11 決意
Side:真司
やるしかない。やるしかないんだ……
4人の攻撃が降り注ぐ中、ギリギリと歯を食いしばりながら、一歩間違えば人殺しになるかもしれない覚悟を決め、手に持つ槌矛を魔法の袋に吸い込ませた。
そして両の拳に大量の魔力を籠め全力でねじ伏せる準備を終えた。
最終的には拳だ。あくまで俺自身の話だが、魔力を大量に込めることのできる自身の拳が一番の攻撃力を生み出せることを理解している。この拳で今から直樹たちを全力で叩き伏せる。
不安からか心臓が激しく高鳴るが、それを抑え込みながら飛んでくる魔法攻撃を躱し、直樹の次の攻撃を待つ。
そしてその時がやってくる。
俺は直樹からの斬撃による直接攻撃を左の拳により粉砕する。砕け散る刃を確認しながらも、即座に右の拳で直樹の腹部を全力でぶん殴った。
ゴキリと言う嫌な音の後、転がるように吹き飛ぶ直樹。
心臓がギュッと締め付けられる感じがするが、死んでいないことを祈り次のターゲットを決める。
少し離れた位置で魔法を連発している順平を確認し、それを目掛けて『神速』で駆け抜ける。全身の筋肉が軋む様な痛みを感じながら力を籠める。
順平から魔法の連弾が降り注ぐが腕をクロスして耐えながら足を動かす。
そして順平に手が届くところまでたどり着くと、その頭をがしりと掴み、地面へと叩きつけた。
ガンという音と共に「ぐがっ」と言う声が順平から漏れる。
幸いトマトのように頭がつぶれることは無かったが、頭を叩きつけた右手が震えてしまう。
だが心を休めている暇はない。
次のターゲットとして早苗と加奈子を探す。
丁度よい事に少し離れた位置に二人がいる。
早苗は加奈子を守るように『結界』を張り、それをすり抜けるように魔法を繰り出してきている。
守られている加奈子は同じように『結界』をすり抜け8つのバズーカもどきから砲弾を発射している。
俺は魔力を強く籠めた雷撃を放ちその結界を砕け散らせた。
その余波で二人も小さな傷を負うが、それはすぐに塞がってゆく。早苗が常時『超回復』で癒しているのだろう。
再度『結界』を発動する前にと二人に向かって全力で走る。
ついでに早苗を『魔眼』で再度視るがやはり『死者蘇生』は覚えていない。茉莉亜より強くなっているはずなのになぜに覚えていないのか……
あるだけでもしもの際の保険となりえたのにと歯噛みしながら、両手に魔力を籠める。
早苗が新たな結界を発動するが、それに構わず体を当て砕く。そして左、右、と二人の腹部を下に叩きつけるように撃ち抜いた。
二人は呻きながら地面へ叩きつけられる。
これで4人は暫く動けないだろう。
そう思って息をはき、震える両手を見た。
まだ息が荒い。
決して疲れではない。精神的に限界を感じる。人殺しになんてなりたくはない。それも相手は同じ日本人だ。そう思いながら最初に打ちのめした直樹の方を確認する。
「嘘、だろ……」
直樹はふらつく足取りで立ち上がりこちらを睨んでいた。
腹部を抑えているのでダメージが無いわけでは無いだろう。足取りもおぼついていない。もう一度眠ってもらうしかない。
そう思った時、直樹が腰の袋から何かを取り出した。
取り出した石を見て、心臓が締め上げられるような感覚を覚える。
直樹がその石を口にする……見覚えのあったそれは、嘗て帝王ギルダークが使ったあの石のようなものだと推測してしまう。
次の瞬間、直樹の体がブレたと感じ本能的に両手をクロスさせ魔力を籠める。
そして両腕に強い衝撃を受け、身体が吹き飛ばされてる。
どれだけ飛ばされたかは分からない。
地面に打ち付けられなお止まらない体を踏ん張り何とか態勢を整える。
幸い最強装備ジャージは破損しては……いや、ところどころ傷がついたり破れたりしているようだ。
あれはヤバイ。ほとんど見えなかった直樹の攻撃を体験し、もはや死ぬ死なないなど考える余裕すら無くなったことに吐きそうになる。
俺は殺すための覚悟を決め、直樹の元へ戻るため足を動かした。
視界には遠目でも倍程度に体が膨れ上がった直樹と、同じように立ち上がり全身がうねるようにして、今まさに怪物となっている最中の3人を見て絶望を感じ足を止めた。
追撃が来ない。まだ体が思うように動かないのかもしれない。俺は呼吸を整えるように深呼吸した。
「チュー(真司様!ニガルズ様と周りにいる計4名、召喚希望です!)」
「チュー(奥方様もまもなく到着予定です!)」
「チュー(ミーヤ様召喚希望です!)」
息を整えている俺の影から3体の影鼠が這い出てきてそう告げる。
「ニガルズたち4人だな。分かった。真理たちもくるのか。そうだ、俺は一人で戦っているわけじゃないな……」
少し心が軽くなる。
「ミーヤは却下だ。ここは危険だ。絶対に帰るから美味しいもの仕入れて待っててくれと伝えてくれ」
「チュー(畏まりました!)」
ミーヤからの伝令の影鼠の返答を合図に影鼠たちは影へと戻って行った。
よし、ニガルズとその周りだな。
俺はニガルズを思い浮かべその周りにいるであろう誰か知らない3人をぼんやり思い描きながら『眷属召喚』を使った。
先ほどまでの戦いと、今の召喚により減った魔力をあの不味いやつで補う。
俺の目の前には片膝をついた態勢でニガルズ他3名が召喚される。
「真司様、召喚頂きありがとうございます。フロイトスより捕縛用拘束具をお持ちしました」
そう言ってニガルズから太い鎖のネックレスのようなものを4つ手渡された。
『魔眼』で確認すると、どうやらそれは強力な呪いの力で相手を拘束するようだった。
これなら何とかなるかも……そう思ったがあれを押さえつけてこれを首にかけるのはちょっと厳しいかもと思ってしまう。かといってニガルズ達では一撃で殺されかねない。
どうしたらいいのか。
頭を悩ませている中、その余裕もないのだと迫ってくる何かを躱す。
俺が立っていた場所には巨大な岩石のドリルのようなものが突き刺さっていた。
幸いニガルズ達も避けれたようで、少し距離を開けていた。
だがその顔を余裕がなさそうだ。ニガルズであってもあんな怯えた表情を見せるのかと少し笑ってしまいそうになるが、すぐにその余裕も消える。
俺のいた位置に今度は直樹が突っ込んできたが、今度は魔力感知を全力で意識しているので直樹の攻撃を感じることができた。こちらも必死である。無様に体をのけぞらせ横っ飛びして地面を転がった。
さらに追撃が次々に飛んでくるが何とかそれらを躱す。
やはりターゲットは俺だけのようで、ニガルズ達は遠巻きにその戦いを見守るしかない状態だった。
今の均衡した戦いの中で4人に拘束具で体の動きを封じるのには、かなり無理があると思いながら右手に握った拘束具を一旦袋に突っ込んだ。
俺は再び槌矛を取り出すと攻撃をいなし、躱すことに集中しながら真理たちがくる時を待った。
冷や汗を流しながら攻撃を捌いているのだが、段々とそれが厳しくなってくる。あの石の効果かどうかは分からないが、攻撃が少しづつだが重く、早くなってきている。
この瞬間俺を切りつけてくる直樹を見ると、すでに体の変化は止まっているようだ。
元のサイズと比べれば3倍程度だろうか?全身が爛れたようになりウニウニと何かが蠢いていたのも今はもう無い。元々の直樹が3倍の大きさでマッチョに育ったかのように綺麗な肌へと戻っている。
完全に馴染んだのかもしれない……
そもそもアレは何なんだと今更ながら考える。ギルダークの時は最終的にはゾンビのような見た目になっただろうに……いや、あれから直樹たちのように完全体みたいになる予定だったのか?
だが4人はどこから入手を……いや違うな。大方ギルダークとの戦いを誰かから聞き、加奈子が錬金術で作ってしまったのだろうと考える。もしかしたら大賢者の力でギルダークが使ったものより高い性能のものかもしれない。
そんなことを考えながら、我ながらではあるが良くここまでゆったりとした思考ができるなと思ってしまう。
これがゾーンとか言うものなのか?
そう思いながらも攻撃を捌き続けるがそろそろ本気でヤバイ。飛んでくる攻撃の数がかなりヤバイ。進路を邪魔する『結界』の密度がイラつくほどヤバイ。繰り出される斬撃の威力が必殺っぽくてヤバイ。
限界を感じたその時、俺の体に暖かなものを感じ軽くなったように思えた。
「すまん遅くなった!まだ生きてるな!」
エステマの声が遠くから聞こえてホッとする。
であれば今の俺は茉莉亜の『祈祷』により強化されたのだろう。
「真司ー!」
背後から真理の声がする。
真理の声も聞けた。体も軽い。これならやれると気を少し緩めた俺は、直樹の斬撃を槌矛でガシリと受け止めた。だがその瞬間、俺は後方に数十メートルほど吹き飛ばされることになる。
吹き飛ばされながらもなんとか身体を捻り着地し、地面に打ち付けられることは回避したものの、腕がしびれて槌矛を落としそうになる。
また強くなってるじゃねーか……そう感じて直樹たちを見ると、こちらをジッと睨むようにして立っていた。
またも追撃が無かったことに安堵しながら背後を見ると、いつものメンバーが着地するのが確認できた。
「なんだよあれ……今のお前を吹き飛ばすとかどんだけだよ……」
エステマが俺の近くまで来るとそう嘆いていた。
「アイツら、強化する石使いやがった……」
「は?あの帝王の時のやつか?」
「ああ。多分大賢者が作ったんだと思う。だからあれよりもっとスゲーのっぽいんだよな」
「ヤバすぎないか?どんどん強くなってるんだろ?」
「いや、今はもう止まって……」
俺は直樹たちの方に視線を向け、また俺は頭を抱えそうになる。
なぜ直樹たちが先ほどよりもさらに大きく見えるんだ?
どうやらあの石はあれで完全体ではなかったようだ。先ほどよりもさらに大きくなった直樹たちを見てそう思った。
「本格的に世界の終わりが見えてきたよ。さっきよりさらに強く、なんて無理だろあれ!どこまでチートだよ!」
「俺も加勢するから何とかできないのか?」
「いや、多分下手に攻撃を仕掛けたら反撃がくる。多分エステマでも一瞬で死ぬかもしれない。真理たちも手出しするなよ?手を出さなきゃ多分攻撃されないから!でも、そんなことも言ってられない……のか?」
俺は言ってて気づいてしまう。
そもそも俺が負けたら世界は終わる、という話では無かった。
俺が負ければ、いや、死ねばそれで直樹たちも止まるんじゃないか?俺の命一つでこの世界は丸く治まるんじゃないか?と考えてしまう。いや、実際それで丸く治まるのだろうなと結論付けてしまい気持ちが沈む。
「真司様……」
気付けば気落ちした俺の横には、真剣な表情をしたニガルズたちが立っていた。
覚悟を決めた表情で俺を見ているニガルズ。
その顔を見て、ニガルズの言いたいことが分かってしまう。魔人の中では一番長く付き合いがあるニガルズ。その力は後から入ってきた本来格上のはずの魔人たちにも負けず劣らず最強の魔人と言っても良いだろう。
俺が仕事を任せきったため激務のはずなのに、時間を見つけては修行に交じって自分を強化してきている真面目な奴だ。魔人に対する誉め言葉かどうかは別にして、信頼できる男だ。
「はあ。いい加減嫌になるなこの世界……」
「私なら、十分に生きました」
ため息まじりに愚痴る俺だったが、こんな時だと言うのに……なぜそんな笑顔を見せるんだニガルズ。
「すまん」
俺が震える声で一言発する。そう言うと、ニガルズは俺に膝をつき頭を垂れる。
そして俺はニガルズに『眷属融合』を発動するため震える手を伸ばした。
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