9:イベント本番
少し移動して、ステージの裏側まで来ている。ステージ上ではマネージャーが流暢な喋りでいろいろ喋ってる。
「さぁ、それではですね。少し早いんですけど、男女混合グループのミアシスが今からこのステージで少しだけリハーサルをさせていただきたいんですけど、大丈夫そうですかね?」
見る限り、集客はイマイチ。でも、立ち止まってくれてるだけでまだ少しは安心感がある。これが誰も立ち止まってなかったらと思うとかなりやばかったんじゃないかな。
そんなことで立ち位置から入念に確認をはじめ、十分に確認をしたところで私が話し始める。
「みなさん、初めまして。私たちミアシスと言います。アイドル界では珍しい男女混合のグループです。初めてのライブだということでメンバー全員、緊張マックスなんですけど、全力でやらせていただきます!その前にリハーサルだけさせてくださいね。お願いします」
私が、音響の人を見ながら言う。音響さんはちょっと寡黙な人。だけどものすごく優しい人。無言で見慣れない機器をいじり始めた。
流れてきた軽やかなメロディーにステップも幾分か自然に軽くなる。ベースがメインの曲だったら、雰囲気が重いままライブをしないといけないかもしれなかった。
ただ、カップリングがなぁ。表題曲とイメージが正反対だからどういう反応されるかなぁ。イマイチ掴めないのよね。
沙良が言っていたイメージよりかは若干広かったステージでリハーサルを終えた。ただ狭いことには変わりはない。振り付けを変えておいて正解だったのかもしれない。
少し控え室に戻って、汗をぬぐって、水分補給をしたら、もう一度ステージそばまで向かう。
「少しだけ小さなミーティングをしようか」
リーダーの私が言って、みんな私のそばに集まる。
「ミアシスとして初めてのライブ・イベントです。私自身、緊張で吐きそうだけど、楽しんでいきましょう。行けるよね。いや。行くよ。今まであれだけ練習したんだから。まぁ、気負わず楽しみましょう。行くよ!ゴーハイゴー!」
『ウィーアーミアシス!』
自分たちで決めた掛け声を派手に叫び、ハイタッチをした。ライブ前にしようとみんなで決めたこと。これで気合を入れる。
「さぁ、大変長らくお待たせをいたしました。本日デビューのミアシスです!楽しんでいってくださいね。それではどうぞ!」
表題曲のサビが大きくなり、私たちミアシスがステージの上に乗る。
「どうも初めまして!私たちミアシスと言います。今からここでリリース記念のイベントライブをさせていただきます!お仕事帰りでお疲れかもしれませんが、足を止めて私たちの曲を聴いていってください!それではデビュー曲〈そよ風に〉」
リハーサルと同じときの曲が軽やかに流れてきて、歌いだした。
春の出会いと別れを意識したようなこの曲。撮影は事務所と学校の近くを流れている川で急ピッチで進めていった。しかも、雨。監督さんは大喜びだったけど、撮ってる間はだいぶ寒かった。天気をひどく恨んだのは初めてのことだった。
曇り空が晴れ渡ってく ただの雨が櫻に変わる
櫻の雨の中君と歩いていく
続いていくサビ。ここがかなり振りが大きくなるところで、手と手がぶつかりそうになりヒヤッとする。リハーサルは確認に必死で距離感までは測らなかったかなぁ。危ないと思ったらぎりぎりでなんとかかわす。そういうシーンが何度か見受けられた。
翔稀とは、ギリギリでぶつかるのが分かっていたから、気付かれないように後ろに移動していた。
ヒヤッとするシーンを何か所か潜り抜けて、気付けば急ピッチで振り付けを変更した間奏へ。危うくそのことを忘れそうになり移動に遅れかけた。
変更した振り付けを問題なくやり遂げたダンサー陣。やっぱりスキルが高い。私も負けてられない。ここのソロ。切なく行こうじゃないの。
私の声が聞こえたのなら どこかで返事すると信じた
でも君のあの声があの声が聞こえてこない
切なく歌い上げる。悲しい感情を混ぜて感情を少し荒げる。
ただ、荒げすぎて、あと少し感情を入れたら涙がこぼれ落ちそうになった。(うるんでいたのは秘密の話ね)
「ありがとうございます。まずはデビュー曲の〈そよ風に〉という曲を聴いていただきました。私たち、ミアシスは今日初めてのシングルを出してデビューしました。持ち曲はさきほど披露させていただいた〈そよ風に〉という曲とカップリング曲、あと、ダンサーオンリーの曲の三曲だけです。これからもっと頑張っていきます。どうぞ応援よろしくお願いします。と言っても、メンバーの名前を覚えてもらわないことには応援もしてもらえないと思いますので、メンバーそれぞれの自己紹介をしていきましょう。まずはダンサー沙良!」
「はい、ミアシスのダンサー、長谷川沙良です。どうぞよろしくお願いします」
「続いて由佳!」
「はい、ミアシスの最年少でダンサーの田沢由佳です。今日はよろしくお願いします!」
「さぁ、次は翔稀」
「ダンサーでサブリーダーの野村翔稀です。短い間ですけど、どうぞよろしくお願いします」
「次はボーカル亜稀羅!」
「ボーカルの金子亜稀羅です。今日は短い間ですけど、どうぞよろしくお願いします」
なんとか、流れでメンバー紹介をすることは出来た。あとは、私が自己紹介して、次の話に繋げる。
「そして最後、ボーカルでリーダーの中川美緒です。今日は短い間ですけど、どうぞよろしくお願いします。ってことで、見た目でこぼこなミアシスの簡単な説明だけしておきますね。 ミアシスは中学二年生から高校三年生までの幅で活動してます。そして、今日リリースさせていただきましたファーストシングル〈そよ風に〉でデビューしました。ミアシスの名前の由来は、メンバーの名前の頭文字を一つずつ取って、自己紹介の逆で並べてもらったらすぐにわかると思います。で、意味は、いつまでも初々しく、五人で夢を作り上げるという意味がシンプルな中に詰め込まれています。そういえば、私、メンバーの夢って聞いたことないな。せっかく初めてのイベントだし、私一人でしゃべってるのもあれなんで、メンバーの所信表明でもしましょうか」
つらつらと私一人が喋りすぎた感もあって、少し、ほかのメンバーにも話を振ってみる。
そして、げっ、マジかよ。と地声で行ったのは男子陣。なにかまずいことでも言ったかな?ここは、調子に乗ってもいいかな?
「それじゃあ、なにか都合の悪そうな翔稀から!」
「はぁ? まぁええわ。ミアシスでの夢だろ。……しいて言えば世界一のボーカルダンスグループになりたいな」
「翔稀の夢、大きすぎない?まぁ、いいよね。私も世界で羽ばたいてみたいし、次はだれにしようかな。じゃあ亜稀羅」
「俺か。俺は踊れて楽器もできて歌えるグループかな」
亜稀羅は大きな野望を抱えているようだ。でも、それはそれで面白そうかも。
「亜稀羅、悪いけど、それ無理やわ。うち、振り付け覚えるのにギリギリやし、そこまで手が回らへんわ」
と沙良。まぁ、まだ様子見なところはあるから、仕方ないか。正直、私もそこまでできそうな感じはしないし。
「まぁ、沙良、そこは追々考えて、余裕が出てきたらやろうよ。なら、次は由佳かな」
「由佳はね、積み重ねを大切にしてここでもっかいやりたいし、もっと大きなステージに羽ばたいてみたい。あわよくば毎年武道館で?」
「由佳のほうが大きすぎない?まぁ、いいか。どうする?先に沙良行っとく?」
「え~うち~?うちは、誰でも知ってるようなグループになりたい。で、大きな会場でたくさんライブしたい。で、毎日楽しく過ごしたいっていうのが夢かな」
「沙良の夢も大きいね。最後は私だよね。私は、今よりももっとレベルを上げて、ソロでいろんな活動をして、誰もが名前を聞いたら『あぁ!あのグループね』みたいなところまで行ってほしい。かな。なんて思ったりもして」
「美桜姉は欲張るなぁ。まぁ、レベルアップはせなあかんし、息の長いグループになれば一番ええけどなぁ」
私の夢にしみじみと言った感じで翔稀が感想をつぶやく。
「さぁ、そんな初々しいミアシス。今日デビューしまして、今日からミアシスのリリースイベントが続いていきます。春らしい〈そよ風に〉というタイトルのように、皆さんのもとへ春が届けばいいなぁ。と静かに思っています。今日もこのライブが終わった後に特典会もさせていただきます。CDもたくさんご用意していただいているみたいですので、どちらかの曲がよかったなぁとか、どっちもよかったなぁ。とかあれば、ぜひともCDを買っていただきたいと思います。さぁ、ここからラストまでぶっ飛ばしていきましょうか。ダンサーによるパフォーマンスの後、デビューシングル〈そよ風に〉のカップリング曲〈君のハートはインマイストマック〉、そして、もう一度聞いていただきます。〈そよ風に〉。少しあわただしい感じはしますが、最後までミアシスの初めてのイベントをお楽しみください。それではどうぞ!」
自然にしゃべっていたけど、実は台本があったわけでもなく、頭をフル回転させながらしゃべっていた。だって、その証拠に私がメンバーの夢を聞いたとき。男子陣の顔から一気に血の気が引いたもん。トークを得意にしてない証拠。たぶん、MCは私に預けていたみたいだし、びっくりしちゃったんじゃないかな。
ずんずん響くビートにのってダンサーはそれぞれが振りの位置に、ボーカル陣はステージ袖に退いて、一時休憩。
この後の予定は3曲ぶっ通しでライブを終わらせて、ステージチェンジしている間はミアシスを宣伝するビラ配り。ステージチェンジが終わると、特典会で、やることは買っていただいたCDのジャケットにサイン。
初めてのリリースイベントだから、人が少ないような気がする。と勝手に読んでいる。けど、足を止めてくれる人が予想以上。MCの時も少し焦りながらやっていた。
しかも、イベントの始まりに比べて明らかに足を止めてる人の数が増えている。このダンサーのパフォーマンスで少し足を止めさせたい。
っていうか、私もそんなことを確認するどころじゃない。ダンサーのパフォーマンス、初めて見るんだもん。気になって仕方ない。気付いたらダンサーのほうに目が向いてしまってる。
全くずれない細かい振り。ところどころにタイミングが外れると怪我することを否めないアクロバットも入ったりする。(私がすると絶対に怪我しそう……)
MCを入れないことを後悔するようなくらいもったいないダンサーのパフォーマンス。
次の曲なんてどうでもいいから、いつまでもダンサー3人のパフォーマンスを見ていたい。もちろん、叶わないことなんて最初からわかっている。わかっているんだけど、いつまでも見たい。
通りがかりの人の襟をもって引きずり、客席につれてくるくらい、ダンサーの引き込み具合、すごすぎる。たぶん、私の声では比べ物にならない気がする。というか、その気しかしない。
音がちょっと小さくなったかなと思えば、いきなりラストサビに入ったみたいに、急にドカンときて3人の動きがさらに大きくなった。
ここからまた複雑に絡ませた由佳と沙良のダンス。腕と腕が絡みそうで見ているほうもドキドキする。一番ドキドキしているのはダンサーの3人だと思うけど。
最後に翔稀のバク宙がきれいに決まると曲が終わった。
ずっと踊っているのに、最後のバク宙のタイミングを合わせ切るのは並大抵の技じゃない。私なら絶対に合わない。
瞬発力なら負けない自信があるんだけど……。タイミングを計るのは苦手。正直に言って〈そよ風に〉のラストサビ、足でタイミングを計っている。そうでもしないと、タイミングをよく外す。それで何回もレコーディングに引っかかったもんね。
さぁ、ボーカルに戻ろっか。次の曲はいろんな意味でヘビー。
メロディーはそうでもないんだけど、歌詞がね。思ったよりヘビーでいろいろ想像しちゃって歌いにくい。
普段なら、歌うと声が幾分か高くなるんだけど、逆位声が低くなって自分が歌ってるはずなのに、ほかの人が歌ってるように聞こえてしまう。
そして、物静かなところもまた厄介で、そのあたりが余計恐かったりする。
君の熱く燃え盛る ただひとつの胸にあるものを
僕が奪うから いつしか絶対に
歌っているだけで今ここで何かが起こりそうな気がしてたまらなくなってきちゃう。背筋が凍りそうなそんなイメージ。
カップリング曲を歌いきると、うって変わってまた軽やかなメロディーが流れてきた。
なのに、まだ顔が若干ひきつったまま。気持ちが切り替えられない。こんなことになったのは初めてかもしれない。ここは無理やり明るくいくしかないかも。




