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1:自分で決めた道

 春。まだ寒い時期には別れという切ない出来事があって、桜が咲き、温かくなるころには新しい出逢いがある。

 ついさっき、切ない別れを見送った後、次は後を追うようにして私も見送られる番になる。

 先輩たちの卒業式が終わって数時間。今まで過ごした部屋はきれいさっぱり片づけていた。部屋にあるのは、片づけることのできない勉強机と大きなスーツケース。

 これから私は大きな賭けに出る。ただただ旅行に行くわけではなく、見知らぬ土地で私の夢を叶えに行く。


 夢を叶えるという時点でかなり無謀な気もするけど、さらに無謀な賭けと思われるのは見知らぬ土地ということ。

 本当のことを言えば、胸の内で隠している夢をずっと抑え込んでいて、叶えようとする意思はなかった。ただ、こうなったのはわけがあって、力試しで受けたつもりのオーディションに本気で挑んだら何か知らないけど受かっちゃった。

 最初から落ちるつもりでいたアイドルグループのメンバー募集のオーディションに受かったってなったら、普通は信じられないという感情と喜びが一緒にあふれ出ると思う。

 けれど、私の場合は、信じられないという感情は一緒。だけど、一緒にあふれ出てきたのは恐怖感。


 何もしていなかった私がこんな簡単にオーディションに受かるのかと最初は思った。それに、私よりもうまい人は何人かいたと思うし、中途半端に本気で挑む私が受かるわけないと思い込んでいたから、なにか仕掛けられているんじゃないかと思った。


 オーディションに受かったこと自体、意外だと思っていたんだけど、ここからが大きな分岐点になったと思う。

 このグループは、主に関西で活動するグループらしく、全国募集だったんだけど、受かれば関西へお引っ越しというような形で、関西に行かなければならなかった。

 関東の郊外に住んでいる私からすると、関西に行くなんて思ってもいなかったし、まずオーディションに受かると思ってなかったから、それなりに悩ませた。


 でも、最終的に私は関西へ行くことを決意した。せっかく受かったんだし、小さなころに描いていた夢へのショートカットをしようと思った。

 どうせ、自分は完璧じゃないから、周りとのレベルの差があるのは当然。その差が埋まればもちろん問題ないし、続けていける。もし、その差が広がったりしてついていけなくなったとしても、私にはまだ早かったと自分を慰めて辞めてしまえばいい。


 そう割り切ると、自信が沸いてきた。

 たぶん、アイドルとして活動する時間は無駄じゃないはず。絶対私にとってプラスになるはず。強くそう思っている。


 卒業式が終わってまだそんなに時間もたってない。だけど、今日、大阪に入って夕方からアイドルグループのメンバーと初顔合わせ。

 そこから私の大阪生活が始まる。




 大阪に向かう新幹線の中。自由席の一番前に座り、テーブルの上にいろんなものを置いた状態で新幹線は走っていく。

 窓の外は恐ろしい早く景色が流れていく。景色が流れていくにつれて、大阪が近づいていく。

 地元で割り切って大阪に行くことを決めたけど、やっぱり自分のレベルのことを考えるとものすごく不安になる。

 不安で何もする気が起きない。イヤホンから流れてくる陽気な音楽に嫌気がさして、イヤホンを引き抜く。

 少しだけ倒していた背もたれに思いっきりもたれる。そして、何もない天井を見上げて目をつむる。

 そして、一息ついて窓の外を見る。いまの私を象徴するようにどんよりとした曇り空が広がり、気付けば窓ガラスに水滴がつくようになった。


 ……これは私が決めた道なんだよね。誰にも何も言われず、自分がこうしたいって決めた道。自信を持たないと。

 自信を持ってないと差は埋められないんだし、広がっていくだけ。なんだったら自分を自信があるように見せないと。


『がむしゃらにやるだけやって見せろ!』


 ゴールドのボールペンでリングノートの背表紙に大きく書いた。

 自信を無くした時や、つらくなったときにはこれを見て元気出して頑張ろう。


「やるだけ全力でやってやる」


 一言呟き、自分に気合を入れた。ここから私の夢への挑戦が始まる。







 地元を出てからあっという間に3時間が経とうとしている。まだ陽は短く、新大阪の駅に着いた時には少しだけ日が傾いていた。

 ここからもう少し移動して今日の目的地まで。

 目的地は、今日からお世話になる事務所。そこでメンバーとの初顔合わせがある。そこまでこのスーツケースを持っていかないといけないのはしんどいけど、事務所に着いてから寮を案内すると言われれば、持っていかざるを得ない。


 一駅だけ移動してそこから地下鉄に乗り換える道を探した。

 気をつけないといけないことは、私自身が方向音痴だということ。地下鉄の案内の看板があるけど、地図を見ても迷うくらいの梅田の地下街。私が迷わずに行ける自信はない。

 でも、なんとか行けそうな気がするかな。何でかわからないけど。知らない場所なんだし、迷うのは当たり前だから、案内板通りにいけばどうにかなるでしょ。

 少し楽観的になる私。こういうところがあるから少し楽になったりするのかな。


 案の定、迷ってしまって同じところをぐるぐるしていた。やっと駅を見つけたときは少しうれしかった。

 目的地の天満橋って書いてあるホームで少し待ってシルバーの車体に紫色の帯を巻いた電車に乗り込んで、少しだけ移動した。

 五分ほど電車に乗って目的の天満橋駅に着いた。ここから少し歩いて事務所まで。


 事務所までのルートは簡単だったんだけど、想像していたのがビルとか、建物の一室を借りてるようなスペース。だけど、目的地の住所にあったのは周りよりも背の低い建物。

 もしかして、ここ?と思ったけど、ちゃんと表札にも事務所の名前が書いてあった。

 とりあえず、インターホン押して確認しようっと。

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