115:4フリ
「それにしても、ほぼ日本記録ペースやな。準決は確定やろうけど、この後のレースに影響が出ぇへんかったらええな」
それも懸念の一つか。でも、ここまで最初から飛ばしてくる理由って何かあるのか?それともミドルのレースに慣れていないから、頭から飛ばしているのか?いずれにせよ、予選からハイペースすぎる。
『200メートルにおいての途中時間、同じく第7レーン、原田くん、1分54秒21。1分54秒21』
日本記録のペースからはさすがに落ち始めたけど、それでもまだかなり速いタイム。だいぶ粘っている。スプリントの選手ということを知っているからこそ、そういう印象を持ってしまう。
「今年って4フリにだれかおった?」
「わかんない。プログラム無いと。私ももらってないし」
「ほんなら買ってくるわ。個人的に欲しいものあるし」
「どこにあるかわかるの?」
「一応、ちゃんと観客の入り口から入ってるし。場内も一応、回ってきたし。大体の場所はわかってるから」
「わかった。そのかわりちゃんと戻って来てよ」
「わかってるって。そんなアホとちゃうんやから」
そういうと、沙良は階段を駆け下りていった。
ほんと、沙良のテンションはいつも以上に高い。こんなハイテンションの沙良はいつ以来だろう。そんな感覚よね。
『300メートルにおいての途中時間、同じく第7レーン、原田くん。2分56秒96、2分56秒96』
少し、ラップタイムを落としてきたものの、まだまだリードを保っている。
「また泳ぎが変わったか?水しぶきが派手になった気がするんやけど」
翔稀が不思議そうに私に聞いてくる。
「たぶん、ラスト100メートルだから。全力で行ってるんだと思う。ここでグッと伸びてくる選手が多いのよね。ただ、ここからまだ上げられるってすごいよね。私も幾分かあげられるだろうけど、スタミナ切れでラップキープに専念することが精いっぱいだったけど。まっ、ずるずると遅くなるけどね」
「そう考えたらマジでトップ選手はすげえな」
結局、原田選手は最初から最後までトップを譲ることはなく、フィニッシュ。なんなら、後続と8秒も差をつける飛ばしっぷり。それだけの差をここでつけられるのもすごいし、なんなら、ミドルやロングで泳ぐ選手じゃなくて、短距離の選手だからね。
このあと、予選はあと2組続いたものの、原田選手より早いタイムで泳ぐ選手は出てこず、予選20位までの選手の名前が流れる大型ビジョンの上から3番目に原田選手の名前があった。
「下と2秒差か。原田選手が全力で泳いでいたなら、かわされる可能性は大いにあるか。何とも言えないなぁ、これ」
「ほんまに独り言が多いな。今日の美桜、ほんまにミアシスのリーダーと同一人物か?」
「あれ?男子は準決勝に出るのは8人だけ?」
「そんなことあるわけ……。あっ、ほんとだ。沙良が戻ってきたらプログラム見てみようか。っていうか、沙良、遅すぎない?」
「言われてみればそうやな。普通に10分以上たってるし。どっかで道草食ってんちゃう?あいつの性格やし」
「それもそうか。私もプログラムみたいのにな」
そんなことを思いながらさらに10分。ようやく沙良が戻ってきた。
「ごめん。出てる知り合いにばったり会ってしもうてさ、ちょっと話し込んでもうた」
なんだ。そんなことか。それなら仕方ないか……。
「えっ!?沙良お姉ちゃんの知り合いが出てるん!?」
「もう出ててんけどな。なんとか準決に滑り込んだみたいで、疲れとったけど、大興奮やったわ」
「それならよかったじゃん。存分に応援できるね」
「ほんまに。マジですごいわ。うちも大興奮やで。あっ、ほんで、これ。プログラムな。うちは自分用で買ったし、4人で回し見てな。もちろん、うちのおごりやから、必要やったらもう1冊買ってくるけど?」
さすがに5人で3冊はいらないと思い、丁重にお断りしてから、プログラムを眺め見る。
「あっ、今日のハーフレースと4フリは予選と決勝だけなんだ。それなら、さっきの上位8人しか次のレースに進めないのは納得だね」
「えっ、美桜、知らんかったん?ホームページに乗ってるやん」
「……あっ、存在すら忘れてた。とかいう沙良は知ってたの?」
「当たり前やん。全部見てるに決まってるやん」
沙良は強し。こういうのに隙がない。やっぱり沙良の熱狂度には勝てないな。
「大神選手と原田選手は3種目エントリーなんや。もっと出ると思っててんけどな」
「さすがにスタミナが持たないでしょ。短距離で神経使ってるのに」
「それなら宮武選手もそうちゃうん?」
「だとしてもよ。宮武選手は多種目エントリーに慣れているだろうけど、あの二人は今回が初めての日本選手権よ。無理する場面じゃなくない?」
「まぁ、それもそうか。まぁ、高校とかやったら、1種目出られただけで、垂れ幕かかるくらいやしな。そういうえば、うちのところもそうやったわ」
さっき言っていた知り合いのことかな。そんなことを思いながら、進んでいく予選レースを見ていた。
そして、お昼を回るころに予選競技はすべて終了。あとは夜から始まる準決勝、決勝競技、そして、その前にある開会式とセレモニー。
私たちはもう一回出番があるから、まだ緊張が解けないところはある。今はまだフランクなところはあるものの、ここからだろう。
「そうしたら、ここから自由行動にしようか。お昼ご飯食べに行ってもよし、花見しに行ってもよし、もちろん、ファンサはしてよ」
「わかっとるわ。とはいうもののこの辺、飯食うところはあるんか?」
「10分歩いたところに新木場の駅があるから、そこに数軒あったで。昨日確認済み」
「そうか。ほんなら亜稀鑼。俺らはそこ行くか」
「おう、せやな」
「ほんなら、うちは知り合いのところに行ってくるわ」
「えー、じゃあ、由佳は美桜おねえちゃんと行動する。というか、わからんところをウロウロするんは怖い」
と、それぞれの行動が決まったところで私も行動を決める。
天気もいいし、コンビニでお弁当買って、お花見しようっと。
「ほんならあとでな」
「はーい」
こんな感じで朝は解散。そして、私は由佳を連れて、一度控室に戻り、簡単に荷物を持ち、外に出ようとする。
「あっ、もしかして、ミアシスの方ですよね?」
後ろから声をかけられ、由佳と一緒に振り替える。
すると、由佳と同じくらいの身長の女の子が私たちの後ろにいた。
「やっぱりそうや。いきなりすいません。うち、めっちゃファンなんです。握手してもろてええですか?」
すごい関西弁。翔稀たちの関西弁を聞いているから、違和感はほとんどないんだけど、ここにいると、少し不思議な感じがするね……。
そして、由佳が自然にファンサをしているときに気づいた。




