隠すように出された紅茶を飲んで無理やり顔に出さないようにほかの人が来るのを待っていた。
20分ほど待っていたのかな。4人の男女が来て私と同じように緊張した面持ちで椅子に座ってる。
そして、男性が、全員揃いましたね。といって、同じように椅子に座った。
「みなさん、初めまして。私、このオリエンタルライムの代表取締役兼マネージャーの田村勇樹です。末永くよろしくお願いします。そうしたら、初めてですし、自己紹介でもしましょうか。初めてで何も話さないものだと何も始まりませんからね。どうしましょう。ここに来た順番にしましょうか」
そう言われて身体がビクンとはね、急に緊張感に襲われた。
こういうのって苦手なんだよね。しかも、よりによってトップバッターって。それ以外だったら、前の人の話を聞いて似たようなことを話せばいいからいいんだけど、一番最初って何話せばいいのかわからない。
「それじゃあ、中川さんから行きましょうか」
「あっ、はい。 この4月から高校3年になります中川美桜です。オーディションで受かってはるばる関東からやってきました。よろしくお願いします」
座ったまま簡単に自己紹介した。やっぱり、いまだにこういうのって慣れない。いつまでも好きになれない。まぁ、人が少ないからいいんだけどね。
そこから来た順番に同い年の野村翔稀、ひとつ下の長谷川沙良。中学3年になる金子亜稀羅。最年少は中学2年生の田沢由佳の四人がそれぞれ自己紹介した。
「簡単ですけど、挨拶はできましたね。それでは、この建物の中を皆さんに案内していきましょうか」
そういうと、田村さんは立ち上がり、決してはぐれないでくださいね。と一言だけ言った。
最初見たときは平屋建てに見えたこの建物は地下に大きなフロアが4つほどあり、この人はお金持ちなんだと思った。
地下のフロアの一つで田村さんは立ち止まった。
「ここですね。皆さんの専用のスタジオは」
私は一瞬聞き間違えたか通った。こんな私たちに専用のスタジオが与えられるの?
「細かいことは気にしないでください。私は皆さんの夢を応援する側です。そのためにもみなさんに集中できる環境をと思い作りました。防音対策もばっちりです。音も気にしなくていい環境にしてます。あと、ボイストレーニング用の部屋もあるので、そちらにもご案内します」
言われて隣の部屋に移った。そこにはオルガンと楽譜を置く台があった。広さもそこそこ。6人が入ってもまだ余裕がある。
どこからここまでの余裕を持たせることができるんだろう。この人に関しては全く謎のままだ。
そして、階段を上がり、一つ上に上がって、さっきいたリビングのフロアに。
「ここは、さきほど皆さんがいた部屋ですね。ここは主に事務室ですかね。ミーティングだったり、他に話し合いがあるときにはここでしようかなって考えてます。で、隣に行くと、男女別のシャワールームがあります。レッスン等で汗をかくでしょうからここでさっぱりしてから帰ってください。もちろん、更衣室も備え付けてます」
シャワールームがあるのはとてもありがたい。汗くさいにおいを振りまいて帰りたくないもん。
そして、2階にも地下と同じようなフロアが広がっていて、ここは今のところ使わないとのこと。少しもったいないような気がするけど、田村さん曰く、今後への投資とのこと。
確かにグループが増えて、部屋が足りない!とかにならないためと無理に理解をする。
さらに3階へ上がると、一つが物置でスチール棚とか本とかいっぱい置いてある。で、もう一部屋はがらんとして何もない部屋。何に使うのか全く分からないけど、ここも今後への投資ということで無理に理解。
そして、また一階のリビングに戻ってきてさっきと同じところに座った。
「今案内できるのはこれくらいでしょうか。キッチンはさっき皆さんがいた場所にありますし、好きに使ってもらって結構ですし、お手洗いも各フロアにありますし。あとは……部屋を間違えないことですね。だれもいない部屋に入るのはさすがに気まずいですからね」
それだけ言うと田村さんはまた歩き出した。私たちはくれないようにそのあとに続く。来たのは最初の部屋。飲みかけのティーカップが立ち上がった時のままの状態で置いてある。中には飲みかけのもの入ってるし、空のものもある。
「今日は皆さんこれくらいでいいでしょうか。明日からはデビューに向けたレッスンとかも始まってきますんでそのつもりでいてください。あっと、そうだ。ひとつだけ皆さんにお伝えするのを忘れていたことがあります。今日は用事で来られていないんですが、音大出身の滝川さんがボーカル専門のコーチに、体育大学のダンス部出身の山添さんが振り付け師として皆さんと一緒にデビューを目指していきますので重ねてお知らせしておきますね。そうですね……。それくらいですね。皆さんから聞きたいこととかはありますか?」
聞かなきゃいけないことか。なんかあったかな?なんにもなかったと思うんだけど……。
「あっ、はい。今後の予定ってどうなってます?俺、部活やってるんですけど、レッスンによっては部活休んだりしないといけないんで」
えっと、野村翔稀さんだっけ?が部活のことを気にしていたようで、田村さんに聞いている。
「あぁ、そうでしたね。予定表を作ったのにすっかり忘れていました。今から出すんでちょっと待ってくださいね」
そういうと、田村さんは机の端のほうに置いていたパソコンの画面を立ててカタカタとキーボードをたたき始めた。そしてしばらくしてとなりのコピー機がウィーンとうなり始めて何枚かの紙が吐き出された。
「あっ、あとCDの曲ももらってるんでした。歌詞も印刷しておきましょう」
そういうと、またコピー機がうなって紙を吐き出した。そして、3枚の紙が田村さんから直接手渡された。
1枚目には3月末までの予定。ほとんどが15時から20時までの予定で入ってる。
そして、2枚目には右上に小さく『表題曲』と書かれていて、〈そよ風に〉とタイトルが真ん中に入ってる。少し読むと、雨の日のデートで別れかけってところ。サビ付近で晴れて風が未来を映し出す。そこからよりを戻す感じの曲。
最後に3枚目だけど、こっちは反対に『カップリング』と書かれていて、タイトルは〈君のハートはインマイストマック〉という聞いただけで嫌に怖くなるような曲。
2枚目と3枚目の紙が私たちの曲か。ファーストシングルかアルバムかまだどちらかになるかわからないけど、表題曲とカップリング曲でイメージが全く違う。そこにインパクトを置いていたりするのかな?
「さっきの質問、あくまでも学生生活を優先してください学生生活は人生に一度きりですからね。今月は皆さん春休みに入ったってことで、部活が午前中に終わるみたいですので、昼からレッスンという形で組み立てています。ダメな日があるのであれば、前もって先に連絡してください」
学生生活優先か。私、あと1年どうなるんだろうな。高3で転校してうまく過ごせるんだろうか?逆に、私、高校はどこに通えばいいんだろう?それを聞いておかないと。
「それじゃあ、今日は解散して、明日からまたよろしくお願いしますね。あと、中川さんは学校と住まいのほうを案内しますので、ここでちょっと待っててください。それでは皆さん、お疲れ様でした」