114:冷徹な王子様
『プログラムナンバー2番、男子400メートル自由形、予選1組の競技を行います』
ここから男子か。4フリもレース展開が読めないんだよね。男子も全員が前半型に見えて、半分くらいは後半型もいるわけだし。抜け出したからと言って逃げきれるとは限らないし。
アナウンスの後、笛が鳴り、最初のレースを泳ぐ5人の選手がクラウチングスタートの構えで合図を待っている。そして、合図が鳴った後、豪快に飛び出していく。
ほんと、男子のスタートは豪快よね。逆に高校時代の部員がおとなしかっただけなのかな。でも、遅いながらもきれいにイーブンペースで泳いでたもんな。
「うわっ、めっちゃ豪快やん。こんなんでほんまに最後まで持つんか?」
浮き上がってきた5人の選手を見て翔稀が声を小さく上げる。その声は、私に解説を求めたいのか、ちゃんと私に届くくらい。
「たぶん、無理だと思うよ。ただ、こんなに最初から飛ばすのは私も記憶にない。もしかしたら、最初の50メートルはけん制で飛ばして、あとは、ペースを保って刻もうとしてるのかも」
こんなレースを見たことがないなんて、私もまだまだアマちゃんだな。
そんなことを思いながら、最初の50メートルを27~28秒で泳いだ選手たち。ここからどうレースを展開するのか。と思ったところでひとつ気づいたことがある。
フォームがミドルになっている。さっきまでは確実にスプリントだった。やっぱり、先行逃げ切りか?いや、そうだとしても、ヒート全員そうか?そんなわけはないだろう。ただ、読めない分、今は静観だな。
そこから予選1組から3組まで静観していたけど、やっぱりみんな同じ形に。最初に飛ばすのはけん制か?その可能性は薄いんだろうけど、読めない。沙良だったら、この意図はわかるんだろうか?聞いてみないと何とも言えないな。
そこからしばらくの間、レースが進む姿を眺めていた。そして、私が驚いたのは美祢さんの声が聞こえて、ビジョンを見た時だった。
『同じく予選4組の競技を行います』
「えっ……」
「どないしたん?」
私が驚いたのも無理はない。冷徹の王子様が出ているから……。
てっきりスプリントの2種目だけにしか出ないと思っていたから、ここに出てくるのははっきり言って予想外だった。
「4フリにでも出るんだ。スプリントにしか出ないと思ってた。挑戦、なのかな……」
ずっと短距離でレースに出続けている人が、さすがに練習は積んでいるだろうけど、ミドルに挑戦するとは……。泳ぎ方だった大きく変わるはずなのに……。
「……お姉ちゃん?どうかした?」
由佳の声でハッと我に返った。
「うん?どうかした?」
「いや、いきなり画面見て動かんようになったからさ。なんかあったんかなって」
「あぁ、ごめんごめん。なんでもない。ただ、出ている選手にびっくりしただけだから」
「そうなんや。で、誰なん?」
「さっき、話題にもなったでしょ?冷徹な王子さまって言えばわかってもらえると思うけど」
「えっ?さっき、お前、短距離の選手って言うてなかった?」
「うん。そのはず……」
『テイクユアーマークス』
言葉を続けようとしたとき、遮られるように出発合図員の声が響いた。そのすぐあと、甲高い音が鳴り、飛び出していく8人の選手たち。
そして、浮き上がりから飛ばしていく7レーンの選手。まさに冷徹な王子様こと、原田直哉選手。ミドルのレースにも関わらず、頭から飛ばしているようにも見える。
「前に出てんのか?」
「たぶん、ただ、飛ばし過ぎているように見えるから、後半が心配なんだけど……」
たぶん、最初の50メートルを25秒で入りそう。そこからは30秒キープな気もするけど、どうだろう。
最初の50メートルは原田選手が引っ張るような形で最初の50メートルをターンしていく。……予想通り最初のラップを25で入ってきたか。ただ、25秒前半とは。そこは予想外だな。こうなってくると、最初の100メートルは55秒くらいで回るのか?そんな気がする。
そして、すでに最初の100メートルのターンに差し掛かり、流れるようにターンをしていく。
「マジか……」
ふいにこぼれた言葉かもしれない。ただ、こぼれるのは無理もない。だって、驚異の54秒67で最初の100メートルを泳いでいるんだもん……。ほぼ短距離のレースに近い泳ぎを見せた。しかも、すでに身体二つほどもリード。やっぱり、後半、どこまでスタミナが持つのか気になる。
ただ、その中でも少し違和感を感じるのはなんでだろう?
「やっほ~。やっと見つけたわ。ってか、あの二人、ほんま凄いな。きれいにワンツーフィニッシュやん?」
「それどころじゃないって。冷徹な王子様が4フリのこのレースに出てるのよ」
「嘘やん!?そんなん、ありえんの!?」
「だって、ほら、7レーン。原田直哉、東天満大学って書いてあるでしょ?」
「……うわっ、マジやん!いや、だって、あの人、スプリンターやろ?泳ぎ切れるん?」
「いや、さすがに泳ぎ切るだろうけどさ、問題はタイムでしょ?しかも、そのタイムも頭の100を54で回ってるのよ?飛ばし過ぎじゃない?」
「たしかにスプリンターらしい入りやな。ただ、そんな泳ぎに今は見えへんな。なんていうか、静かで、ミドルを意識してるみたいな感じ?」
それか。見ていたのはいつもスプリントのレースだったから、いつもの迫力がだいぶ欠けていたのね。
「ただ、それでも滑らかに流れるな。力を抜いて、持ち味のフォームで力ます、推進力が減ってるものの、抵抗を減らしてカバーしてるようにも見えるな。それでも推進力がないからあれやけど。100から150のラップも29キープか。ほんまに飛ばしてるな」
「まるで最初から決勝のレースをしてるみたい。あっ、そういえば沙良、あんた、さっき何処から見てたのよ。声だけはすぐに分かったけどさ」
「あぁ、まさか呼ばれると思ってなくて、チケット買っとったんよ。そこから見てた。思ったよりええ場所やったからさ。うちもターンの時、思った以上に響いたから焦ったわ」
そういうことか。全部納得だよ。




