09 式典
Side:真理
昨日、エステマちゃんが一人で帰ってきた。
帰ってきて早々、リザと少し話をしたと思ったら皆を応接間に集め話をはじめたエステマちゃん。
「明日は皆、城で式典に参加してもらう!」
エステマちゃんがそう言うと、それに反応するようにクリスチアが用意してあった箱をみんなに手渡してゆく。私たちが明日着て行く衣装だという。少しだけ気が重くなってしまった。
そして今日、リザと私、そして茉莉亜お姉ちゃんとイザベラちゃんが王都のあの上部が破壊された城まで赴いた。
破壊された城はすでに綺麗に修繕されていた。
ドワーフ族が総出で修繕が行われ驚くべきスピードで完成となったようだ。そのことを市民に報告し、共に祝うという式典が行われると言う。
「魔王は復活し、その報復を受け城は大破、国王セメタガリン・ロズベルト殿と宰相ガリント・サレコウベ殿、王宮騎士アレックス殿が犠牲になられた……」
この言葉で始まったエステマちゃんの演説で詰めかけた群衆から様々な声が投げかけられた。
そして私と茉莉亜お姉ちゃんが二人の聖女様としてお披露目となり、イザベラちゃんも稀有なジョブを持つものとして共に戦うとして紹介された。そしてエステマちゃんも勇者として魔王と戦い必ず討ち滅ぼすと言う宣言が成された。
そして真司の事も『もう一人の協力者』として紹介された。
「現魔王となってしまった真司殿、聖女である真理様と一緒に召喚された異世界の転移者、彼も今、前魔王メビオスを倒すため魔界へ単身乗り込み、魔人たちを打ち滅ぼし、そしてその魔人たちを眷属として力を蓄えている!」
そう告げられたのだが、エステマちゃんの熱い演説もあって概ね受け入れられているようだった。所々に嘘が散りばめられてはいるが、集まった市民を納得させるのには良い演説だったと思う。
「そして真司殿の力をさらに上げるべく、眷属化した魔人たち率いる魔物たちにより各地で害悪となっている魔物たちを駆逐して廻って貰おうと思っている!」
市民達の困惑の声が聞こえる。
「皆には真司殿とその眷属の魔物達を信じてほしい!」
さすがに集まった市民たちも混乱しているようで、様々な不安な声が飛び交い城の前は騒然となってしまった。
しかしそれはエステマちゃんの次の言葉によりかき消された。
「勇者が倒せばそこで全てが終わり平和になると思っていた魔王と呼ばれる疎ましき者……だが倒せば必ずどこかで新しい魔王が生まれる事が神によって告げられた!」
その瞬間に静寂が訪れた。
皆が息を呑んで勇者の次の言葉を待っていた。
「真司殿、いや、いい加減真司くんと呼んでおこう。本人は畏まったのは苦手らしいからな……」
エステマちゃんが少しだけ微笑むと小さく息を吐いた。
「真司くんは真理ちゃんと共に異世界からやってきた心優しい青年だ。ジョブが魔王だからといって人類の敵という訳ではないんだ。そしてこの世界にやってきてすぐに不運な事に危険な森へと飛ばされた。
まだ弱いままであったハズなのに……そして魔物に襲われ、命からがら逃げた先で、そのジョブゆえに冒険者たちに追い回され殺されかけたこともある!そんな彼は日々生きるのも必死な状況であったと想像できるだろう!」
そこで一旦話を句切り、集まった市民を見回すエステマちゃん。
「人を恨んでしまっても不思議ではなかっただろう……」
私はその言葉に涙が止まらなかった。
「だが彼は魔王メビオスを倒すために今、必死になっている!魔王メビオスは俺が絶対倒す!と、この世界は良い奴だって多いからなと!……そう言って今も必死に強くなろうと戦っている!
だがもし、彼が過ちを犯したのなら……私が彼を責任を持って始末する!そして詫びとしてこの首を差し出そう!だから信じてほしいんだ!真司くんと言う心優しき青年を!そして……」
そこまで言うと、エステマちゃんは大きく息を吸い込んだ。
「そして、今度こそ!魔王メビオスを倒し、共に平和な世界を取り戻そうではないか!」
一際大きな声で言い放ったその言葉に、集まった市民たちの湧きたつ声が長い間その空間に響いていた。
私は、胸に熱いものが込み上げ流す涙で顔を歪めながら、エステマちゃんに、集まった市民たちに深く感謝した。
どうやら真司のことも受け入れてもらえそうだ。
これが前日から考えていたエステマちゃんの演説である。
夜中に何度もその内容を聞かされ、「これで良いだろうか?」「受け入れて貰えるだろうか?」と散々悩んだ末の内容であった。それゆえ、皆が若干寝不足で臨むことになった。
真司を受け入れて貰えるかで今後の作戦が変わってくるのだから不安なのも分かる。目を赤く腫らしていたエステマちゃんもここでようやく安堵したようで、用意してあった椅子にドカリと座り込んで深く息を吐き出していた。
今後は魔界で眷属にしたという魔人たちが、魔物も引き連れ大陸中の森の魔物を眷属化すべく動き出素予定だ。
この流れなら冒険者ギルドの計らいで暫く魔窟外の魔物の駆除などについては冒険者たちには遠慮してもらい、真司の眷属に任せるという話も取り付けられるだろう。
眷属によって眷属になった者の繋がりは弱いという。だがそれでも得られる能力は少しでも多い方が良い。それに地域の実害を魔人が率いる魔物軍団が解決してゆくのであれば今後の共存という道も明けるかもしれない。
魔力が強いほど長生きできるこの世界、真司と私が何時まで生きていられるかは分からないけど少なくともその期間だけこの世界は平和になればいい。そんなことを考えているうちに式典は終わっていた。
私は部屋に戻ると聖女様として祭り上げられるための堅苦しいドレスを脱ぎ捨てベットにダイブした。
「つかれたー」
「真理様、お疲れ様です」
「何とかなったようで良かったね!」
「そうですね。まずは一安心と言ったところでしょう」
リザにねぎらいを受けながら部屋でしばしゴロゴロしている。もう何もしたくない。長く過酷な修行から解放されたこともあって自然とだらけモードに入ってしまう。
すると、お風呂場の方からはイザベラちゃんがさっぱりした表情で出てきた。エステマちゃんと茉莉亜お姉ちゃんも遅れて出てきた。
私もダラダラしてないで一緒に入れば良かったと思いながらもお風呂場に向かうと、当然だがリザが着いてきたので一緒にお風呂を頂いた。
与えられた部屋の広い湯船に浸かりながら、少しだけ今後のことを考える。
今後は眷属の強化とその数を増やすために各地に眷属化された魔人達が派遣される。真司も魔界で必死に修行を続けている。私たちだってまだまだ魔力を強化しておきたい。魔王メビオスがどれほど強いのか分からないのだから……
万全の状態で臨まないくてはならない。
テレビゲームのように失敗したらリセットする事はできないのだ。失敗=死、なのだから……そう考えると少しだけ震えが出た。
「真理様、もう少し温度を上げましょうか?」
同じく湯舟に浸かりながらこちらを心配そうに見るリザ。その右手には炎の玉が出現していた。
「大丈夫だよ。ちょっと怖くなっただけ」
「そうですか……大丈夫ですよ。私たちが力を合わせればきっと」
「うん。そうだね。きっと大丈夫!」
私は顔をバシャバシャと湯で温めながら気持ちを切り替えた。
そして忘れないうちになぜ火の玉を出せるか聞いてみた。
火の玉を出すスキルは無いはずだからね。
その後、この世界の常識をまた知ることになる。火とか水とか土とか……基礎魔法と言うのがあるんだってさ。それはスキルが無くても練習次第で使えるとか……もう少し早く教えてほしかった。
私は業火の聖女を目指すという新たな目標が出来たと拳を強く握り締め、天高く突き上げた。
「真理様、早く服を着て頂かないと風邪をひいてしまいますよ?」
「そうだね……」
私は慌てて体をバスタオルで拭き下着を身につけると、いつものようにリザによって手早く寝間着を着せられることになった。その手際の良さにどうやら湯冷めの心配は無いようだと思った。
体をさっぱりさせた後は夕食を頂いた。お昼は抜いていたので本当に美味しく食べることができた。空腹は最高のスパイスとは良く言ったものだ。
「真理様はいつも美味しそうに食べますよね?」
「えっ?そう?」
そんなことを言われてしまうと少し恥ずかしくなる。動いた後はお腹が空くんだよね。いや今日はあまり動いていないけど。
「それより、後で魔法教えてね」
「はい。分かっていますよ」
私はその返答を聞いて嬉しさが込み上げ、そしてまた目の前の食事に集中することにした。
「ねえ、魔法って何?この世界ってスキルじゃないの?」
折角食事に集中しようと思っていたのに、エステマちゃんの隣に陣取っていたイザベラちゃんから質問が来た。
「ああ、この世界は火の魔法とか誰でも使えるらしいよ?」
「えっ!ほんと!私にも教えて!」
「私も聞きたいな」
目を輝かせてこちらを見ているイザベラちゃんと、こちらを誘惑するような目を向けてほほ笑む茉莉亜お姉ちゃん。もう夕飯は良いかな?2杯はお代わりしたし……そう思って席を立つ。
「リザも食べたら教えに来てね。私二人とベットに行ってる」
「分かりました。もうすぐ終わりますので……」
リザに声を書けた後、二人と一緒に広いベットの上へとなだれ込む。
そしてさっき見たリザの火の玉と、魔法が練習次第でスキルに関係なく使えることを伝えた。
「それでそれで!」「どうやって使うの?」と聞いてくる二人には「さあ?」と答えたところでリザがやってきたので「リザに教えてもらおう!」と丸投げした。使い方にてういてはまだ聞いていないからね。当然こうなる。
使い方も分からないのに二人を連れてきた私の浅はかさよ。
ちょっとテンションが上がりすぎて自分でもおかしいと思ってるよ。無いと思っていた魔法を使えるんだからね。興奮しない方がおかしいと思う。それは目の前の二人を見てもあきらかだ。
いや……茉莉亜お姉ちゃんはちょっと違うかな?
ほほ笑むように私とイザベラちゃんを見ているだけのようだ。
「では基本から……」
そう言って始まったリザの魔法講座。
魔法は頭の中に基本となる紋様を浮かべながら、いわゆる呪文のような句を詠むことで使えるという。なれると句も頭の中で良いらしい。これも魔窟などで見つからるレアドロップである魔法書に掛かれていたものらしい。
珍しい魔法になると、見つけた人がお金を払って教えたりするようだ。
基本となるのは火、水、土、光らしく、珍しいのだと氷や闇といったものもあるが、少し紋様が複雑で魔力も多く消費するようだ。そんな感じで基本の座学が進んでゆく。紙に書かれたそれぞれの紋章を暗記してゆく。
そして句については今は絶対に声を出して読まないでと念押しをされつつ紙に書いてもらった。
最初から声を出さずに使える人は稀ということなので、心の中で何度も復唱していた。
「これ、早く使ってみたい……」
「そうだよね!」
イザベラちゃんの漏らした言葉に賛同した私は、リザにお願いする視線を投げかけた。
「昨日もあまり寝られてなかったでしょう。良いのですか?」
リザの言葉に二人してうなづくと、ため息をつきながらも「少しだけですよ」と付き添ってくれるようだった。茉莉亜お姉ちゃんは「ふふふ」と笑いながらそれに着いてくるようだ。
そしてたどり着いた城の訓練場、私の業火の聖女の第一歩が始まった!