123:羨ましがる沙良
『2組、トップでフィニッシュするのは、スプリント超特急の大神遊菜だ!56秒21でフィニッシュです』
日本記録までコンマ4秒……。相当飛ばしたな、遊菜ちゃん。予選に比べて2秒以上縮めてきたか。っていうか、やりすぎじゃない?ここまで上げる理由ってあるのかな。ただ、これでトップ通過確定か。
もしかしたら、今日はもう終わりだから飛ばし切ったのかもしれないな。
「日本記録まであとコンマ4秒やのに、ケロッとしてんな。目指すのは世界記録ってか?」
「いや、たぶん、遊菜ちゃん、自分のタイムをわかってないから、リアクションがないんだと思う。あの子、ものすごい目が悪いから。レースで泳いだタイムは全部後でマネージャーさんに聞いてるって雑誌の対談で言ってた。それに、今の実況も、潜ってて聞こえてないと思う」
「へぇ。でも、それでよく距離を把握できるな。俺、コンタクト入れなはっきりした距離見えへんのに」
「でも、それは普段からずっと泳いでいるから慣れているのかもね。ただ、普段が25メートルのプールだから、タッチのタイミングを取るのはかなり難しいとは思うんだけど……」
「ほんま、才能ってやつなんやろうな。恐ろしいわ」
「でも、背泳ぎをするときは、たまに頭を打つらしいけどね。ラスト5メートルで壁との距離を見るけど、どうもピントが合わなくなるらしいね。でも、そういうエピソードがあるほうが親しみあるよね」
私が遊菜ちゃんの話をしていると、沙良が思い出すように言う。
「あっ、せや。由佳。さっきの話、じっくり聞かせてもらうで。さっきおうたときってどない意味なん?」
「あっ、いや。あれやねん。偶然やねんって。由佳と美桜お姉ちゃんとお花見しようって外に出ようとしたら、大神選手が話しかけてきて、そこに翔兄とあっくんが合流して、みんなでお花見するかってなったんやん」
「なんで呼んでくれへんかったんよ」
「だって、沙良お姉ちゃん、友達の選手のところに行くって言うてたやん。やから、邪魔せんほうがええわって思って」
「あぁ、それえやったら、うちのせいか。なんも言われへんわ」
おっ、沙良が珍しく引き下がった。こんなことあるんだ。こんなに早く引き下がることって。
「まぁ、うちはうちで楽しかったからええわ。なんとか、決勝まで進んでくれたし、明日も応援やな。あっ、せや。美桜、明日ってライブは夕方やったっけ?」
沙良は明日も見に来るか。まぁ、そういう私もなんだけど……。ただ、私は明日もプレゼンターという仕事が待っている。そのために来るようなものだけど、まぁ、観戦目的も、少なからず入るよね……。
「明日はお昼から夕方まで。年下3人は夜になったら完全にフリー。代休もあるから、木曜日まで休み。そして、金曜日の朝の振り合わせに遅れなかったら、それぞれが好きなタイミングで大阪に戻ったらそれでいいし」
「ってことは、今日が火曜日やから……。だいぶ長い間東京におるんやな」
「そうだね。明日もライブがある上に、私と翔稀が明日ここでプレゼンターするし、木曜日はもともと休養日だから」
「そうか。美桜は明日もあるんやな。ええなぁ。トップスイマーと関わりあえて。うちも、もっと関わりあいたいわ」
「まぁ、沙良は競泳経験者ってこともあるし、翔稀はミアシスのサブリーダーだからね。とりあえず、明日も仕事だからね」
一応、沙良には念を押すと、少し焦った表情をした。
この表情を見るに、毎日でもプレゼンターをしたかったのだろう。
「わ、わかってるって。時間の確認したかっただけやのに」
「本当は見に来たいんでしょ?明日の決勝レース」
「当たり前やん!こんな機会、めったにないのに。友達とスプリント超特急がおんなじレースに出るとかさ」
「はいはい、そうね。とりあえず、明日は4時半にライブ会場を出て、5時半にここだから。それに、前物販だから、後ろに延びることはないから、たぶん、大丈夫だと思う」
そこまで言うと、翔稀は思い出したように手を叩く。
「あぁ、そうか。前物販なんか。完全に忘れてたわ。俺ら的には初めてなんちゃうん?」
「いや、数は本当に数えるだけだけど、やったことはあるみたい。それに、物販に関しては田村さんが最初だけいるみたいだから、どうにかなると思う」
「そうか。ほんならええわ。さすがに初めてのやり方を急にやれって言われても無理やろうし、田村さんがおるだけで気分的にも余裕があるわ」
「おいおい、俺がいつまでもおると思うなよ。できるだけおるようにはするけどさ」
そんな声が聞こえて、後ろを振り向くと、いつもより少しだけイキイキしている田村さんがいた。
「あっ、お疲れ様です。田村さん、いつもよりテンションが高いですね」
「そらなぁ。お世辞やったんかもしれんけど、石塚さんも、裏におった協会の重役さんたちからも絶賛やったからな。それだけ先に伝えとこうっと思ってな」
そんなに私たちのパフォーマンスに好印象だったのか。ありがたい。来年も公式ソングとして使ってもらえるかも。そうなればかなり大きいかも。まぁ、来年になってみないとわからないけど……。
「それならよかったわ。俺らも一安心っすわ。とりあえず、仕事増えたら最高っすね」
翔稀がそう返すと、みんな笑顔に。私も少しの間、プレゼンターという重圧から解放された気がした。
そこからレースは進んでいって、気づけば決勝競技に移ろうとしていた。
私と沙良は表彰式のために、服装なり身なりを整え始める。さすがに汗はふき取ったものの、パフォーマンス後の放ったらかしのヘアスタイルは選手に対して失礼だしね。
「沙良、そろそろ身なりを整えないと間に合わないんじゃない?」
「あぁ、せやね。サンキュー。翔稀、あとで服装とヘアスタイル見てくれへん?さすがに選手の前で身なりが乱れてたら申し訳ないし」
「オーライ。美桜も一緒に見たろうか?」
「うん、おねがい」
ライブ前もそうだけど、直前になって慌ただしくなるミアシス。どうにかしたいよね……。
「おん、二人ともええやん。ほんま、この衣装やと、ピシッとしてなあかんな。シワひとつもつけられへんで」
「ほんまにな。他の衣装もやけど、これは特にって感じやな。ほんなら、美桜、本部室に移動するか」
「そうだね。はぁ。なんか緊張してきた。しかも、一発目だからね」
「せやな。美桜、うち、会長の順番やからね。うちはまだ気は楽やけど、かなりプレッシャーやろ。まぁ、クラッチプレーヤーの美桜なら問題やろ」
「まだ沙良は他人事だと思って~。とりあえず行くよ」
そうして、私と沙良は周りからはこういう風には見えないだろうけど、ガチガチに緊張しながら本部に向かう。




