119:最終チェック
「美桜おねえちゃん~、ケープ貸して~」
着替えたのか、ヘアスタイルを整えだしている由佳は相変わらずたくさんの種類を持っている私の整髪料を借りようとしてくる。というか、沙良も相変わらずなんだけど。
「はい。朝のパフォーマンスの時はほどけてたから、朝よりか少し強いやつね。で、沙良は?さっきのよりハードなヘアワックスいるの?」
「いや。新しく買ったからええわ。やっと美桜が持ってるやつの中で一番硬いやつと同じやつ見つけてん」
「やっとか。ほんとに。いつ買うかと思ったのよ」
「ほんまにすいませんでした。で、美桜はヘアスタイルどうするつもりなん?」
「そうね。変にこだわってもどうせほどけるだけだし、髪を上げて固めるだけでいいかなって。乱れたまま表彰式のプレゼンターはできないし」
「せやんな。うちも上げるだけにするか。あぁ、でも帽子被るし、汚れるしな……。ええわ。レース中にヘアスタイルを整えるか。でもなぁ。レースも観たいしなぁ。あぁ、悩む……」
沙良があたふたしながら、自分のヘアワックスを持ったり、テーブルに置いたりしている。相当葛藤しているな。
「沙良おねえちゃん、いつもより迷ってるな。あんなにまごついている沙良おねえちゃんを見るのは初めてかもな」
「ほんとに。準決勝は2レースくらいあきらめるしかないんじゃない?」
「う~。1ブレをあきらめるか。でも、準決ながらでも切迫したレースになるやろうから観たいしなぁ」
まだまだ葛藤する時間する時間は続きそう。まさかこうなることになるとは思ってなかったけど、早めに着替えようといったのはよかったか。と思いながら、私も着替えてデコだしにしてヘアスタイルを整える。
「えらいキレイなオールバックに整えたな。ほんなら、由佳もオールバックにお団子にしようかな」
ヘアアイロンで髪の毛を巻いている由佳が私を見ながら言った。
「なんか、仕事中の美桜みたいやな。グッズ数えてるときとかさ」
「確かに見えなくもないね。でも、こっちでパフォーマンスするのはなかなかないから新鮮なんじゃない」
「せやな。ほんならうちもあとでそれやろ。ただ、どっちがどっちかわからんくなりそうやな」
「それでもいいんじゃない?でも、すぐに見破れそうだけどね」
「どういうこと?」
「なんとなくだけど、沙良の髪を上げるイメージって、歌劇団にいる女優さんみたいな感じになりそうだなって」
「あぁ、なんとなくわかるかも。仮面舞踏会でも、あっくんがおらんかったら、沙良おねえちゃんがメンズ役で由佳と振付になるけど、その日ずっとメンズっぽくなるもんな。表情とかだけやなくて、服装もヘアスタイルも口調も」
「そんなつもりはないんやけどな……」
苦笑いする沙良は自覚がないみたい。そういうところを見ると、代役に入り込んでいるっていうのはあるのかな。そんなことを思いながら、夕方からのスケジュールを見る。
さて。このあとは……。えっ?あっ!このあと打合せがあること忘れてた!しかも沙良に言ってない!スケジュールは私しか持ってなかったし、沙良にはラインでしか伝えてなかったうえに、打ち合わせがあることは伝えてない。やらかしたな……。
「沙良……申し訳ないんだけどさ……。私と沙良さ、表彰式のプレゼンターあるじゃん?」
「うん、せやな。うちはめっちゃわくわくやで。それがどないしたん?」
「言うの忘れてたんだけどさ、5時半から最後の打ち合わせがあるのよね~」
そこで沙良が少し固まった後、大絶叫した。
「嘘やん!そんな聞いてへんで!なんで言うてくれへんの⁉」
「ごめん、完全に忘れてた。今スケジュールを見ていて思い出した。とりあえず5時半から最後の打ち合わせなの。だから、お願い」
そんなことを言いながら手を合わせてさらにお願いする。
「まぁ、決まってるんやったらしゃあないな。とりあえず、髪形を決めて準備するわ」
そういうと沙良は、10秒ほど鏡と睨めっこすると「よし」といい、オールバックにして、いつものメンズワックスじゃなく、ヘアスプレーで軽く固めていた。
その姿を見ていた沙良が私に声をかけてきた。
「ワックスやったら、帽子を被った後、ボサボサになるし、戻しにくいし。それやったら、スプレーで軽く固めて、戻しやすくしたらええわってなって」
それだけつぶやくように言って、衣装の帽子を試しで被って鏡と睨めっこ。
「うん。完璧やな。意外と乱れんで済むかも。それに、乱れてしても、まだ戻しやすいわ。よし、ほんで、場所は?」
「すぐそこの会議室。最初から最後までの流れの確認くらいかな。だと思うけど、初めてだから、どんな話をするのかはわからない」
「まぁ、そりゃそうやな。とりあえず向かうか」
まだ時間まで20分はあるけど、先に会議室に入って打ち合わせが始まるのを待つ。
そして、時間がたつにつれて役員の人たちが入ってくる。入ってくる役員の人たちを見て、私たちが緊張する。水色のポロシャツを着た役員の人たちの中に、白の衣装を着た私たちがこんなところにいていいのかなと思ったり。
で、時間になって、打ち合わせが始まる。打ち合わせの中には、競技の流れや表彰式のタイミング、種目の注意点などなど。私たちはついていくのがやっとなくらい少し難しい話だった。
そして、全体の打ち合わせは10分くらいで終わり、そこからは役員さんたちが担当別に集まって細かい打ち合わせ。私たちは、場内通告のグループに集められ、話を聞いた後、表彰贈呈のグループに集められ、話を聞き、デモンストレーションを数回やったあと解散。
話の中で、私は今日の男子の4フリのプレゼンター、沙良はそのあとにある女子の半バックのプレゼンターに任命された。こんな感じで少しあわただしく、気づけば、時間は6時15分。
「戻れば、振り合わせして、床の確認をして本番だね」
「せやな。ただ、それより表彰式のほうが緊張するわ。素直におめでとう言えるやろうか」
「ヲタクな沙良なら興奮して言えないかもね。ガチガチに嚙んだりして」
「ほんまに!美桜はたまにいらんこと言うんやから!」
こんなことを言いながら、控室に戻る。
そして、控室に戻った後、公式ウォームアップが終わって、場内では水分のふき取りが行われていた。そこに私と翔稀、由佳の3人で床のチェック。そして、濡れがないかチェックして、大まかな水分を取り除き、翔稀たちのチェックはオッケーが出る。
「これで滑らんやろ。俺らも大丈夫やと思う。スタッフの皆さん、ありがとうございます」
翔稀が丁寧にお礼を言って、控室に戻り、心拍数を挙げるために、軽く振り合わせ。そして、1回軽く振り合わせをしたあと、役員の人に呼ばれ、出入り口付近に待機。
「ふぅ。行こうや。行けんねんから」
場内のBGMが大きくなったなと感じた頃、私の前にいた沙良がつぶやいた。
結局緊張するのね。と思ったのと同時に、沙良は沙良のままだ。と同時に感じ少し安心した。




