8:イベント直前
テストを終わらせて、電車に乗り込み、いつものように降りて、いつものように騒がしい大通りを少し歩いて、いつものように騒がしい大通りを少し歩いて、細い道に入って住宅街に。そこも少し歩いて、レッスンの時と変わらない感じでスタジオに向かった。
普通に出入りを自由にするといいうことで、ドアにカギ穴はなく、暗証番号と指紋認証というなかなかないドアを潜り抜け、いつもの更衣室でレッスン着に着替えて少し奥の方で振り付けを確認し始めた。
不安ごとは先に無くしておきたいタイプ。少しでも不安に感じたことはやっておかないと後に響きそうで怖くなる。から、怖さをつぶすために一人自主練を黙々と続ける。
そのせいで、メンバーがスタジオに入ってきたことに気付かず、振り付けの移動でメンバーが乱入してきてようやく気付くときがしばしば。実際に今日もそのパターンで、翔稀と沙良が乱入してきた時にようやく気付いた。
「おっす美桜。一人で自主練とは関心やなぁ」
「翔稀とは違ってダンサーじゃないから不安なところはつぶしておかないと怖いからね」
「よう言うわ。なんでもいつもきれいにこなすくせに」
「しっかりと全部こなしてるからね」
こんなやり取りがいつも自主練あとに続く。そろそろ終わってほしいものだとか思ったりするけど……。
「美桜、悪い。2サビの後半から振り入れて歌ってくれねぇ?亜稀羅とか由佳がいねぇから本番でどうなるかわかんねぇけど、間奏のアクロバットが続くところ、行けるかどうかだけ確認させてくれへんか。最近調子よくないからできるかどうかだけ」
アップを終えたらしい翔稀は、曲を流して、一度振り付けを通したあと、私にお願いをしてくる。
正直言えば、私も確認したい事だらけで、誰かに見てもらいたいという気もあったから、翔稀の確認が終わったら見てもらおうっと。
「別にいいよ。ラストサビの入りも確認したいし」
ってことで、翔稀の要望通り、2サビ~間奏~ラストサビと続くところをインストゥメンタルの音源を流しながら歌い、踊り、ダンサーの個人が躍るソロパートに入った。
今は由佳がいないから迫力もないけど、由佳もいれば沙良と息のあったアクションはすごい。そして翔稀は側転からブレイクダンスをしてラストサビに入る直前にバク転挟んでダンサーのメインパフォーマンスは終了。のつもりなんだけど、最後のバク転のところでバランスを崩した翔稀。
「やっぱあかんか。チャレンジするだけ無駄やったな。サンキュー、美桜。 あーっ!くそっ!行ける思うたのに!」
「まぁ翔稀、落ち着きいな。今日はどっちにしろ無理やって。うち、下見してこっち来たけど、ステージの幅も広さもだいぶ狭いから、振り付けは変えなあかんで」
少しイライラした表情を見せた翔稀を落ち着かせるように沙良が言う。
「マジで?沙良、広さってどれぐらいなん?」
「横は広がって振りはできるけど、縦は3×2がギリギリってところ。美桜トップの中学、高校って並ぶのは無理な感じ」
「沙良、それってかなり狭くない?ライブはできるの?」
「できひんことはない。いくつかのアイドルグループはそこでやってるし。やけど、振り付けは変えなあかんから焦ってへんように見えるけど、内心、めっちゃ焦ってるんやんか。はよ亜稀羅と由佳には来てほしいんやけど……」
なんだか、そわそわしているな。とは思っていた。だけどそれは、ライブ前だからなのかなと思っていた。けど、それは違ったみたい。
「確かにそうだね。時間も少ないからね。振り付け変えるってことは、もちろん考えてるよね?」
「あたりまえやん!マネージャーから聞かされた翌日に時間あったから見に行ったけど、かなり狭いことにびっくりして慌てて考えだしてんから。まぁ、振り付け変えるのはダンサーだけやけど、ちょっとボーカルにも動いてもらわなあかんかなって思ってる」
「時間足りそうなの?」
「まぁ、由佳も対応力は高いし、翔稀には申し訳ないけど、今から全力で行けば間に合うはず。翔稀のところをがっつり変えてるから」
「まぁ、俺も由佳には負けへんからな。ちょっと完成度が低くなるんは悔しいけど、やるしかないやろ」
「ほんな、行くで!」
そのすぐあと、由佳と亜稀羅が合流して、時間が許す限り振り付けの変更に追われていた。
内容は翔稀の側転とバク転がなくなって間奏の後半が翔稀のアクロバットに絞られることになり、間奏の前半は由佳と沙良が細かい振りがさらに増えてる。そのときボーカル陣はステージの端っこに避けている状態に変更された。
振りの覚えは速いダンサー陣。なんなくこなして、自分たちが言う完成度には程遠いみたいだけど、ある程度のレベルまで来たみたいで、なんとか披露できるまで、私たちボーカル陣も入って、フルで振り合わせに入った。ミアシスの初々しい姿をこの曲で見せようと思って振りを考えた沙良がかなり高度な振りを考えるのは少しびっくりしたけど、これをこんな短時間で覚えてしまうダンサー陣がすごい。
こんな高度な振り付けを見せることでミアシスのレベルの高さを証明できるか。無事に証明できれば、印象はかなり高いはず。
そして、イベント会場への移動時間。汗が噴き出す中、スタジオを出て、イベント会場へと向かった。
普段移動するスタイルで電車に乗り込んで、移動。耳にはもちろんイヤホンでミアシスの曲を聴いてる。これがたぶん、最後の確認になるんだろうな。
前にも乗ったことがある紫の帯を巻いた電車に乗ってすぐにイベント会場に着いた。
ここからがあわただしかった。
本番まで2時間しかなく、イベント開始までに着替えて、メイクアップをしてリハーサルも関係者へ挨拶をしないといけない。時間があるように見えて全くないからなんだか、ゆっくりしすぎたと思ってる。
まずはカーテンで控え室を2つに区切って男女分かれて着替える。着替え終わると、私は自分で、沙良と由佳はそれぞれにフェイス、ヘアスタイルをセットアップする。
それから、関係者へ挨拶を済ませると、すでに1時間が過ぎている。リハーサルは15分前にすると打ち合わせで決まり、それまでは個々に発声練習や振り付けの確認をすることを決めた。
もちろん、パートに分かれての発声練習や振り付けの確認。
朝からあまり歌ってなかったし、声も小さな声しか出してなかったからきれいな声が全く今は出てない。問題は、どれだけきれいな声が出て、振り付けをこなしているときでもぶれずに声が出るか。そこにかかってくると思う。
今日に限っては発声練習を時間かけてやったほうがいいかもしれないね。
「亜稀羅、振り付けのほうがしたいと思うんだけど、ボーカル重視でもいい?私、ちょっと声が出ないかもしれないの」
「オッケー。まぁ、俺も今日はなんもしてねぇからちょっと不安定だし。ちょうどよかったわ」
相思相愛ってことで、問題なし。この時間はほぼほぼボイトレにつぎ込むということで。
そして、そのまま時間が過ぎて、気付けばリハーサルの時間が近づいていた。
「美桜、亜稀羅。リハ行く前に最後一回合わせとくぞ。このままだったら合わねぇぞ」
「りょうかい。インストでボーカル入れる?」
十分な時間があったから、声の調子は上り調子で最高潮まで持ってこれてる。
「そっちのほうがいいな。俺らも生歌は久しぶりやし、おらへんときはスピーカーだけやったから、どう聞こえるんかそれも最後に確かめときたいし」
そこから最後、私と亜稀羅の声がリアルに広がり、小さい控え室での振りの確認は終わり。あとは、実際に見るステージでリハーサルをして最後の確認をする。




