105:リハーサル
「めっちゃ広い。こんな広いん……」
「私も辰巳に来るのは初めてだけど、やっぱり、雰囲気が違うよね。私でさえも圧倒される。沙良だったら、この気持ち、わかってくれるよね」
「……もち。緊張せぇへんほうが無理な気がしてきたわ……」
それでも沙良はクラッチプレーヤーっぷりを発揮して選手を応援できるようにパフォーマンスを見せてくれるかなと思いながら、沙良の少しこわばった顔を見ていた。
「うっひょ~、広いやん。やりがいあんで」
控え室から出てきた翔稀。やっぱり規模に圧倒されているみたい。だけど、翔稀に関しては、それさえも楽しもうとしているみたいだった。
「とりあえず~……。石塚さんはどこに行かれたんだろう。まぁ、ここで待つか」
「あれ?ステージはあそこか?あの数字の後ろにあるあの枠線の中か?」
「えっと、話し合いではたしかそうだね。で、あの電光掲示板の上にあるカメラと、当日合流のカメラクルーがそれぞれ正面から撮ってくれるって話になってる」
「そうか。見た感じ、だいぶ広くとってくれてるように見えるな」
たぶん、それは気のせいじゃない。いろいろと事情が絡み合って少し広くなっている。
「一応、翔稀が要求した9メートル×3メートルは確保して、万が一のことと、図りやすくするために、横は10メートル確保してもらってる。まぁ、1レーンがだいたい2.5メートルだから、向こう側としても枠は取りやすいんだと思う」
「そうか。交渉、ありがとうな。それでも広くとってくれるのはありがたいな」
「というか、ちゃんと事前資料渡してたでしょ?見てないの?」
「あぁ、そういえば、そんなん書いてたな。見落としてたかも」
「ほんとに~。頼むよ、サブリーダー」
そんな話をしていると、本部室から石塚さんと田村さん、それに、美祢さんも一緒に出てきた。
「おっと、お待たせして申し訳ありません。それではさっそくリハーサルと行きましょうか。えっと、ミアシスの皆さんは、9レーン側に来ていただいて、美祢さんが台本通りにさんのことをご紹介させていただきます。そのあと、そちらからのご提案通り、登場していただいた後、中川さんから一言いただき、そのまま曲に入る。という流れで進めていきます。大丈夫でしょうか?」
うん、これも最終打ち合わせの通り。なんら問題はない。
「はい。大丈夫です。よろしくお願いします」
そうして、話しながら移動してきた9レーンから、対面にいる長谷川さんと美祢さんに軽くお辞儀。すると、長谷川さんからは「了解」という意味があるのか、グッドサインが返ってきて、美祢さんからは会釈が返ってきた。
そして、石塚さんが軽くうなずくと、美祢さんも軽くうなずき、意気揚々とマイクを通した声が聞こえてくる。
「大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、オープニングパフォーマンスを開催いたします。日本水泳協会では、今年度より、水泳競技のさらなる発展・競技人口の増加を促進するため、親しみやすく、また、自身の力に変えてほしいという願いからテーマソングを設定いたしました。そして、本日は、このテーマソングを作成していただいたミアシスの皆様にお越しいただいております。ミアシスの皆様、よろしくお願いします」
打ち合わせだと、ここで、私が一言話して、曲に行く。曲が終われば、美祢さんのアナウンスで退場。そのまま本部席に引き上げて、みんなでそのまま本部席で競技を観戦。選手権初日だけど、私と沙良は、競泳経験者というからか、決勝競技のあと、入賞者のプレゼンターを控えている。こんな大役を任されてもいいのかと思いながら、この大役を受けることにした。
とりあえず、曲までの一言は、明日披露するとして、今は、リハーサルに集中。
正面にある電光掲示板には、リハーサルながら、本番と同じように私たちの姿が映し出される。もちろん、これはカメラテストも兼ねているから、私たちの姿が映し出されるっていうのもあるんだけど……。
そして、少しの間をあけた後、新曲の〈Take your Marks〉が流れてくる。
この曲は、協会のホームページで公開されたけど、私たちが歌っていることはまだ公表はしていない。
そして、私と沙良がメインボーカル、亜稀鑼がバックボーカル・コーラスに入るっていう形で変則的なフォーメーションととっている。
というのも、亜稀鑼がメインボーカルでエールを送るよりも、競泳経験者の沙良をメインボーカルにしてエールを送るほうが説得力があるんじゃないかって話が出て実現した。
最初は、当の亜稀鑼はどっちでも構わないという態度を示していたけど、沙良は、断固として拒否の姿勢をとっていた。だけど、田村さんとオリエンタルライムのボーカルコーチでもある滝川さんに諭されるような感じで、しぶしぶ受け入れた。
そんなこの曲。沙良にとっては、やったことのないパフォーマンス・フォーメーションでかなり戸惑っていた。いつもよりこなさなければいけないことは多かっただろうと思うけど、いい形になったと思ってる。
とりあえず、いつになく慣れないリハーサル。みんなが動きに四苦八苦しているような感覚を覚える。
「うーん、なんか、動きがみんなぎこちないな。なんやろ、この感覚。今までにないくらい動きにくいねんけど」
私もそれは思う。移動パートが少ない私も、かなり動きにくいと感じてしまう。
「にしても、暑いな。涼しいイメージはあってんけど、こんなに暑いんか。……あっ、これか」
汗をぬぐうために一度下を見た翔稀が何かに気づいた。
「靴や。この溝にはまるんやんか。それが違和感に感じたんやろうな」
確かに。でも、そうなってくると、私としても違和感がある。
ここって、プール側半分は滑り止めマットで、飛び込みプール側は白のタイルだったはず。だとしたら、まだこのあとに最終準備が残っているのかな?
「石塚さん、もしかして、この後、最終準備とかって残っていたりしますか?」
「このあとの予定では、審判員や選手が歩くスペースに滑り止めのマットを敷く予定にしていますけど……」
「あと、もうひとつだけ。マットって、プール側から仕切りまでの半部だけですか?」
「いや、仕切りのところを超えて、飛び込みプールの淵まで敷きますよ。
あっ、全部か。なら、問題がないと言えば問題はない。ただ、敷いた後もう一回やらせてくれってなると、由佳がタイムオーバーするか。だとすると、大きな会場だからあまりやりたくないことだけど、ぶっつけ本番と言ったところになるか……。
「わかりました。ありがとうございます。 ちょっと翔稀」
諦めがついたところで翔稀を呼んで相談を持ち掛ける。
「たぶん、今日の感覚は忘れたほうがいいかも。さっきも石塚さんが言ったように、このあと、滑り止めのマットを敷く作業があるらしいから、感覚が変わると思う」
「つまりは一発勝負ってか」
なんだかんだ、翔稀は察してくれるのが早くて助かる。一を説明しただけでわかってくれる。
「そゆこと。私たちからしたら避けたいところだけど、まぁ、無理だろうね。で、明日、一発勝負でどう出るかってところ」
「きっついな。まぁ、そうなったらやるしかないやろうな。やけど、100%のパフォーマンスはせなあかんから、対策は考えなあかんな」
「それはホテル戻ってからだね。とりあえず、もう一回音の聞こえ方を確認しとく?」
「のほうがええかもしれんな。今までっとは聞こえ方が違い過ぎて、遅れるように感じたし。たぶん、スピーカーって上よな?直線的に近い観客から見たら、もしかしたらずれてるように見えるかもしれんな。響いて壁に反射するから余計に」
「深く考えすぎに感じるけど……。まぁ、田村さんに感覚のことは話してみる。ちょっと待ってて」




