01 封印
Side:勇者・15年前
遂にここまで来た。あと一歩だ。
俺はボロボロになりながらも魔王と向き合い様子をうかがっていた。
しかしすでに仲間はいない。
神官は開始早々に命を懸けてこの場に結界をかけた。
「後は任せたよ!」
そう言って笑顔で最上級の結界術を全力で放つ神官の為にも必ず倒なさくてはならない。酒に女に博打にと常に不真面目な神官であったが、こういう時には笑顔で命を投げ出すんだかららな……思わず目頭が熱くなる。
それにより魔王は逃げることができず弱体化もしていた……はずだったのだが相変わらず魔王は強い。
先ほどから体を張って頑張っていてくれた前衛の戦士と闘士は、魔王の側近である黒騎士の剣技と、死神の多彩なスキルにより傷つき、そして刺し違えるように命を落としてしまった。
最後はこちらにサムズアップして血を噴き出し倒れ込む二人。良く酒を飲み過ぎて喧嘩していた二人だが、ここ1週間は禁酒していた。「魔王を倒して飲む酒は最高だろうな!」そう言っていたのにな……
だが二人のそのおかげで魔王の側近二人の力を大幅に削ぐことができた。
互いに瀕死のダメージを負った側近たちはもう動くことはできないだろう。魔王を倒しそれでもなお命があるなら、俺が責任を持ってあの世に送ってやろう。そこで女神に懺悔でもするがいい。
魔導士は切り札として取っておいた極大の『極寒の棺』に全魔力を籠めて魔王に大ダメージを与えることに成功した。だが全魔力を使いきった魔導士はそのまま倒れこんでしまった。
「私は魔王を倒して英雄になる!」
それが彼女の口癖だった。まだ子供のような考えだがそれを目標として血のにじむような戦いに身を投じた姿を見て、彼女こそ勇者なのではと思ったぐらいだ。
全力以上の魔力を注ぎ込み魔王を氷に棺に放り込み大ダメージを与えた後に吐血して不自然に倒れた魔導士。倒れ込む魔導士の顔は見ることができなかったが世界を救う英雄としての誇りを胸に逝ったのかもしれない。
俺は仲間の為にも、そして俺に命を懸けると言ってくれた国王とその側近たちのためにも……絶対に倒さなくてはいけない。
俺は聖剣を強く握りしめ目の前の魔王を睨みつけた。
まだ神官が張った結界は生きている。
魔王は弱体化している中でかなりのダメージを追っている。
しかし今の俺の力じゃ完全に倒せるという保証はない……
ならば国王たちには悪いが俺も命を捨てよう!
そう口にして俺は息を吐きながら聖剣を鞘へと納めた。
そして魔法の袋から神官が作ってくれたという魔道具を取り出した。禍々しい黒いオーラを放る髑髏を模した短剣。倒した魔人の骨から作成したものだ。
神官により加工され、今でも呪いの力を放っている。俺はその柄を握り締め、手の痛みに耐えた。体内の魔力どころか魂までもが吸い取られる呪い……俺は魔王へと駆けだし『神速』から『必閃』を使う。
さっきはこれで聖剣を突き立てたがあまりダメージは与えられなかったが……これなら傷を負わせるだけでいいはずだ……
魔王は俺の方を向き、短剣を腕で受け止めた。
「なんだこの蚊の刺すような攻撃は」
魔王は俺をあざ笑いように笑みを見せている。だがこれは……当たればいいんだよ!
次の瞬間、魔王は声をあげ苦しみ出した。
短剣の先から呪いの力が発動したのだ。これが俺の、俺たち人類の切り札だ!俺の魂を全部かけたこの攻撃で、魔王、お前を倒す!
◆◇◆◇◆
魔王との決戦の10日前
「勇者よ……どうしても魔王が倒せぬ時にはその命、懸けてくれるだろうか?」
そう言う王は悔しそうに歯噛みしながらこちらを見つめている。
「もとよりこの命、力を与えてくれた女神に、この世界に、そして全ての民の為に投げ出す覚悟は出来ています」
「そうか」
少し安堵したような表情をする国王。
「ではこれを……受け取ってほしい。柄は持たんでくれな。鞘を持てばよい」
そういって国王は宰相の持っていた箱をこちらに差し出した。
中には禍々しいオーラが視認できるほどの短剣であった。
「これは?」
「魔族を封印するための魔道具じゃ。神官が作ってくれた。いざとなったらこの柄を強く握り……後は魔王に傷を付けさえすればよい……勇者よ、そなたの魂と引き換えに……魔王は封じられるだろう……」
俺は黙ってその短剣を魔法の袋にしまった。
「ありがとう」
そう言って笑顔を見せてくれた国王。この国の民を思う心優しく名君だ。この王が治める国だから……俺は命を投げ出す覚悟ができる。そして宰相の横に王宮騎士もやってきた。
「勇者様、このようなことが慰めになるかは分かりませぬが……これを私たち3人は持っています。その封印の短刀により封じる魂の依り代です」
「依り代?」
そう言って見せてくれたのは、何かの骨のような形をしたものに複雑な術式が書かれたものであった。そしてそれを王と宰相も持っているようで懐から出して見せてくれた。形は違えど役割は同じなのだろう。
「その短剣で封じた魔王の魂はこの魔道具に封じられます。3つに別れた魂であれば……我らが乗っ取られはしないでしょう」
そう言って胸の前で拳を握り締め天を仰ぐ王宮騎士。
「後は我々が自死すれば……魔王の魂は消滅するでしょう。勇者様、我々にはそれぐらいしか償える方法がないのですよ……」
宰相はそう言って涙を流してくれた。
きっと死ぬのが怖いのではない。
俺のことを思っての涙だろう。
「勇者よ、できれば魔王を倒し戻ってきてくれれば……そなたにこの国を託して、あとは隠居生活を楽しめるのだがな……」
「必ずそうして見せますよ」
俺は絶対に魔王を倒すと心に深く刻んだ。
◆◇◆◇◆
一瞬、この短剣を受け取った時の事を思い出す。
ついに魔王の元に殴り込む準備ができたと報告した夜だった。
そして俺はあの時に国王と交わした生きて帰るという約束……果たせず終わるこの命に心の中で謝罪して、後はあの三人に託すことを決意した。
託すとは言っても後は俺と同じように命と引き換えに魔王を消滅させてくれっていう残酷なお願いなんだけどな……つくづく俺は役立たずなタメ勇者だ……
今までも必死で強くなる努力もした。
修行に手を抜いたことなど一度たりとも無かった。
だが結果がこれでは誇れるものなど何もない。せめてこの封印がうまくいくように痛むその手に力を籠めて苦しむ魔王に強く押し付けてゆく。
「「魔王様!」」
横から動けないほどの傷を負ったはずの側近たちが俺の手の短刀を掴み引きはがそうとしている。
俺も傷を負い魂を吸い取られ力が出ない状態だが……この手を離す気はない!
最後の力を振り絞るように俺は声をあげる。
「魔王!お前の命も……ここまでだ!」
「ぐおおおぉぉぉ!」
魔王の苦しむ声に力が漲る気がしてさえいる。
「おのれ勇者め!」
「魔王様!」
側近たちも必死で縋り付くが遂にその命も潰える時が来た。
封印の短剣から一際強く黒いオーラが噴き出ると……吸い込まれるように魔王が消えていった。そして側近の二人も同じく消えてゆく……
「これは……やったのか?」
意識が朦朧とする中で俺は膝をつく。
「後は、任せた……」
遂には体を維持することができなくなりその場に倒れ込みながら、すっきりとした心と少しの申し訳なさを胸に、国王たちにその命運を託し意識を手放した。
◆◇◆◇◆
王は城の窓から北西の空を見つめている。
先ほどまでは黒雲が立ち込めていた空を見ていた。現魔王が居城にしているベルライト正教国の方角である。黒雲が立ち込めているのはおそらく勇者と魔王が戦いを始めたからだろう。
それが今すっかりと晴れ、青空が見えていた。
「勇者が……やったのか?」
「勇者様、無事に帰ってくるでしょうか……」
「大丈夫だろ。きっと魔王を打ち取ってその首を持って帰ってくるさ!」
宰相と王宮騎士も同じ空を見上げ笑顔を見せている。
その時、懐にしっかりとしまい込んでいた魔具が反応を示し胸に熱を感じた。
「うぐっ」
呻きながらも懐からそれを取り出すと、そこから黒いオーラが吹き出し自分の体へと巻き付いていた。
「ぐっ、そうか、勇者は倒し切れなかったか……」
「ううっ!そのようですね」
「くぅーっ!じゃあ、後は俺たちの役目ってもんだ……命を懸けた勇者様に報いますかね!」
王と同じように苦しみながら黒いオーラに絡みとられてゆく宰相と王宮騎士。
腰のナイフと抜くとそれぞれが自身の首にあてがった。
「国王、良い人生でした」
王宮騎士が笑顔を向ける。
「この国のために働けたことを誇って逝くことができます」
宰相もまた笑顔であった。
「うむ。二人とも、大儀であった……」
王は目に涙を溜めながらも笑顔を見せていた。
『そうはさせんよ』
突然室内に響く声に驚き息を飲む三人。苦しみながらもなんとか手を動かしナイフに力を入れる。
だが残念なことにその三人の意識はすぐに闇へと消え……
「ふう。我は封じられたと思ったのだが……ここは、どこだ?」
国王は、いや国王だった男はそう口にする。
「魔王様、この者の記憶を読むにこの大陸、ロズベルトの城の中かと……」
宰相だった男はそう口にする。
「お前は……死神か?」
「はい。そのようで。魔王様、で良いのですよね?」
その言葉で王だった男は「うむ」と微妙な返事をしながらうなづいた。
「そういうことか、というかこれはオスの体か……あの勇者、ひでーことすんな」
王宮騎士だった男はイラつきながら何度か地面にやつあたりをしていた。
「お主は黒騎士か?お主の場合、オスの体の方がしっくりくるという気もするな」
「それはひでーよ魔王様」
お互いを確認して笑顔を見せる男たち。
どうやら悪足掻きでしか無かったはずの封印の短剣に触れていたおかげで、3人まとめて封じられた結果、国王たちの自己犠牲も虚しくその乗っ取りからは逃れられなかった様だ……
それから数年。
国王だった男はこの国の為と言いつつ聖女のみが覚えるという全ての呪いから逃れるための『解放』というスキルを求め、聖女召喚の儀式について調べ始めるのだった……




